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お金の力

 帰省を決めた、その日の夕方。既に俺の眼前には故郷が見えていた。想定外の事態に、俺はただ茫然と眼下を見下ろす。


 そもそも、本来ならば馬車で片道四日を掛けてるつもりであった。王都から南に下る馬車を利用すれば、その程度で到着可能だからだ。


 しかし、うちの妹は俺が思う以上に短気だった……。


『往復で八日? ……あり得ない。久々の実家なのに、ゆっくり出来ないじゃない』


 そう言ったパッフェルは、またもや魔導デバイスを取り出す。そして、どこかに依頼を掛けると、王都の城門前にを用意した。


 俺は良い笑顔でサムズアップする妹を前に、ただ言葉を失うしかなかった。俺の眼前で訓練されたレッドドラゴンが、頭を垂れて待機していたからである。


 そして、ドラゴンの騎手である騎士が、パッフェルへと敬礼し、緊張した面持ちでこう告げたのだ。


『王国騎士団、竜騎士隊所属レオン=ハルバート小隊長です! 宮廷魔術師団、筆頭魔導士パッフェル=アマン様の送迎を担当させて頂きます!』


 パッフェルは鷹揚に頷き、俺へと振り返る。そして、親指をドラゴンへ向け、俺に対してニッと笑みを浮かべた。


『お金と権力は、こういう風に使わないとね』


 こうして俺とパッフェルは、最高速度での帰省を果たす。下手をしたら里帰りにドラゴンを利用した、歴史上で初の人物になったかもしれない……。


 なお、往復の送迎費用は金貨百枚らしい。金貨一枚で平民の平均月収なので、年収に換算すれば八年分である。


 冒険者としてSランクの依頼を受ければ、その報酬が同額枚程となる。一応、俺でも稼げない額では無い。とはいえ、それをポンと出す度胸は、今の俺には無いのだ……。


「……さて、この辺りが良いか」


 俺とパッフェルは、開けた街道で下ろして貰う。余り村に近すぎても、村の人達に混乱を与えてしまうからな。


 そして、礼儀正しい騎士は去って行った。帰りはパッフェルがワンコールすれば、半日で迎えに来てくれるとの事だ。騎士団を顎で使うとか、本当にうちの妹は偉くなったものだ……。


 何とも言えない気持ちで騎士を見送っていたが、パッフェルが俺の方へと振り向いた。そして、急に真剣な顔で俺に問いかけて来る。


「ねえ、ソリッド。大金を使ったの良く思ってないでしょ?」


「いや、まあ何だ……。少し、驚かされたのは確かだが……」


 真っ直ぐに問われた俺は、咄嗟に回答を濁してしまう。その問いを肯定すれば、パッフェルを嫌な気分にさせると考えてしまったのだ。


 しかし、そんな俺の内心等、妹にはお見通しだったようだ。大きく息を吐くと、腕を組んで俺へと強い視線を向けてきた。


「私とお兄ちゃんとローラ。私達三人に報奨金が出たのは知ってるよね? 一人当たり金貨一万枚。一般人からすると、とんでもない大金だよね?」


「あ、ああ……。知っているが、それがどうした?」


 勇者パーティー『ホープレイ』のメンバーへ、王様が手渡した報奨金の事だ。ただし、王宮側から俺は居ない者として扱われている。その対象に俺は含まれていなかった。


 ただ、それは予想出来た事だし、俺自身もそんな大金は必要ない。むしろ、分配したいというメンバー達相手に、断る方が大変だったくらいだ。


 その為、パッフェル達は報奨金について、後ろめたく感じていたはず。それなのに、報奨金の事を口にしたパッフェルを、俺は不思議な気持ちで見つめ返した。


「私達はこれまで、強い力で人々を守って来た。戦争の事だけじゃないよ。魔物に襲われた人達も守って来たよね?」


「ああ、それが力を持つ者の義務だからな」


 急な話の変化に戸惑いを覚える。しかし、パッフェルの問いには即答した。それが俺達の、これまでの生き方だったからだ。


 俺の答えにパッフェルは頷く。そして、一歩詰め寄り、俺を見上げて問いかける。


「お金も力なんだよ? 使い方次第で、誰かを助ける事が出来るんだよ?」


「……お金も力?」


 その考え方は、俺にとって驚きだった。お金とは普段から使っていても、意識する事が無かったからだ。


 戦場では使う機会も少なかった。報酬を貰っても、残高が増えていくだけの存在。俺はお金について考えた事がなかった。


 だが、パッフェルの言い分もわかる。貧しい者達には、金貨一枚でも大きな助けになるだろう。着る物や食べる者、病気に苦しむ人を救う事だって出来るのだ。


 いや、むしろ戦争が終わった今だからこそ、これから求められる力なのかもしれない……。


「今回のお金は、騎士団の活動に使われるだろうね。戦争が終わって予算も削られるだろうし、騎士団長からしたら、ちょっとした臨時収入だって喜ばれてたよ?」


「そうか、王宮も軍費を削減するだろうしな……」


 恐らく、いきなり軍を縮小したりはしないだろう。魔王軍との戦後調整の最中なので、条約が等が結ばれた後に、少しずつ縮退に向かうと思われる。


 ただ、それと同時に必要なのが、戦地での復興予算。戦闘で荒れた地をそのままにしては、その後の人々の生活が成り立たない。それは王宮側からしても、恒久的な税収の減少を意味するのだ。


 そう考えれば、軍事費の削減は確定事項。緩やかにだろうが、軍よりも経済対策に力を入れ始める。騎士団の上層部なら、そういう未来も予想して立ち回っている事だろう。


 パッフェルの話から、俺は新たな視野を得た気がする。そんな俺の気付きを知ってか、パッフェルは口元を微かに緩めた。


「だから、私達は話し合って決めたんだ。手に入れたお金も、誰かの為になる様に使おうって。この先の平和な世に貢献出来る様に、考えて行こうってね」


「そうだったのか……」


 俺が報奨金の分配を断った事で、仲間達は考えてくれたのだろう。どうすれば全員が納得し、正しくお金を使えるかについて。


 その結果として、世の平和の為に使うと決めたのだ。そんな仲間達の決断を知り、俺は誇らしい気持ちになった。



 ――しかし、パッフェルの話はまだ終わりでは無かった。



「ちなみに、私とソリッドは冒険者として、報奨金以上の稼ぎがあるよね? 冒険者ギルドの口座残高は、ソリッドの分もちゃんと把握してるよ?」


「……ん?」


 どうして、パッフェルが俺の口座残高を把握している? 確かに多くの金はあるはずだが、俺自身が無関心で良く把握していないのに……。


 何やら腑に落ちないセリフに、俺は内心でモヤモヤした気持ちとなる。そんな俺の気持ち等知らず、パッフェルは微笑みを浮かべていた。


「私の口座と、ソリッドの口座。二人分を合わせれば、もう働く必要が無いよね? これからは私達が働くんじゃない。お金に働いて貰えば良いんだよ?」


「……お金に働いて貰う?」


 妹が良くわからない事を言い出した。俺にはまったく理解出来ない概念である。


 ただ、どこぞの商人がそんな事を話していた気がする。だが、その商人は不正が国にバレて投獄されてなかったか?


 不穏な気配に俺は内心で冷や汗を流す。しかし、パッフェルはウキウキした様子で、良い笑みを浮かべていた。


「グレイシティに住むなら、屋敷を買ってメイドを雇おうよ。それで、私のお金はソリッドの為に、ソリッドのお金は私の為に……。うん、これで私達は幸せに、だらだら余生を過ごせるね!」


「……それは堕落と言わないか?」


 俺は思わず頭を抱える。妹が想像以上に駄目な未来予想図を描いていたからだ。


 いや、普通に駄目だろう? 途中までの良い話は何だったのだ? 人々の為にお金を使うと言う話では無かったか?


 俺が顔を上げると、パッフェルは何故か頬を膨らませていた。そして、不満そうに愚痴っていた。


「私達はもう十分に働いたじゃない。それに、私達がお金を使えば、グレイシティの人達も喜ぶ。経済も活性化して、皆が幸せになるでしょ。それの何が不満だって言うの?」


「だらだら余生を過ごす部分だが? 頼むからもっと健全に生きてくれ……」


 兄としては妹の未来が心配で仕方がない。その気持ちをどうにか察して貰えないものだろうか?


 しかし、パッフェルは両手で耳をふさぎ、ぷいっと顔を背けてしまう。どうやら、俺の期待に応える気は無いらしい。


 そして、パッフェルは無言のまま歩き出す。俺はやれやれと肩を竦め、その後を付いて行く。もう少しで実家だと言うのに、何やら無駄に疲れた気がする……。

金貨=十万円、銀貨=一万円、銅貨=千円のイメージ。

(王様からの報奨金は、一人につき十億円程!)

人族、魔族の各国で通貨を発行するので、共通通貨は出さないでおこうかと。

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