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帰省準備

 長く利用する宿の一室で、俺は静かに待っていた。時間としてはそろそろのはずだ。


 そして、予想違わず部屋の扉が独りでに開く。ひょっこり飛び出した栗毛色の頭は、妹のパッフェルのものである。


 着ている服はいつも通りの白のローブに、黒のケープ。パッフェルは不思議そうに首を傾げる。


「ソリッド、今日は部屋に居たんだ。新人達の育成は終わったの?」


「ああ、そちらは一段落した。今日はパッフェルに話しがあって……」


 そこで、俺はある物に気付く。部屋に入って来たパッフェルが、何故かキャリーケースを引いていたのだ。


 飾り気のないグレイのキャリーケースである。俺はそちらが気になり、パッフェルへと問いかけた。


「それは何だ? どこかに出かけるのか?」


 しかし、質問にはすぐ答えず、パッフェルは窓際へと移動する。ベッド脇の空きスペースにキャリーケースを置くと、彼女は胸を張ってこう答えた。


「ソリッドに付いて行けるように、荷物を纏めておいた。これでいつでも同行可能だよ」


「……何だと? 俺の部屋に置いておく気か?」


 想定外の回答に、俺は思わず内心で唸る。しかし、何故かパッフェルはVサインを作り、俺に笑顔を向けている。


 だが俺は、そこでふと思い出す。パッフェルは以前、確かにこう言っていたな、と……。


『それじゃあ、私も準備が必要だね。いつでも出れる様に、一度王宮で荷造りしてくるね』


 俺がグレイシティに向かいたいと言った時だ。パッフェルは本当に、荷造りをしてしまったらしい。


 とはいえ、まだ俺の準備は出来ていない。アレックスの説得も終わっていないので、俺はまだ王都から離れる訳にはいかないのだ。


「済まないが、まだ旅立つ事は出来ない。アレックスの説得が必要だが、彼との面談にも時間が掛かるだろうしな……」


 勇者であるアレックスは多忙なのだ。王侯貴族から引く手数多で、色々なイベントにお呼びが掛かる。今は王宮どころか、王国内に居るかも怪しい状況なのだ。


 それと言うのも、魔王との戦争を終結させ、平和の象徴となった『勇者アレックス』。彼を招きたい権力者は本当に多い。彼を呼んだ実績として、周囲の関心を集めるのが狙いなのだろう。


 まあ、そういう訳で、彼に会う為にはアポイントメントが必要となる。王宮へ出向いてスケジュールを確認して貰い、担当者に空いている日を抑えて貰うのだ。


 勿論、俺からの申し出と言えば、アレックスが断る事は無いだろう。しかし、時間を作って貰うにも、すぐに調整出来る状況では無いのである。


「ふぅん? ちょっと待ってね……」


 唐突にパッフェルが、ローブのポケットに手を突っ込む。そして、黒い板状の魔導具――魔導デバイスを取り出すと、自らの耳にそっと押し当てた。


「……お兄ちゃん? そうそう、その件。……うん、わかった。それじゃあね」


 おもむろに会話を始めるパッフェル。そして、短いやり取りでその会話も終わってしまった。


 流石に今の会話を聞けば、誰と何を話したかはわかる。だが、俺は念の為に確認を行う。


「……パッフェル。もしや、今の話し相手はアレックスか?」


「うん、そうだよ。十日後に時間を作るから、それまで待って欲しいって」


 あっさりとアポイントが取れてしまった。わざわざ王宮に出向き、受付係に怪訝な顔をされる事も無く、だ……。


 魔導デバイスの便利さに、俺は改めて衝撃を受ける。それと同時に、過去の苦労を思い出し、重い疲労感も圧し掛かる。


 やはり、魔導デバイスを持つべきだろうか? ただ、魔力を持たない俺では、魔力の補給が不便なんだよな……。


 内心では心を揺らしつつ、俺は大きく息を吐く。そして、気持ちを切り替えて、パッフェルに礼を言う。


「助かった。だが、また十日後か……。だがこれは、丁度良いと思うべきか?」


「丁度良いってどういう意味?」


 俺の呟きにパッフェルが反応する。不思議そうに首を傾げて、俺の事を見つめていた。


 そして、これこそが本題である。昨晩に聞いた聖女ローラからの報告。その件で、パッフェルに確認する事があったのだ。


「……昨晩、とある筋から情報を得てな。どうやら俺は戸籍上、アマン家の子供では無いらしいのだ」


「ああ、ローラが調べてくれたんだね」


 ローラの立場を考慮して、彼女の名前を伏せたのだが? 残念ながら、俺の事を良く知るパッフェルには意味が無かったらしい……。


 まあ、俺やローラに不都合な事を、パッフェルが周囲に話す事は無いだろう。その件は深く考えないようにしよう。


「何故か村長であるフェイカー家の養子となっていた。その事をパッフェルは知っていたか?」


「うん、知ってるよ。五年前に魔王退治の旅に出る前にだけど、お母さんが話してくれたから」


 余りに平然とした回答だった。まさかとは思ったが、パッフェルは知っていたのか……。


 だが、そうなると余計に意味がわからない。俺は戸惑いながらも、パッフェルに質問を続ける。


「アレックスも知っているのか? そして、どうして今まで俺に黙っていた?」


「お兄ちゃんも、お母さんから聞いてるよ。それで、お母さんから黙ってる様にって言われたんだよ。私達は戸籍上の事なんか気にしないけど、ソリッドは気にするだろうから。旅が終わるまで黙っていた方が良いって」


 戸籍上の事だから気にしないだと? 元々、養子である俺に血の繋がりは無い。俺が家族であるのは、戸籍上の繋がりしか無いというのにか?


 パッフェルの回答は腑に落ちるものではなかった。そして、彼女の平然とした様子に、俺は内心でモヤモヤした気持ちとなる。


「……ならば、どうして俺はアマン家で育った? フェイカー家の養子であるのに」


「さあ、何でだろうね? そこまでは聞いてないよ。私達は興味が無かったしね」


 パッフェルやアレックスにとっては、どうでも良い事なのか? 俺の事情何て、どうでも良いと言うのだろうか?



 ――いや、違う。そうじゃない……。



 パッフェルが俺を見つめている。いつも通りの、穏やかな眼差しだ。俺達家族だけに見せる、とても愛情の籠った眼差しである。


 パッフェルが俺の事を、どうでも良いと思っているはずがない。戸籍上の登録がどうあれ、俺が家族である事に変わりはない。俺の兄妹は、そう考えているのだろう。


 二人の真意に気付き、俺は冷静さを取り戻した。そして、今すべき事を改めて考える。


「……なら、一度実家に帰ろう。そして、母さんに話を聞こう。十日もあれば、アレックスの約束までに間に合うだろうしな」


「そうだね。十日も待つだけ何て時間の無駄だもんね。荷造りしといて良かったね」


 パッフェルはニコリと笑い、キャリーケースをポンと叩く。どうやら彼女も、俺と一緒に里帰りするつもりのようだ。


 ただ、それも悪くは無いだろう。昔から俺とパッフェルは、一緒にいる事が多かった。俺にとっても、一緒に居る事が当たり前という感覚がある。


 ……勿論、この先もずっと、このままだとは思っていない。母さんの思惑次第では、距離を置く事も必要になるかもしれない。


「――あ、お母さん? うん、あのね。ソリッドとそっちに帰るから。うん、それじゃあ、またね」


 気が付くと、またもやパッフェルが通話していた。今度の相手は母さんらしい。何という手際の良さ……。


 普段は物臭な妹だが、こういう所は流石である。流行には敏感だし、便利なものはすぐに使いこなしてしまうのである。


「……というか、母さんも魔導デバイスを持っているのか?」


「うん、私が買って送ったんだ。どこでも話せて便利だよ?」


 そうか、パッフェルからのプレゼントか。それなら、母さんも使い方を覚えそうだな。


 流行り物には興味が無いが、子供の為なら使い方も覚えるはず。ましてや、戦地へ向かった子供達との会話の為だ。母さんも懸命に練習したのであろう。


 ……ただ、そうなると、家族で未所持は俺だけか? いや、父さんは持ってないか? 持っていたら、本気で検討が必要だろうか?


 内心で真剣に検討を始める俺に、パッフェルが何かを察したらしい。ニマニマと笑みを浮かべ、俺に対してすり寄って来た。


「欲しくなった? 選んであげようか?」


「……ふむ。検討は実家に戻った後だな」


 正直、パッフェルが傍に居るなら、連絡をお願いした方が早い気がする。ただ問題なのは、いつまで一緒に居るか、である。


 もし、俺だけで王都を離れ、グレイシティを目指すなら、その時は所持を検討したい。離れた家族といつでも連絡できるのは、俺としても魅力を感じるからな。


 しかし、アレックスの問題が解決せず、王都を離れられないとしたら? その場合はパッフェルと離れる機会は、しばらく訪れないかもしれないな……。


「さて、それじゃあ出かけるとするか」


 俺はパッフェルの頭を優しく撫でる。パッフェルは嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、俺は手早く荷物を纏めると、パッフェルと一緒に久々の故郷へと向かって宿を後にした。

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