勇者アレックス
新作を連載させて頂きます。
そして、第一章は毎日更新です。
ゆっくりして行ってね!
俺の名前はソリッド=アマン。年齢は20歳で、勇者パーティ『ホープレイ』の一員であり、裏方および雑用を担当しているアサシンだ。
俺達『ホープレイ』は、魔王軍を相手に五年間戦い続けた。そして、パーティーの中で俺は、直接的な戦闘能力が低かった。そういう理由から、雑用くらいは当然と引き受けて来た。
だが、今の俺は勇者アレックスに呼び出されている。一部の人間しか利用出来ない会員制バー。極秘の会話を行う為の個室にである。
その個室には小さなテーブルが一つと、小さな椅子が二つ。手狭な部屋であり、それ以上の人間が入室するのを拒む様な造りをしていた。
俺は空いている空席に腰を下ろす。そして、既に席についていた、もう一人の男に視線を向ける。
「……待たせて済まない、アレックス」
「いや、僕も先程到着したばかりだよ」
隣の男――勇者アレックスは爽やかに微笑む。年齢は俺と同じ20歳で、金髪碧眼の美形の青年である。彼に微笑まれれば、殆どの女性は心動かされる事だろう。
しかし、アレックスはただ顔が良いだけの男ではない。光の精霊に愛され、その身に精霊の加護を受けた、人間界最強の男でもあるのだ。
身に着けた武装は、軽量なプレートアーマーにロングソード。パッと見は良く見る剣士の装備だが、いずれも精霊の加護を得た特級品である。
そして、彼は魔王軍の四天王が相手でも、一歩も引けを取らぬ強さを持っている。一対一の戦いにおいては無類の強さであり、魔王軍もあの手この手で彼の消耗を狙って来たものだ。
勿論、そんな罠を跳ね除けるのが俺達の役目である。勇者を消耗させず、敵の大将の元へと送り届ける。その為に、勇者パーティー『ホープレイ』は存在するのだ。
――いや、存在したと言うべきだろう。
アレックスが俺を呼び出した理由はわかっている。彼にとって、今の俺は不要な存在。既に彼にはパーティー等必要ないのだ。
何せ魔王軍との戦いは終わった。表向きは和平条約が結ばれた。だが、実質的は魔王軍が敗れたのだ。何せ彼らは、アレックスを止める事が出来なかったのだから。
「戦いはもう終わったんだな……。そして、俺達の関係も……」
中々に話し出そうとしないアレックスに、俺から話を振ってみた。そんな俺の気遣いを察してか、彼は硬い笑みを浮かべていた。
なお、俺とアレックスは幼少期より共に育ってきた。森の中で捨てられていた俺を、アレックスの両親が拾い、育ててくれたからだ。
俺達は兄弟同然に育ってきた。そんな俺に対して、お前はもう必要無い等とは、流石の彼も笑顔では告げられまい。
俺は育ての親に感謝している。それと同時に、兄弟同然に接してくれた彼にも感謝している。彼の為であれば、この命を差し出しても良いと思う程に。
今こそ俺は、その恩を返す時なのだろう。彼の口から言えないというならば、俺自身が別れの言葉を口にするべきなのだ。
「アレックス、今までありがとう。もう、俺に思い残す事は……」
だが、その言葉は途中で遮られる。彼が俺の肩を掴み、凄まじい眼光で睨み付けて来たのだ。
彼が滅多に見せる事の無い、とても険しい表情である。俺はその表情に驚き、その気迫に唾を飲む。すると、彼は想定外の言葉を口にした。
「ソリッド、はっきり言おう。いや、白の神『ブロンシュ』様の名の下に誓おう。この『勇者アレックス』は、パーティー『ホープレイ』を――決して解散しないと!」
「――なっ……?!」
俺は彼の宣言に動揺する。何故なら、神の名の下での宣誓には特別な意味がある。破れば厳しい天罰が下るのだ。
彼は敬虔な白神教の信徒である。当然、神罰を知らないはずがない。その神罰が、決して生易しいものでないことも。
それにも関わらず、どうして彼は宣誓を行った? それは彼にとって、何のメリットもなく、ただデメリットしか存在しないはずなのに……。
俺は混乱する頭をどうにか落ち着かせる。そして、宣誓は破棄出来ない以上、今はそのことを脇に置く。そして、まずは最初の疑問を彼に問い掛ける。
「どういう事だ、アレックス? お前は魔族との戦争を止める為に立ち上がった。そして、俺達『ホープレイ』もそれに続いた。だが、もう戦争は終わった。パーティーを続ける事に、何の意味があると言うんだ?」
「確かに、最初の理由はそうだ。だが、今の僕達はそれだけの関係じゃないはずだ。例え魔王軍との戦いが無かろうと、僕達の友情が終わる訳じゃない!」
真っ直ぐな瞳で、キッパリと言い切るアレックス。流石は勇者である。俺ではこんな恥ずかしいセリフは口に出来ない。
……いや、そうではない。そもそも、友情とか関係ないよな? 彼は何が言いたいんだ?
「その、俺達が共に戦う理由は、もう無いはずだよな? どうして、パーティーを解散しない?」
「戦う理由は無いかもしれない。だが、有るかもしれない。なら、解散する必要は無いだろう?」
……彼の言葉が理解出来ない。これは俺の理解力が足りないせいなのか?
俺は何とか理解しようと思考を巡らせる。そして、俺はヒントを得る為に質問を続ける。
「パーティーでないと駄目な理由は何だ? 例え解散しても、お前に呼ばれれば、俺はいつでも駆けつけるが?」
「僕達の絆が永遠だからさ。僕とソリッドは共に育った兄弟。血よりも強い、魂の絆で結ばれているのだからね!」
彼は歯をキラッと輝かせ、とても綺麗な勇者スマイルを見せる。並みの女性であれば、コロッと落ちてしまうであろう。
しかし、見慣れた俺には、ただ混乱の元でしかない。会話が噛み合っている様で、噛み合っていない気がするのは何故だ?
「……そう、メリットも無い。世間の人々は『勇者アレックス』を求めるだろう。平和の象徴として、白神教からも求められるはずだ。しかし、俺達は――いや、俺は違う。決して人族側から求められる存在では無い」
俺は自らの髪にそっと触れる。それは黒色の髪であり、人族側からは好まれない色である。
そう、俺は黒目黒髪という、魔族に多い特徴を持っていた。魔族側では目立たないが、人族側では悪い意味で目立ってしまう存在なのだ。
だからこそ、『ホープレイ』の中では目立たない立ち回りをしていた。フードとマスクで顔を隠し、俺の正体を悟られ無い様に裏方に徹してきた。
なお、両親が行った検査により、俺が魔族でない事は証明されている。しかし、俺の黒目黒髪が世に知られれば、そんな事実に関わらず悪評は広まってしまうだろう……。
しかし、彼は唐突に俺の両肩を掴む。そして、顔を寄せて、俺へと真っ直ぐな視線を向けて来た。
「他の人達なんて関係ない。僕が君を必要としているんだ。理由はそれだけで十分だろ?」
「ア、アレックス……」
凄く良い雰囲気を出しているが、そういう事じゃないんだ。俺自身も居たたまれないし、英雄である彼にとってもゴシップネタでしかない。
互いにとってデメリットしかない。感情の話ではなく、現実的な話をしたいのである。どうして彼は、俺の意図を理解してくれないのだろう?
こうなれば、冒険者ギルドに駆け込むか? パーティー登録はギルド管理なので、ギルドマスターに解散手続きを取って貰えば……。
「冒険者ギルドに行っても無駄だよ。既に『勇者アレックス』の名で、解散禁止の『指示』を出している。勿論、メンバーの脱退も禁止だとね」
「なん、だと……?」
彼の言う『勇者アレックス』には特別な意味がある。白神教が宣言した『聖人』としての意味があるのだ。
その名で『指示』した以上、それは白神教の指示となる。それに背くと背信者となるので、人族の中ではかなり苦しい立場に立たされる。
何が彼をそこませさせるのか? それはわからないが、並みの覚悟ではないだろう……。
白神教の権威を使うのも、やりすぎれば教皇に睨まれる。それだけでなく、先程の『神の名の下での宣言』もあるしな。
想定外の状況で、今の俺には何の準備も無い。今の状況では、彼を論破出来るとは思えなかった。
項垂れる俺に、彼はポンポンと肩を叩く。そして、いつもの爽やかな笑みでこう告げた。
「ソリッド、わかってくれて嬉しいよ。これからも、仲良くやって行こうじゃないか」
「むうっ……」
納得した訳ではない。しかし、今は足掻いても仕方がない状況だと思われる。俺は運ばれてきた酒に口を付けながら、この先の対応に頭を悩ませていた。
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