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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第一章 根暗アサシンと駆け出し冒険者
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成功報酬

 俺は冒険者ギルドの応接室に通された。前回同様の部屋であり、前回同様にギルドマスターが待ち構えていた。


 俺はソファーに腰を落とす。ギルドマスターと向かい合い、彼に対して報告を行う。


「彼等は自力でダンジョンを攻略した。もう、この先は俺の力も必要あるまい」


「おう、ご苦労さんだったな。きっちり計画通り、研修は終わったって事だな」


 俺は小さく頷き同意する。彼等と過ごす十日間について、俺は事前に計画書を提出していた。そして、その計画は全て消化済みである。


 盗賊であるミーティアと、魔術師であるクーレッジ。二人の新人冒険者が、冒険者として必要な知識を学ぶ為のカリキュラムである。


 依頼を受けた翌日に、俺はその資料を提出した。ギルドマスターは目を丸くしたが、さっと目を通して計画書に了承のサインを書いた。彼女達の指導は、そこからスタートしていたのだ。


 俺は計画通りにカリキュラムを完了させた。しかし、事前に聞かされていなかった、重要な情報には思う所があった。眼前の大男を睨み、俺は強めの口調で問い掛けた。


「……それで、何故黙っていた?」


「あん? それは傭兵団の件か?」


 ギルドマスターの問い掛けに、俺は小さく頷いた。間髪入れない反応から、問われる事を予想していたのだろう。


 俺はじっとギルドマスターを見つめる。すると、彼は悪びれた様子も無く、肩を竦めて軽く答えた。


「そりゃあ、決まってんだろ。お前さんがパッフェル=アマンの保護者だからだよ」


「……どういう意味だ?」


 ギルドマスターの説明が、俺には理解出来なかった。傭兵団の件と、パッフェルがどう関わるというのだ?


 あと、パッフェルは十八歳である。十五歳以上は成人であり、俺が彼女の保護者という表現も正しくない。そもそも、本来の保護者は俺達の両親であるしな。


 疑問に思う俺に対して、ギルドマスターはニヤニヤと笑っている。はぐらかされたかと勘繰るが、彼は俺の問いに答え始めた。


「まずは質問だ。パッフェルの通り名は知っているか? 裏と表の二つだ」


「……表では『天才魔導士』。裏では『歩く天災』と呼ばれているな」


 パッフェルは魔王軍との戦いを通し、敵味方問わず恐れられている。それは彼女の稀有な才能と、危険な性格に由来する。


 その才能については説明を省く。そして、表の通り名は王侯貴族が広めたもの。パッフェルを人類の守護者だと印象付ける役目を果たしている。


 しかし、問題は裏の通り名の方だ。戦場でのパッフェルを知る者は、こちらが真実の姿と知っている。彼女は敵味方問わず、恐怖の象徴となっていたのだ。


「じゃあ、お前さんが裏で何て呼ばれてるかは知ってるか?」


「……『勇者の影』か?」


 俺の回答にギルドマスターは首を振る。しかし、それ以外の通り名なんて、俺には思い当たるものが無かった。


 すると、ギルドマスターは苦笑を浮かべる。呆れた表情で俺に告げた。


「『パッフェル=アマンの保護者』だよ。戦場のお前さんを知る奴らは、みんなそう呼んでるぜ?」


「…………」


 そもそも市井では、俺の存在が隠蔽されている。その為、俺の存在を知らない者の方が多いだろう。


 だが、戦場では嫌でも周囲の視線を集める。何せ俺は、常に『勇者アレックス』と行動を共にしていたからだ。そして、長く戦場を渡り歩けば、俺を知る者は増えて行った。


 そんな中で、俺は常に『勇者の影』と名乗り続けた。何故だが、そちらの通り名は根付かなかったみたいだが……。



 ――余談はさておき、通り名についてだ。



 俺は『パッフェル=アマンの保護者』として、名が知られていたと? それを通り名と呼ぶかは微妙であるが……。


「主に傭兵連中の噂話だが……。『今日は保護者同伴か?』『いや、保護者がいないから気を付けろ』と言った会話が、裏では話されてたらしい。そういう意味で、お前さんの存在は重要視されてたそうだ」


 何となくだが、その状況が目に浮かぶ。パッフェルは良く暴走するからな……。


 彼女は不機嫌になると、味方にも平然と殲滅魔法を向けていた。彼女と接する上で重要なのは、いかに彼女を不機嫌にさせないかである。


 そして、俺はパッフェルの感情を誰よりも敏感に察知出来る。不機嫌になりそうになれば、飴玉を口に放り込み、その危機を回避する事が可能なのだ。


「……だが、それがどうした? 傭兵団の件とどう関わる?」


 知らなかった噂話は参考になったが、ミーティアの件には関係が無いはず。今の話の流れで、どうしてそんな噂話が出て来たのか不思議なくらいである。


 だが、ギルドマスターは呆れた様子で大きく息を吐く。そして、半眼で俺を見つめながら、こう問い掛けて来た。


「お前さんの過保護っぷりは、噂とセットで広まっていてな……。そんなお前さんが傭兵団の件を知ってみろ。あの子に対して、どういう接し方になると思う?」


「当然、手厚くケアを行う。それが何か問題か?」


 体の傷は治っていても、心の傷は簡単に癒えるものではない。そんな状態の新人に、無理をさせる訳にはいかないだろう。


 事前に知っていれば、俺もこんなスパルタなカリキュラムは組まなかった。もっと細心の注意を払い、ミーティアが怪我を負う心配もない、安心安全なカリキュラムを組んでいた。


 だからこそ、それを知らされていなかった事が不服なのだ。それだと言うのに、ギルドマスターは再び溜息を吐き、俺に対してビシッと指をさした。


「お前さんの過保護が発揮されたら、あの子の自立が遠のくだろうが。それ以前に、お前さんに妹同様にベッタリな対応なんかしてみろ。下心を疑われて、彼女達の方が離れて行くに決まってんだろ」


「む、むぅ……」


 ギルドマスターの言葉にも一理あった。手厚くケアする事が、必ずしも最善とは限らない。相手を思うならば、ある程度の距離が必要なのも理解出来たのだ。


 ……しかし、それは通常ならばだ。ミーティアならば大丈夫ではないか?


 彼女は珍しい事に、俺を初見で怖がらなかった。もっと距離を詰めたとしても、俺の考えを察してくれただろう。そう思うのは甘い考えだろうか?


 俺が内心で唸っていると、ギルドマスターが不思議そうに覗き込んで来た。そして、何かを思い出した様に、俺に対して話しかけてくる。


「そういや、件の傭兵団だがよ。王宮でも問題を重く見てるらしく、結構な厳罰が下りそうだぜ。あれは見せしめの意味合いが強そうだな」


「ほう、そうなのか?」


 王宮が市井の問題に首を突っ込むとは珍しい。庶民のいざこざは、庶民同士で片付けろ。それが、王侯貴族の考え方だと思っていたのだがな。


 しかし、そこに重い刑罰を与える。それは国民全てへの意思表示となる。王宮は差別的な暴力を、決して許さないと言う意思を……。


「一部の貴族と、教会の圧力もあったんだろうさ。今後はどこも、戦場帰りの兵士や傭兵が街に帰る。早めに対処しないと、治安が一気に悪化しちまうからな」


「なるほど。それは理解出来る話だ」


 東大陸の人族は、今回の戦争で実質的に勝利した。西大陸の魔族に対して、有利に交渉出来る立場にある。


 しかし、そう考えるのは支配階級の者達だけである。実際に戦地で戦った者、家族や住処を奪われた者達は、多くの物を失ったのだ。戦争が終わろうとも、その恨みが消える訳ではないのだ。


「お前さん達の活躍で、被害は最小限で済んだ。それは間違い無いんだけどな……。被害者達の側からしたら、良かった良かったとはいかんだろうさ」


「……ああ、そうだな」


 やるせない話である。だが、それが現実でもある。戦争なんて、勝っても負けても良い事なんて無いのだ。


 そして、ミーティアの件も氷山の一角でしかない。実際には各地で同じ様な事が起きている。今後も起こり得る状況にあるのだ。


「……俺の役目はまだ終わらんか」


「ん? 役目ってのは何の事だ?」


 俺の独り言にギルドマスターが反応する。しかし、俺はその問いに軽く首を振る。それを彼に語る必要は無いだろう。


 そして、話すべきことはこれで終わった。そう判断して立ち上がる俺に、ギルドマスターが待ったを掛ける。


「お前さんは本当にせっかちだな。報酬について話して無かったろ? 今回は俺の個人的な依頼なんで、あまり多くは出せんが……」


「――不要だ。今回は俺個人が受けたもの。『ホープレイ』としての仕事ではないからな」


 これまでも冒険者ギルドからの正規依頼は、勇者パーティー『ホープレイ』として受けて来た。しかし、それ以外については、俺個人として受けていた。


 そして、俺個人が受ける依頼は訳アリ案件。表に出来ない問題や、正当な報酬が支払えない案件が多い。そういう案件では、俺は報酬を受け取らない事に決めている。


 俺は『勇者の影』を自称している。誰かがやらねばならないが、誰もがやれない問題がある。それを成すことこそが、俺のこれまでの――そして、これからの役割なのだ。


 今回はギルドマスターが、その役目を担おうとしていた。必要と判断して、個人として依頼し、個人として支払いを行う。そんな相手から、俺は何かを受け取ろうとは思わなかった。


 だが、背を向けて歩き出す俺に、ギルドマスターからの声が掛かる。


「なら、今回は借り一つだ。困った事があれば俺を頼れ。俺個人で出来る範囲なら、いくらでも協力してやる」


 チラリと顔だけ振り返る。すると、ギルドマスターは親指を立て、良い笑顔を浮かべていた。いかつい顔のスキンヘッドだが、どこか人懐っこい笑顔だなと思った。


「……わかった。覚えておこう」


 俺は小さく頷いた。そして、再び背を向け、応接室を後にする。


 冒険者ギルドのギルドマスター。実に気持ちの良い人物であった。もし彼に何かあれば、その時は助けに駆け付けよう。


 俺はそう胸に刻みながら、宿に向かって歩き出した。

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