救いの手(アレックス視点)
僕は婚約者のエリスと共に、大聖堂へと駆け込んだ。そして、母さんの元へと詰め寄った。
「大厄災の元へソリッドが向かったそうだね! ソリッドはどうなったんだい!」
「うん、その件ならソリッドが彼女を、お嫁さんにする事で片付いたみたいよ?」
お嫁さんにする事で? 『破壊神』メルト=ドラグニルをお嫁さんにしたの?
ソリッドが破天荒だとは知っていたが、流石にそれは想定外だ。どうすれば、そんな結末になるのだろうか?
まあ、とりあえずソリッドが無事ならば良いんだ。それ以外の事は、些細な事と言えるだろうから。
「ちなみに、パッフェルも一緒にお嫁さんにするって。これには母さんもビックリしたわ!」
「いやいや、ちょっと待って! 本当に何があれば、そんな結果になると言うんだい……?!」
ソリッドが二人と結婚? そもそも、妹との結婚は有り得ないって言ってたよね?
僕達が戻るまでのたった数日で、余りにも状況が変わり過ぎている。弟が余りにも破天荒過ぎる……。
驚愕する僕だったが、母さんはいつも通り爆笑している。何でも笑って済ませるのは、母さんの悪い癖だと思うんだよね。
そして、僕は隣のエリスが戸惑っているのに気付く。彼女の肩を抱き寄せ、落ち着かせながら母さんへ問う。
「詳細はまた本人にでも聞こう。それで全ての厄災は消え、ローラも無事って事で良いんだね?」
「うん、それはそうね。ローラちゃんは無事だし、厄災も消えた。今のところは、だけどね~?」
母さんが何だか含みのある言い方をしてるな。まだ何かが残っているのだろうか?
僕は警戒しながら母さんを見つめる。すると、母さんはニヤニヤ笑いながら僕へと尋ねる。
「ねえ、アレックス。厄災ってどうして生まれると思う?」
「厄災がどうして生まれる? 人々には心が有り、負の感情が生まれるからかな?」
エリスから聞いた話から、僕はそう結論付けている。『怒り』『欲』『恨み』と言った感情が、世に厄災を生み出すのだと。
「じゃあ、どうして負の感情は生まれるのかな?」
「どうして、負の感情が生まれるか? う~ん、それは……」
それは人が人である以上、仕方が無いものじゃないかな? 誰だって生きていれば、ネガティブな気持ちになる事はある。
喜びなんかの感情と同じだ。自然に生まれるものであり、無くす事が出来ないものだと思うのだけれど……。
「じゃあ、負の感情は誰もが持つかもしれない。でも、それが膨らむ人と、すぐに消える人がいるでしょ? その違いは何だと思う?」
「膨らむ人と、消える人の違い?」
それが膨らんだ代表が『国母』グリーディアだろう。もっと欲しいと言う感情に支配され、それが際限なく膨らんでいったのが彼女だ。
その逆と言えば、ソリッドやローラが思い付く。彼等は一時の感情に捕らわれず、すぐに気持ちを切り替えてしまうからね。
ただ、両者の違いが何かと問われれば、それを答えるのは難しい。僕が頭を捻っていると、隣でエリスがポツリと呟いた。
「……認めてくれる存在でしょうか?」
「おっ、良いね! 続けて続けて!」
エリスの言葉に母さんが微笑む。その言葉を認められ、エリスは嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。
「私もかつて、一人ぼっちで心が沈んでいました。アレックス様との出会いで救われましたが、離れている間にまた沈みました。それから再開しましたが、また離れるのではと恐れる様になりました……」
「うんうん、一人でいると心が沈むよね~」
母さんは腕を組んでウンウンと頷いている。エリスの考えに同意を示していた。
エリスはそれに勇気付けられる様に、強い眼差しで母さんへと説明を続けた。
「ですが、私が『厄災』と知り、それでもローラ様は離れませんでした。友人として私の幸せを望んでくれたのです。その時に私は負の感情から解き放たれ、初めて前を向く事が出来たのです」
「わかるわ~。ローラちゃんは損得抜きに、周囲の幸せを願える子なのよね~」
母さんの同意に、エリスは嬉しそうな笑みを浮かべる。自分の言葉が認められるのは、誰だって嬉しいものだしね。
嬉しそうなエリスに、僕も心が温かくなる。すると、彼女は僕に向かって微笑んだ。
「そして、今はアレックス様が私を見て下さいます。この人が見てくれるから、私は正しくあろうと思えます。だから、今の私は負の感情に捕らわれたりはしないのです」
「エリス……。君は何と言う……」
キラキラと輝くエリスの瞳に、僕は思わず吸い寄せられる。そして、そのまま彼女の唇へと口付けを行う。
そっと顔を話すと上気する彼女の顔があった。物欲しそうなその顔に、更に口付けをと思ったが、母さんの咳払いで中断させられた。
「エリスちゃんの言葉は正解と言えるね。誰かに見て貰えるから。誰かが認めてくれるから。だから人の心は正しくあれると思うのよね」
「正しくあれる?」
何となくだが、言いたい事はわかる。僕もソリッドに認められ、正しく前を進む事が出来た。
しかし、魔王軍との戦いが終わり、彼が離れると言うと心が乱れた。彼と離れる『恐怖』が、僕の心に満ちてしまったのだ。
けれど、今となっては馬鹿な事をしたと思える。そう思えるのは、僕を信じるエリスの存在あっての事なのだろう。
「ソリッドとかローラちゃんはね。そういう一人ぼっちで、救いを求める人を放っておけない人達なの。そんな人達が救いの手を差し伸べるから、世界は案外何とかなってるのよね~」
「……つまり、そういう人たちが居なくなれば、世界は滅ぶかもしれないと?」
僕の問いに母さんは小さく笑う。明言はしなかったけれど、少なくとも母さんはそう考えているのだ。
僕は大勢を救う為なら、少数を切り捨てる人間だった。けれど、きっとそれでは駄目なのだろう……。
「うん、わかったよ。これからは僕も、弱者を見捨てたりしない。救いを求める者がいれば、この手を差し伸べようと思う」
「ご立派です、アレックス様! エリスもアレックス様のお力になりたいと思います!」
キラキラした目でエリスが見つめてくる。そして、そっと顔を近づけて来た。
僕はその気持ちに応え、そっと唇を重ねる。今度は母さんも止めたりはしなかった。
「はいはい、それじゃあごゆっくり~。お二方にも神様の祝福がありますよ~に、ってね?」
見ると母さんは僕達にウィンクを送っていた。そして、そのまま部屋から立ち去ろうとしていた。
それはつまり、話すべき事は話し終えたと言う事だ。僕達の戦いはもう既に、終わったと言うことなのだろう。
僕はその事に安堵する。そして、エリスとの甘い時間を過ごすと決めたのだった。