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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第一章 根暗アサシンと駆け出し冒険者
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闇中に輝くもの

 ――不味いことになった。


 ミーティア達の後を付けて来たが、この状況は想定していなかった。いや、限りなく低いと考えていた、最悪の結果になったと言うべきだろうか。


 地面に蹲るミーティアに向かい、ハルが怒鳴り散らしている。俺は岩陰に身を隠しながら、どうするべきか判断しかねていた。


「なあ、何で黙ってたんだ! お前の正体が魔族だって!」


「ご、ごめんなさい……」


 ハルの問い掛けに対して、ミーティアはか細い声で返す。しかし、その答えはハルにとって、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。


「何で謝るんだよ! 俺は理由を聞いてるんだ!」


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 ミーティアは自らの頭を抱え――いや、猫耳を隠す様にして蹲っている。そして、怯えた様子で身を震わせ続けている。


 その様子を見かねたクーレッジは、ミーティアを庇う様に二人の間に割って入る。


「みーちゃんは魔族なんかじゃない! お母さんは魔族だけど、お父さんは人間だよ!」


「魔族とのハーフ? ……って、お前も知ってたのかよ! 二人して、何で黙ってた!」


 ハルの問い掛けに、クーレッジが歯ぎしりする。黙っていた事には負い目があるらしく、それ以上を言い返そうとはしなかった。


 そんな二人の様子が、更なる燃料となる。ハルの怒りは爆発し、何も言わない二人に背を向けた。


「もう良い、知るか! 行くぞ、アシェイ!」


「え、ちょっと……? 待ってよ、ハル!」


 ハルは足早に元来た道を引き返して行く。その背中を、アシェイは慌てて追っていく。残された二人に、心配そうな視線を向けながら。


 そして、二人が去った後、ダンジョン内には小さな声が響き続けた。地面に蹲ったミーティアのすすり泣く声が……。


「みーちゃん……」


「ぐすっ……。ごめんね……。私のせいで、迷惑かけて……」


 謝るミーティアを、クーレッジが無言で抱きしめる。覆いかぶさるその様は、まるで彼女を何かから守ろうとしている様にも見えた。


 俺は二人の姿を見つめ、胸の痛みに顔を歪める。ミーティアの境遇はギルドマスターより聞かされていた。その特殊な生い立ち故に、俺へと保護を依頼して来たのだ。


 それだと言うのに、俺は役目を果たせなかった。こうなる可能性を考えながら、きっと大丈夫だと信じてしまったのだ。あの四人であれば、きっと上手く行くと……。


「……俺は失敗した。けれど、まだ役目は終わっていない」


 俺は岩陰から離れ、二人の元へと向かう。そして、わざと足音を鳴らした事で、クーレッジが俺の存在に気付いた。


「え? なんで、貴方がここに……」


「そのまま動くな。じっとしていろ」


 俺は二人の隣を通り過ぎる。そして、ダンジョンの奥へとゆっくり駆け出す。


 明かりの届かぬ暗闇の中、3つの気配が近寄って来る。俺は懐から投擲用の短剣を三本取り出す。そして、気配を頼りに短剣を投げ放つ。



 ――ぽふ…。ぽふ…。ぽふ…。



 気の抜けた様な、小さな音が聞こえてくる。そして、パサパサと音を立てて、飛行していた魔物が地に落ちる。


 俺は気配が消え、魔物が消滅した事を確認すると、ミーティア達の元へと急いで戻った。


「バルーン・メイジは音に敏感でな。先程の怒鳴り声を聞きつけ、こちらに集まって来たようだ」


「……そう。一応、ありがとうって言っとくわ」


 クーレッジはミーティアを抱きしめたまま、微妙な表情で感謝の意を示す。やはり、俺がここに居る事については、事情を察しつつも思う所があるのだろう。


 俺は蹲るミーティアをじっと見つめる。彼女は未だに蹲ったまま、すすり泣きを続けている。顔を伏せた彼女に対して、言葉を選んで話し掛ける。


「……俺はこの通り、黒目黒髪でな。小さな頃から不気味に思われ、村の皆から距離を取られていた」


「え……?」


 唐突な身の上話に、ミーティアが小さな反応を示す。そして、彼女は顔を上げると、涙で濡れた瞳を俺へと向ける。


 今となっては気にする程の事でもない。しかし、そんな過去があるからこそ、俺はミーティアの保護を引き受け受けようと思ったのだ。


「大人達からは無視をされ、子供達には恐れられた。俺を人として扱うのは、家族を除けば村長夫妻だけだったな」


「人として、扱うのは……?」


 ミーティアは驚きで目を見開く。余りの衝撃だったのか、その涙が止まっていた。


 俺はその様子にほっと胸を撫で下ろす。そして、小さく頷き話を続けた。


「人間――いや、人族の中では黒目黒上は稀でな。そんな事もあって、俺は密かに魔族ではないかと噂されていた。俺の両親が神殿で調べてくれ、身の潔白が証明されても、その噂は消える事が無かった」


「あ、本当に人間なんだ。私も実は魔族じゃないかと思ってました」


 クーレッジが別の意味で驚いた表情を浮かべている。疑われるのは良くあるのだが、この子みたいにズバズバ言われる事はあまり無い。


 反応に困るので、彼女の言葉は聞かなかった事にしよう……。


「俺が思うに、魔族かどうかは重要ではないのだろう。自分と違う存在、理解出来ない存在が怖いのだ。だから人々は、そういった存在を恐れ、遠ざけようとする」


「魔族かどうかは、重要ではない……」


 ミーティアが俺の言葉を反芻する。そして、静かに俺の言葉を待ち続けていた。


 その瞳には信頼があった。期待があった。俺なら答えを知っており、自身の望む言葉を与えてくれると想像しているのだろう。


 自身の血が半分魔族のものである。それでも良いのだと、受け入れてくれる言葉を求めている。



 ――しかし、俺はそんな欺瞞を語る気はない。



「その耳がある以上、ミーティアを恐れる者は多い。遠ざかろうとする者、嫌う者の方が多いだろう。人族の領地で暮らす以上、それは受けれなければならない現実だ」


「そん、な……」


 ミーティアの顔がくしゃりと歪む。彼女の瞳からは、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。


 そして、クーレッジが俺を睨みつける。親の仇でもあるかの様に、憎悪の炎がその瞳には宿っていた。


「待て、話は最後まで聞け! 俺の話はまだ終わっていない!」


「え……?」


 慌てた俺の叫び声に、ミーティアがポカンと口を開く。クーレッジも怪訝そうだが、一旦は怒りを収めてくれていた。


 俺は内心で冷や汗をかきながら、ミーティアが落ち着くのを待つ。俺は昔から泣く子には弱いのだ……。


「辛いかもしれんが、事実は事実として受け入れる必要がある。その上で、自分にとって大切なものが何か、それをハッキリさせねばならんのだ」


「自分にとって大切なものですか?」


 ミーティアが不思議そうに首を傾げる。彼女は俺が何を言いたいか、いまいち理解出来ていなみたいだった。


 けれど、それは仕方が無い事なのだろう。彼女にとっては当たり前過ぎて、その存在が意識出来ていないのだ。


「先程も言った通り、俺は村で嫌われていた。しかし、そうでない者達も居た。俺の家族と村長夫妻。彼等だけは何があっても、俺を守り、大切にしてくれたのだ」


「それって、もしかして……」


 ミーティアの視線が隣に向く。自分の事を抱きしめて、守っている存在に対して。


 そして、クーレッジの瞳がギラギラと輝く。察しが良いのは助かるのだが、もう少し自重を覚えて欲しい……。


「自身を嫌う多くの他者。自身を大切に思う身近な者。ミーティアにとって、大切な存在はどちらだ? どちらの為に、自身の人生を歩むつもりだ?」


「そんなの……。決まってるじゃないですか!」


 ミーティアは笑顔を浮かべると、クーレッジを抱きしめ返す。そして、そして、嬉しそうに彼女へと頬ずりをする。


 クーレッジの顔がだらしなく緩むが、そこは見なかった事にする。俺は静かに頷くと、ミーティアへと自らの想いを伝える。


「少なくとも俺は、家族の為に生きると決めた。兄妹の力になると決めた。そして、俺は『勇者の影』として、最後まで役目を果たせたと思う。そこに後悔は無い。多くの他者に嫌われようとも、俺は自身の生き方に満足している」


「師匠……」


 ミーティアが俺の事を見上げている。その瞳はキラキラと輝き、俺はこそばゆいと感じていた。しかし、それと同時にかつての想い出が蘇る。俺が同じ瞳を向けた兄弟……。



 ――アレックスは、こう告げてくれたのだ。



「もし、それでも不安に感じたなら、いつでも俺に言ってくれ。例え世界の全てが敵に回ろうとも、俺だけは君の味方でいる。いつまでも側に居ると約束しよう」


「「――えっ……?!」」


 この言葉により俺は救われた。俺の人生はが決定したと言っても過言ではない。そして、ミーティアにも救いになると思ったのだ。


 しかし、何故か二人は顔を真っ赤にしていた。ミーティアは嬉しそうに口元を緩ませ、クーレッジは悪鬼羅刹の様な凄まじい表情と、二人の感情は真逆みたいだったが……。


「えっと、その……。師匠なら、私はその……」


「あ、ああ、アンタって人はぁぁぁ……!!!」


 俺は状況がわからず混乱する。けれど、決して良い状況無いのだけは理解できる。


 俺は一歩身を引き、手を掲げて二人をけん制する。そして、背後をチラリと見ながら静かに告げた。


「――む、魔物の気配! 二人はここで待っていろ!」


「に、逃げるなぁぁぁ……!!!」


 俺は多くの魔物が近寄って来る気配を感じていた。恐らくは、クーレッジの叫び声に、バルーン・メイジが反応したのだろう。


 本来ならば窘めるべき場面である。ダンジョンの中で叫べば、敵に気付かれ、パーティーを危険に晒す事になると。


 しかし、今だけはこの状況に感謝する。俺はクーレッジの叫びから逃げる様に、魔物に向かって掛け続けるのであった。

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