最後の逆転劇
俺はパッフェル、ローラ、フレアの三人を連れ、グレイシティへと転移魔法で移動する。
事の顛末をディアブロ達に伝える必要がある。そして、例の宝珠も返さねばならないからだ。
俺が移動したのは、三魔人の待つ大広間。彼等は俺に気付いて、すぐにその場で跪いた。
「ああ、楽にしてくれ。その姿では周りが恐縮してしまう」
俺の声にディアブロ、エリザベート、ラヴィの三人は立ち上がる。そして、微笑みながら俺に声を掛けて来る。
「流石はソリッド様。無事にお役目を終えられたのですね?」
「あらあら、やるわねぇ♪ 可愛い子達に囲まれちゃって!」
「ふん、心配はしてなかったわ。これは当然の結果ですもの」
彼等はかつての俺の部下。俺が魔王だった頃に、俺を支えてくれた者達である。
今では『黄金の時代』等と呼ばれるらしい。懐かしい思い出に、俺は思わず笑みが零れる。
「これはもう不要だ。ばあちゃんに返してくれるか?」
「畏まりました。それではお預かりさせて頂きますね」
俺は宝珠をディアブロに返す。これで俺は神の力が再び封印状態となる。
ただ、記憶の封印は一度解かれると、再封印出来ない。記憶に矛盾が起きるので、それをすると何かと弊害が起きるのだ。
そういう訳で記憶は残るし、魂の修行も今回は中断。次の人生からの再開となる。
とはいえ、この人生が終わる訳では無い。人として生き続けるには、神の力が不要と言うだけだ。
「さて、俺の封印が解けたのだ。チェルシーも記憶が戻っているな?」
「あはは、やっぱりバレちゃってる? 言うべきか悩んだんだけどね」
桃色の長髪のお洒落な少女。チェルシー姫は照れた様子でモジモジしていた。
それも仕方が無いだろう。かつて妻だった頃は、もっとサバサバした性格だった。
当時と今のギャップに、自分でも戸惑っているのだ。
「その姿も似合っていると思うぞ?」
「止めてよ! 超恥ずかしいから!」
顔を真っ赤に照れる姿がとても可愛い。しかし、言葉が若干今に引きずられているな。
というか、無理に過去の言葉使いにする必要は無い。今のチェルシー姫としての人生が、嘘になった訳ではないのだから。
「……と、そうだった。こっちにも伝えておかねばな」
俺はチェルシーの更に奥へと視線を向ける。そこに立つのは現四天王のヴァイオレット=ローズ。
俺に見つめられて緊張する彼に、俺は笑いを噛み殺して真実を伝える。
「あの小さかった子供が、大きくなったものだな。気付いていないみたいだが、お前の仕える姫は、レイチェル王妃の生まれ変わりだぞ?」
「――はっ……? レイチェル、王妃の……?」
俺の言葉にヴァイオレットが顔を青ざめる。かつて黄金期を支えた俺の妻。そして、彼が憧れた女性こそが、レイチェル王妃である。
そうとは知らず、保護者として、友人として接し続けていた。今の彼からすれば、とんでもない失礼を働いた等と考えているのだろうな。
「やだなぁ、むっちゃんったら! そんなに恐縮しないでよ? 今の私はチェルシーだからね! これまで通りに接してよね?」
「は、はい……。善処、致します……」
いつも飄々としていたヴァイオレットが、ここまで恐縮するとはな。少し意地が悪かったが、面白い物を見させて貰った。
まあ、チェルシーならば上手くやるだろう。下手に隠しておくよりは、腹の内を割った方が良い関係を続けられるだろう。
「それでだ。今回の人生ではフレアを妻に迎える事となった。そういう訳だが構わないか?」
「それって、私とは結婚しないって意味? う~ん、それ自体は構わないんだけどさぁ……」
俺は一度に一人の妻しか娶らない。その考えをチェルシーは知っているはずだ。
だから、すぐに納得すると思っていた。それ故に、その悩む姿を不思議に思った。
「多分、吹雪ちゃんも記憶が戻ったなら、仕方ないって諦めると思うよ? 本心で言えば、折角だし一緒に成りたいって気持ちはあるけど……」
「ふむ、その気持ちはわからんではないが……」
一度目と五度目の人生で、彼女達とは夫婦となった。その際には生涯を供にし、死ぬまで互いに愛し合った。
その想い出があるから、修行の終わりまで待つ事が出来る。修行後に再び、愛を深めて行けると信じているから。
「けれど、ソリッドはもう一人、責任を取るべきじゃないかな? 貴方の為に戦い続けて来た子が、報われないのはちょっとキツイんだよね?」
「俺の為に戦い続けて来た子?」
それは誰の事かと思った。だが、俺の背中でパッフェルがビクリと震えた。
その反応で流石の俺も気付く。チェルシーが何を言いたいのかも含めて……。
「今更、兄妹だからって言わないわよね? ねえ、お兄ちゃん?」
「うむ、確かに今更ではあるな……」
俺の母さんはメルト。そして、チェルシーのかつての母はシェリルさん。
けれど、父さんは同じ人物。俺とチェルシーは腹違いの兄妹ながら、結婚して夫婦となった。
魔族では割と普通の事だったし、妹の猛烈なプッシュに押し負けてしまったのだ……。
「そういう訳だから、ちゃんと向かい合ってあげてね? 私の親友を悲しませたら、流石の私でもキレるからね?」
「う、うむ……。俺なりに誠意を見せるとしよう……」
俺は身を屈めてパッフェルを下ろす。俺の意図を察し、パッフェルは緊張した面持ちで俺を見上げている。
その顔は紛れもなく恋する乙女だった。記憶を封印されていたとは言え、俺はこれを見て見ない振りをしていたのか……。
「今まで気付かず済まなかった。だが、今ならばパッフェルの気持ちも理解出来る。……いや、違う。そうではないな」
パッフェルに望まれるから、俺は彼女と一緒になりたいのか?
それは断じて違うと言える。今の俺が伝えるべきは、そんな言葉では無いはずだ。
「ずっと一緒に苦楽を共にして来たな? ずっとこんな俺を、支えてくれてありがとう」
パッフェルの行動は、いつだって俺の為だった。俺の為にここまで強くなってくれたのだ。
そんな彼女の行動に、姿勢に、俺の心が惹かれないはずがなかった。
そう、俺が伝えるべき言葉は、そういった俺自身の心であるべきなのだ。
「出来るならば、この先もずっと一緒に居て欲しい。――俺と結婚してくれないか?」
「えっ……?」
俺を見上げ、目を見開くパッフェル。その瞳には、ジワジワと涙が溜まり始める。
俺は彼女をそっと抱き寄せる。そして、彼女へと顔を近づけて行く。
彼女は抵抗する事無く、そっと自らの目を閉じた。
「――あっ……」
微かに唇が触れ合った後、俺はそっと身を引いた。周りにギャラリーが大勢いるのだ、今はこの程度とすべきだろう。
そう思った所で、パッフェルはボロボロと涙を零す。へなへなと崩れ落ちて、子供のように激しく泣きじゃくった。
「う、ああぁぁぁ! だめだって、おもっでだのにぃ! ぜっだい、うげいれでぐれないっでぇ!」
彼女の突然の号泣に、真っ先に動いたのはチェルシーだった。彼女はパッフェルの元に駆け寄り、その身を強く抱きしめた。
「うんうん、頑張ったもんね! 無理だと思っても、諦めきれなかったんだよね!」
「ありがどぉぉぉ! ありがどうねぇ、チェルシー……!」
パッフェルに釣られて、チェルシーまで号泣する。その光景を会場の一同が温かく見守っていた。
ここまで思い詰めさせたのは悪かったと思っている。けれど、この結果は悪くないのではと思う。
沢山の苦労もあった。だからこそ俺は、この先も彼女を大切にして行こうと、そう誓うのだった。




