魂の記憶
フレアの心を知る為に、俺は魂の記憶へアクセスした。そして、彼女を形成する記憶を順に辿り始めた。
初めに強く記憶されていたのは五歳頃の記憶だった。彼女は一人、里の景色を眺めている。
その見つめる先には一組の親子。両親に囲まれ、楽しそうな笑みを浮かべる子供の姿だった。
彼女は振り返る。そこには彼女の両親が立ち、彼女を静かに見下ろしていた。そして、その眼には恐怖の色が滲んでいた。
――ああ、私の事が怖いのか……。
神の力に目覚めたフレアは、幼いながらに理解出来てしまった。両親が自分の事を恐れていると。
それも仕方が無いと理解する。彼女は力が強過ぎる。手を握れば、両親の手を砕きかねない。それは彼女とて本意ではない。
だから、自分は誰かと手を取り合えない。誰かと交わらず、一人で生きて行くしかないのだと……。
「これは、魂に刻まれた記憶か……」
俺はその記憶に僅かな疑念を抱く。この光景は、本当に正しいのだろうかと。
記憶と言うのは不確かなものだ。彼女にとっての真実が、他人と同じとは限らないからだ。
俺が少し考えていると、周囲の景色が変化した。彼女はどこかの洞窟内で壁画を見ている。
そこでは黒い竜が炎を撒き散らしていた。恐ろしい、厄災の記録として残されていたのだ。
――彼女も私と同じだろうか……?
それは里に伝わる伝承。その力を誤れば、竜人の力は世を滅ぼす。正しく生きねばならぬと。
だが、フレアはその壁画に別の感情を抱く。どうして彼女は、世を滅ぼそうと思ったのかと。
強い力があれば周囲は従う。力ある者ならば、わざわざ世を滅ぼそうなんて思わないはずだ。
彼女は何を思ったのだろう。その疑念を心に抱きながら、幼いフレアは里で育ったのだ……。
「その伝承の竜が、メルト=ドラグニル……?」
幼い頃の記憶なので、少し曖昧になっている。しかし、フレアはそう認識しているみたいだ。
俺は記憶を探り、それに類する話を思い出す。もしそうなら、事実が歪んで伝わっているな。
違和感を強めつつも、俺は記憶を辿り続ける。すると、記憶の彼女は十歳へと成長していた。
『フレアの力は破壊に傾いている……。このまま成長するなら……』
『規則に則れば殺処分。しかし、本当にそこまでするべきか……?』
それは里長が、里の会合で話した会話だった。彼女は能力を使い、それを盗み聞ぎしていた。
――殺処分? それは私が、メルトと同じだから?
自らの力は成長を続けている。やがては里の総力でも、彼女を抑えられなくなるだろう。
だから、そうなる前に殺してしまうのだ。それは竜人の里としては正しい判断なのだろう。
そう納得するフレアだが、殺されたくは無かった。だから、彼女はそっと里を抜け出した。
「ふむ……? 物分かりが良いと言うか、即断即決なのだな……」
それは『覚醒者』の能力に由来する部分もあるとは思う。子供思えぬ洞察力を持つ所等は。
しかし、色々と自己完結し過ぎな気がする。周りに頼れる者が居なかった為なのか……?
何となく彼女の性格がわかり、俺は薄っすらと嫌な予感を覚え始めていた。
そして、その予感が正しいとすぐ判明する。彼女は逃亡生活の中で、徐々に拗らせ始めた。
――私はメルトと同じ……。不要と判断された者……。
――メルトはきっと無念だった……。私と同じ気持ちだった……。
――私がやるしかない。メルトの無念を私が晴らすんだ!
気付くとそれが、彼女の正義となっていた。メルトの無念を晴らすのが、自分の使命だと考える様になってしまったのだ。
しかし、それを成すには力が足りない。世界を壊す程の力を得るには、メルトの様に強大な力が必要となる。
その手段として、フレアは聖域に目を付けた。聖域のマナは奪うが、領域守護者とは成らずに、神格を得る術を編み出してしまった。
「ある意味天才だな。その方向性には難があるが……」
フレアは力を蓄え、その力を試す為に戦場へ舞い降りた。自らの力が世界を蹂躙するレベルか、それを計る試金石にしようとした。
だが、その戦場には俺達が居た。彼女の力に蹂躙されず、彼女に立ち向かう『ホープレイ』の姿があった。
――私の力に抗うだと? それに彼は一体……。
何故だかフレアは俺を見つめている。というか、他のパーティーメンバーを朧げにしか覚えていない。
彼女の前に立ちふさがる、当時の俺を見つめ続ける。そして、その口角を僅かに上げる。
――この人間は私から逃げない。私の攻撃でも壊れない!
執拗に俺への攻撃を続けるフレア。俺に攻撃が集中していた気はしたが、あれは俺の思い違いでは無かったらしい。
仲間を守る為に前に立ち、俺はフレアの攻撃をいなしている。そんな俺を、フレアはキラキラした目で見つめていた。
「新しい玩具を見つけた感じか?」
ただ、記憶の彼女は純粋な笑みを浮かべている。しかし、当時の俺には、狂気に染まった笑みに見えていた。
この辺りは人の記憶なので、俺と彼女のどちらが正しいとも言いずらい。当時の俺も必死で、多少なりとも恐怖していたしな……。
まあ、それは兎も角、それから彼女は俺を追い続ける。力を蓄えては、俺を探して戦場に乱入を続けていた。
――こいつは面白い! 私が強くなると、こいつも強くなってる!
それは殺されない為に、必死にレベルを上げたからだ。会う度に強くなる彼女に、俺は内心で戦々恐々だったのだ。
とは言え、その結果俺は人族で最高のレベルに達した。そのお陰もあって、魔王軍を相手に活躍出来たのも事実だがな。
複雑な心境となる俺だったが、フッと場面が切り替わる、それは俺とアレックスが倒れる姿。つい最近の戦いの後だった。
彼女は全身に火傷を負った俺を見つめ、内心では驚愕に打ち震えていた。
――先程感じた力は神気……。まさか、こいつは勇者の子孫……?
俺が死にかけた際に、僅かに封印が綻びたのだ。それによって、封印された力が漏れ出した。
その力に気付き、フレアは気付いたのだ。自分に似て非なる力に、俺が勇者の血を引く者だと。
そして、全てを理解したと勘違いした彼女は、笑いながら竜の血で俺を治療する。
――ああ、そうか……。私はこいつと決着を付ける為、生まれて来たのだな……。
フレアは自らの生きる意味を見出したと考えた。彼女は互いに万全の状態で戦う事を望んだ。
聖域で完全なる神となり。その後に、俺と決着を付けて、全てを終わらせようと決めたらしい。
「それで、わざわざローラを攫ったのか……」
完全に神格を得た。そして、俺を呼び出すのに、仲間のローラを人質とした。
そこに思う所はあるが、それが事の顛末だったと言う事らしい……。
「――ん? 何かまだ、続きがあるのか?」
フレアの記憶の中に、一際光輝くものがある。それが何なのかと、俺はその記憶を覗き込む。
『ふふ、美味しいですか。メルト?』
映し出されたのはローラの姿。フレアを優しく見つめる彼女に、フレアの中に暖かな物が溢れ出す。
そして、テーブル上のステーキを平らげ、フレアは心の中でこう考える……。
――ローラは良い奴だな。こいつは殺しちゃ駄目だな。
――世界を壊したら悲しむかな? やっぱ止めとこうかな?
――もっとローラと一緒に居たい! ソリッドまだ来ないで!
見てはいけない物を見た。この数日の間に、ローラに完全篭絡されているのだが……。
え、どういうことだ? もう既に、世界の破壊とかどうでも良くなってるのか?
じゃあ、さっきまでのは虚勢なのか! 俺を倒したら世界を滅ぼすって言ってたのもっ?!
「もう何だか、全てがどうでも良くなった……」
俺は一人で頭を抱える。色々と考えていたのに、全てが台無しになった気分だ。
俺は盛大に息を吐く。そして、全てを終わらせる為に、俺は彼女の魂とのアクセスを解除した。




