束の間の休息(ローラ視点)
私はローラ=ホーネスト。大厄災であるメルト=ドラグニルにより拉致されました。今は洞窟内に造られた住居で生活しています。
ちなみに、捕虜としての待遇は悪くありません。彼女の住居は意外にも快適だったりします。
私はメルトが用意したテーブルに、手料理の皿を並べて行く。皿も調理道具も、メルトが調達して来たものです。
「メルト、お昼が出来ましたよ。一緒に食べますよね?」
「うむ、頂こう。ローラの料理は意外と美味いからな!」
意外とは失礼ですね。これでも自炊はかなり出来ますし、サバイバル能力も高めですよ?
何せ成人してから五年間は、ずっと魔王軍との討伐作戦に従事していました。更には合間に、冒険者パーティー『ホープレイ』としての活動も。
軍事行動や冒険の最中、後方支援担当の私は食事当番の機会も多かったのです。勉強に勉強を重ねて、野外料理は得意になったと言う訳です。
「まあ、簡単な手料理ですがね。それでは頂きましょう」
「うむ、ローラの料理は熱い内に喰う方が美味いからな」
私は神へ感謝の祈りを捧げる。メルトは当然ながら祈りませんが、私の祈りを待ってくれています。
この辺りは結構律義なんですよね。私を無視して、先に食べ始めたりとかしないですし。
私は祈りを終えるとナイフとフォークを手に取る。そして、メルトと共に昼食のステーキに手を付ける。
ちなみに、昼食にステーキとは豪勢と思いますよね? けれど、三食全部ステーキなので、流石に私も胃がもたれ始めています。
ハーブ類のスパイスによる味変で、無理して食べ続けています。何故ならメルトが、イノシシを一頭狩って来てしまったからです。
ええ、必死に血抜きして捌きました。それらはソリッドから教わった技術です。
そして、命を奪った以上は無駄にしてはいけません。腐る前に全て食べきらねばならないのです。
「うう、流石に少し辛いですね……。大量の塩があれば、保存食にも出来るのですが……」
「私が若い時には、毎日肉のみ食っていた。焼いただけの肉よりは余程良いと思うが?」
これも種族差なのでしょう。竜人族は特に肉食の文化で、毎食肉でも苦にならないそうです。
私は平凡な人間の女性です。パンやスープが恋しいです。毎食肉は流石に厳しいです……。
「というか、普段はどうしてるのです? 調理器具も使われた形跡がありませんでしたし……」
「神格を得てからは、食事が不要な体になってな。それまでは、肉を焼いて食っていたが?」
メルトはワイルド過ぎる。野生の魔獣と大差ない食生活では無いですか……。
ナイフやフォークの扱いも、一度教えればすぐに覚えました。頭は凄く良いと思うのですよ。
けれど、それを必要とする機会が無かったのでしょう。そして、それを教わる機会も……。
「食事が不要とはどういう意味ですか? 食べれない訳では無さそうですが……」
「聖域から得たマナで、私の体は維持されている。生きるだけなら不要なのだ」
ステーキを頬張りながら、メルトは平然と答えます。今の台詞に思う所は何も無いみたいです。
そして、彼女は度々美味いから食うと口にしている。生きる為では無く、味を楽しむ為なのだと。
「つまり、生命が必要とする活動は不要なのですね? 普段はどの様に過ごしているのですか?」
「普段はここで世界を眺めている。どんな場所も見通せるのだが、ソリッドだけは何故か見えん」
どんな場所も見通せる? 視力が良いという話ではないですよね?
そして、ソリッドが見えない事が不満なご様子。メルトもパッフェルみたいに、ソリッドの行動を観察したいのですかね?
「そういえば、どうしてソリッドを呼んだんですか? わざわざ、私を人質に取ってまで?」
「あいつは勇者の末裔だろう? 私がメルト=ドラグニルとして、決着を付けるべき相手だ」
……ん? 今なんと言いました? ソリッドが勇者の末裔?
そんな馬鹿なと思いますが、そう言い切れない事情もあります。彼ってみなし子なんですよね。
親や出自も不明だし、身体能力も異常。もしや、と言う思いもあったりします……。
「千年前に滅ぼされたメルト=ドラグニル。彼女の無念を晴らす為に、私はその名を継ぐと決めたのだ。ならば、勇者との決着無くして、私の目的は達成されまい」
「う~ん、そういうものですか……」
メルトの考えを否定する事は出来ない。きっと彼女に、そんな私の言葉は届かないから……。
ただ、何かボタンの掛け違いがある気がするのです。それが何かは、私の勘としか言えないのですが……。
「ふう……。何とか食べきりましたね。食器は流しで水に漬けておいて下さい。後で一緒に洗いますので」
「うむ、わかった。水に漬けておけば良いのだな?」
食べ終わったメルトは、素直に食器を流しへ持って行く。とても素直で良い子だな~と思います。
そして、食べ終わった私は、少し汗をかいている事に気付きます。食事で熱くなったのもありますが、調理で火を使っていたからでしょうね。
「この後は川へ向かい、水浴びをするつもりです。メルトも一緒にいかがですか?」
「うむ、付いて行こう。久しく忘れていたが、水浴びというのは気持ちが良いしな」
私の誘いにメルトは力強く頷く。初めは渋ったが彼女も、二度目からは素直に応じてくれている。
そして、私はチラリと視線を下に向ける。具体的には彼女のお尻から生える、竜の尻尾にである。
――ブンブンブン
犬と一緒かはわかりませんが、きっと嬉しいのでしょう。その尻尾が激しく振られています。
食事の時もそうですが、私が何かを誘うと激しく振られます。尻尾が余りにも素直過ぎる……。
長く見ていると、視線に気付かれますね。私はそっと視線を上げて、メルトへと微笑みます。
「それでは準備が出来たら向かいましょう」
「ああ、待っている。急ぐ必要は無いぞ?」
鷹揚に頷くメルトに、私は軽く頭を下げる。そして、与えられた私室へと向かいます。
そこには着替えもタオルも一式揃っています。必要な物はメルトが調達してくれますからね。
私は充実して行く私室を眺め、腕を組んで頭を捻る。
「う~ん、やはり何かが間違ってる気が……」
どうするのが正解かはわかりません。けれど、メルトが間違っているのは確かです。
しかし、今の私には彼女を止められない。流れに身を任せるしか出来そうにありません。
私は大きく息を吐き、後はソリッドに任せようと諦める事にしたのでした。




