三つの選択
三魔人の待つ部屋へと案内された俺とパッフェル。室内に踏み込んだ俺は、思わず圧倒されてしまう。
部屋の空気がハッキリと違うのだ。教会を思わせる、清浄な空気を肌で感じたのだ。
それと同時に、目の前に広がる大宴会場。パリピ感ある景色と荘厳な空気が混在し、俺の脳がバグりそうになっていた。
「皆さま、お待たせしました。ソリッド様をお連れ致しました」
「「「うぇ~い! 待ってましたぁ!!!」」」
一部のパリピが盛り上がっている。見ればエリアの一角が、夢魔族の男女で占められている。
あそこだけが特に酷い。あの辺の魔族が、場の空気を完全に破壊していた。
「ふふふ、ごめんなさいね。うちのベイビー達がはしゃいじゃって?」
俺に声を掛ける一人の人物。彼は夢魔族の中央で、玉座に座った大男だった。
俺ですら圧倒される筋肉。纏う空気は神々しさすら感じ、彼が別格である事は一目瞭然。
――なのだが、何故か来ている服は女性物のドレス。
中身は筋肉で、纏う衣は女性物。所謂、オネエと呼ばれるやつだろうか?
夢魔族の神とやらは、何故か初見からの俺の脳を破壊する気満々だった。
「まったく……。私と貴女の眷属達は、やはり相容れない存在みたいね……」
そのオネエに声を掛ける別の人物。こちらは白銀の長髪をなびかせる、赤眼の美女である。
間違いなくこちらは不死族の神。吸血鬼の女王レイ殿が神と仰ぐ存在だろう。
白い肌の執事やメイドに囲まれ、尊大な態度で玉座に座る。そして、優雅そうにワイングラスを揺らしていた。
「ふっ、相変わらずですね。ですが、あれも御方が望まれた姿ですよ?」
最後に声を発したのは、目元を白い仮面で隠す人物。黒い髪に真っ赤なタキシード姿の男性である。
彼は悪魔族の神なのだろう。何故からば、彼の隣で魔王が控えている。それも非常に緊張した面持ちで。
彼だけは取り巻きが居なかった。彼はゆらりと立ち上がると、率先して俺の前へと歩み寄る。
「恐らく、覚えていないのでしょう。けれど、これは私の我儘で御座います……」
仮面の悪魔は俺の眼前で足を止める。そして、すっとその場で膝を付いた。
「元魔王軍の筆頭四天王。仮面のディアブロ、御身の前に」
「「「なっ……?!」」」
俺だけでは無い。場の全員が彼の行動に驚かされる。突然の行動に、誰もが動けず固まってしまう。
しかし、クスリと笑う声が聞こえた。それと同時に、銀髪の美女が立ち上がり、彼の行動に続いた。
「元魔王軍の四天王次席。残虐のエリザベート、御身の前に」
「あらら、仕方ないわね。これは私も二人に続く流れよね?」
最後に筋肉の大男も動く。ディアブロの背後で膝を付き、二人に倣って名乗りを行う。
「元魔王軍の四天王三席。妖艶のラヴィアン、御身の前に」
何が起きているのかわからない。ただ、異常な光景だと言うのだけは間違いない。
それぞれの種族が神と崇める三名。それがどうして、俺の前で跪いているのだ?
「「「御身への変わらぬ忠誠を、ここに宣言致します」」」
彼等の宣言に、誰も何も言えなかった。誰もが混乱した様子で息を飲んだ。
……と思ったら、一人だけ違う人物がいた。何故かヴァイオレットが、一人だけ号泣していた。
「ふふふ、我々も少しばかり、はしゃいでしまいましたね?」
「ふふ、ディアブロがはしゃぐなんて珍しい事もあるものね」
「彼はこういう所あるわよ。神殿とか都市を作った時とか……」
その場で立ち上がった三人は、和やかな空気で話し合う。その姿は神様と言うより、只の仲が良い同僚にしか見えなかった。
しかし、ディアブロは戸惑う俺に気付き、その会話をすぐに打ち切る。彼は咳払いと共に、真面目な空気で語り出した。
「ソリッド様はこれより、大厄災の元へ向かうと伺っております。その為、我等が神より預かりし、この宝珠を届けに参りました」
ディアブロはそう言うと、すっと手を差し出した。そこには真っ黒な宝石が握られている。
俺はそれが何かわからず、受け取りを躊躇する。すると、ディアブロは微笑みながら説明を続ける。
「ソリッド様にはとある封印が施されています。それは御身の力と記憶を封じ、苦難を乗り越える修練の為で御座います。しかし、この宝珠を使えば、その修練を止める事が出来るのです」
「俺の力と記憶? 修練とは何の事を言っているのだ?」
思い付くのは五歳以前の記憶だ。俺は五歳の時に記憶喪失で、育ての親に拾われた過去がある。
それ以前の記憶が、この宝珠で蘇るのだろうか? しかし、封じられた力とは何の事だろう?
「口で説明するよりも、使って貰う方が早いのですが……。そうですね、その前に私の質問にお答え下さい」
ディアブロは何かを思い付いたらしく、その手の宝珠を握って隠した。
「ソリッド様には三つの選択肢が御座います。一つ目はこの宝珠を使い、自らの手で大厄災との決着を付ける手段となります」
「自らの手で決着……?」
ディアブロの口ぶりからすると、それが出来ると確信している様子だった。俺の封じられた力とは、それ程に大きな物なのだろうか?
「二つ目は我々に大厄災の討伐をお命じ下さい。我等の神の本意ではありませんが、我等はソリッド様の指示を優先致します」
「俺の指示を優先する……?」
彼等は確か『黒の竜神』に仕えているはず。その神の本意は俺が宝珠を使い、大厄災との決着を付ける事なのだろう。
だが、彼等はそれに背いて構わないと考えている。どうして神の意思より、俺の意思を尊重すると言うのだろうか?
「そして、三つ目はこの宝珠を受け取らず、大厄災へと挑む手段です。間違いなくソリッド様は敗れ、世界の半分は崩壊するでしょう」
「――なっ……?」
俺が負けると断言された。ただ、その言葉が嘘で無いと言うのは、俺も直感的に理解していた
少し前に『憤怒の厄災』と対峙したが、あれもまともに戦えば勝てる相手では無かった。
たまたま相手が、俺が勝てる舞台で戦ってくれた。というより、相手に勝つ気が無かったのだ。
例え以前より強くなったとはいえ、今の俺がメルト=ドラグニルに勝てるとは思えなかった。
「ふん、安心なさい。不死族の領地とグレイシティは私が守るわ。人族も全て滅びる事はないでしょうから」
「ふふふ、ソリッド様がその手段を選ぶとは思っておりませんけどね?」
エリザベートとラヴィアンが俺を見つめている。その表情は穏やかで、答えは既にわかっていると言わんばかりだった。
そして、その三つの選択肢を出された事で、俺のやるべき事が明確になった。俺が手を差し出すと、ディアブロはそっと宝珠を握らせた。
「神の真意はわからないが、俺に出来る事なら俺がする。それに彼女は、ただ倒して終わりでは駄目な気がするのだ」
「流石はソリッド様で御座います。記憶を封じられていても、やはりその本質にお変わりは無い」
以前に俺がメルトと戦った時、彼女は俺に血を飲ませた。そうする事で、俺の命を繋ぎとめた。
その時に初めて、彼女は自らの名を明かした。それと同時に、俺へと名を尋ねて来たのだ。
――あの時に見た彼女の瞳。
俺にはそれが、助けを求めている様に見えた。だからこそ、彼女の相手は、俺がすべきなのだと思ったのだ。
「では、宝珠を使うとしよう」
俺握った宝珠に意識を向ける。すると、宝珠の側から応えてくれた。
俺の体をそっと優しい気配が包み込み、俺を覆う何かがパキリと割れる音を聞いた。




