待ち望む者達
俺の前に現れた人物。それは唯一無二の親友にして、魔王軍四天王のヴァイオレット=ローズだった。
俺は席を立つと、彼の元に歩み寄る。そして、そっと耳元で忠告した。
「ここは白神教の総本山……。魔族とバレると不味い事になるぞ……」
「いえいえ、ご心配無く。お母様には既に話を通してありますので」
母さんに話を通してるだと? ヴァイオレットは何を言ってるんだ?
俺は母さんへと視線を向ける。すると、母さんは首を傾げて、不思議そうに尋ねて来た。
「むっちゃんが魔族ってこと? それなら、ここの全員に話してあるけど?」
「全員って……。白神教の神官全てにか……?! それでどうして中に入れる!」
基本的に魔族は『黒の竜神』を信奉する。それ故に、白神教との仲は非常に悪い。
露骨に迫害こそしないが、その扱いは非常に悪い。嫌な顔をされ、無視されるのは当たり前。
俺も黒目黒髪で魔族と疑われ、それなりに酷い扱いを受けて来たので知っているのだ……。
しかし、ヴァイオレットは涼しい顔をして、俺に対してこう答えた。
「はい、私は姫様の使者として参りました。流石に一国の使者相手に、無視をしたり、邪険にしたりは出来ないでしょう?」
「いや、俺の見間違いか? 先程、そこの神殿騎士に邪険にされていた様に見えたが?」
扉の側で控える、ローラの付き人レフィーナ。今も物凄く俺を睨んでいる。
……って、いや待て。俺を睨んでいる? ヴァイオレットでは無く?
そういや、彼女は俺への当たりが強い。ローラと会話をしてる時など、何度も殺気を放たれたな……。
「ははは、少し怒らせてしまいましたね! 姫様と聖女様の、どちらが素晴らしいかと討論になったものでして!」
「口惜しい……。よもやこの私が、崇拝勝負で言い負かされるとは……」
何やら思っていたのは違う確執だったらしい。そして、その憎しみは俺に向ける物よりは弱いみたいだ。
ならば、ひとまずは問題無しで良いのだろうか? というか、話が進まないから問題無しとしよう……。
「えっと……。魔族が大聖堂に入るには、特に問題無いのか?」
「うん、大丈夫よ。これからの白神教は、魔族と仲良くしますって御触れを出したからね!」
御触れを出した? それは教皇が出したと言う意味だろうか?
俺は教皇に視線を向ける。すると、彼はゆっくり首を振った。
「つい先程、娘に教皇の座を譲ると通達しておる。その際に、合わせて次期教皇の方針を伝えたのだ」
「いや、ちょっと待って欲しい。教皇の座を譲るとは、まさか母さんが教皇になるって意味なのか?」
話が飛躍し過ぎて理解が追い付かない。少し隣国に出張してる間に、色々な事が起き過ぎではないか?
ただ、パッフェルは不思議そうに、俺を見上げてこう言った。
「いや、この流れなら当然でしょ? 『天啓』持ってるんだし」
この流れに付いて行くパッフェルは化け物か? もしかして、全知全能だったりしないか?
ただ、パッフェルが当然と言うなら、そうなのだろう。俺は渋々この件からは引き下がった。
「まあ、それは良いとしてだ。ヴァイオレットは、何の目的でここに来た?」
「ふむ、なるほど。それではソリッドにも理解出来る様に、ご説明致します」
俺にもわかる様にと強調された。きっと、他の皆は知っているか、察しているのだろう。
だが、それを含めての彼なりの配慮なのだ。そうでないと、また俺だけが取り残される事態になりかねんからな……。
「まず、私は現魔王軍四天王中では最古参です。千年間その座を維持している者は、私以外にはおりませんので」
「待て待て、お前は千年も生きているのか?」
いきなりのツッコミ発言である。俺の記憶では長寿種でも精々が三百年。千年も生きる種族なんて、聞いた事が無いのだが?
しかし、俺のツッコミにヴァイオレットは楽しそうに微笑む。そして、ゆらりとその姿が霞んだ。
「そもそも、夢魔族は精神生命体です。本質的には生物では無く、この姿も仮初の物に過ぎません」
そう告げると、ヴァイオレットの姿が女性に変わった。衣服もスーツから、ボディラインを強調する黒のドレスになっている。
「そして、ここからが本題です。私の親にして先代の魔王軍四天王であるラヴィアン=ローズ様は、寿命や衰退で引退したのではありません。他の二名の四天王の方々と一緒に、下位の神――魔神となり天へと昇られたのです」
「下位の神……。以前に話していた、三魔神のことか?」
ヴァイオレットが話したのを覚えている。領域守護者を倒せる存在として、三魔神の名を出したのだ。
そんな存在が居るのかと疑念を抱いた。以前は聞く機会を逃したが、それがどうも過去の魔王軍四天王と言う事らしい。
ヴァイオレットはこくりと頷く。そして、元の男の姿に戻って会話を続ける。
「三魔人のお三方は、黒の竜神様に仕える存在です。そして、魔族の世界で秩序を守る為に、各種族を見守る守護神でもあるのです」
「各種族を見守る? 夢魔族以外はどの種族なんだ?」
いまいちピンと来ないが、神と成った魔族が残り二人。それぞれに、違う種族なのだろうと思う。
それがそういう存在で、何をしているのかもわからない。ただ何となく、その存在には興味が引かれた。
「御一方は不死族です。『死の超越者』エリザーベト=ツェペシュ様。彼女は不死族の領地のみでなく、グレイシティを見守られている存在でもあります」
「何だと? グレイシティを見守っている?」
グレイシティとは俺が夢見る地。大陸中央に存在する、人と魔族が共存する街である。
その地も千年程の歴史を持ち、少しづつだが成長し続けている。もしかすると、その起源に関わる存在なのだろうか?
「そして、もう一方は悪魔族。『悪魔王』ディアブロ様。歴代の魔王様を見守り、導かれる存在となります」
「魔王を見守り、導く存在……」
それは実質的に、魔族の指導者にならないか? 何となくだが、規格外の存在なのだとは理解出来た。
「その御三方が地上に降臨なされました。現在はグレイシティに集い、ソリッド様をお待ちしております」
「――なっ……?!」
いやいや、理解が更に追い付かない。どうして、そんな天上の存在が俺を待つ?
俺の知らぬ所で何が起きている? 俺に何をさせようと言うのだ?
「なお、現在はグレイシティにて、三魔人の皆様を魔王様と姫様が歓待しております。そして、そんな姫様からソリッド様への伝言が御座います」
「チェルシー姫からの伝言だと?」
どんな伝言かと思っていると、ヴァイオレットは懐に手を伸ばす。そして、魔導デバイスを取り出すと、素早く操作して音声を再生した。
『助けて、ソリッド! マジで、早くっ!』
「「うわぁ……」」
思わず声を漏らしてしまった。しかも、それまで黙っていたパッフェルも同様にだ。
余りに悲痛な叫び。降臨した神々の相手で、きっと胃の痛い思いをしているのだろう。
良くわからないが、急いで駆け付ける必要があるらしい。俺が視線を向けると、パッフェルは嫌そうな顔で頷いた。
「ああ、ご安心下さい。移動は私の魔法で一瞬ですので」
「ふむ、そうなのか? それでは頼むとしよう」
飛行系の魔法でも持っているのだろうか? そう思う俺であったが、その予想は外れる事となる。
ヴァイオレットが使ったのは古代魔法と呼ばれるもの。伝説にのみ残された魔法。
――転移魔法
目の前の景色が切り替わった後、パッフェルの絶叫が木霊する事となった……。




