痛恨のミス(ミーティア視線)
ダンジョン攻略は上手く行っていた。三匹の魔物と戦闘になったけど、私達は問題無く対処出来ていた。
――軟体生物のスライム。
ゲル状の体を削る事で、体力を削る事が出来る。弱った所で中心の核にダメージを与えればトドメを刺せる。
なお、スライムは『盗む』が有用な相手では無い。所持品を持っておらず、盗める部位も無いので、スキルを使っても意味が無い。魔石以外にドロップするアイテムも無い。
――泥の体を持つマッドマン。
上半身だけの人型で、武器でのダメージは通りにくい。代わりに魔法で攻撃すればすぐに倒せる。数は少ないらしいので、くーちゃん頼りで何とかなるだろう。
ちなみに、マッドマンは『盗む』が有効な相手である。時々、体にキラリと光る物が見える。それは『大地の結晶』と呼ばれる錬金素材で、魔石以上の価値がある。盗まずに倒すと、殆どはマッドマンと一緒に消えてしまう。
――目玉に足の生えたビッグアイ。
一抱えもありそうな大きな目玉に、足が生えた奇妙な魔物。攻撃力も低く、防御力も低いが、その目を直視すると催眠術で眠らされる。相手をする時は、目を直視しない様に注意が必要である。
その頭には『アンテナ』が生えている。実は目玉は催眠術用で、周りの様子はこの『アンテナ』で探っているらしい。ドロップ確率は五割だが、『盗む』を使うと確実に手に入る錬金素材である。
「知識って、大切なんだ……」
私は『索敵』スキルで周囲を探りつつ、今までの戦いを思い返す。いずれも『魔物図鑑・入門編』に掛かれた知識である。それが見事に役立っていた。
そして、『魔物図鑑・入門編』は冒険者ギルドで売られている。寝る前にでも読む様にと、三日前に師匠から貰った物である。
きっと、私に図鑑を渡した時点で、ダンジョンに向かわせる事を考えていた。そして、知識の有無がどれ程重要か、私に教えるつもりだったのだと思う。
私の師匠は本当に凄い。流石はS級の冒険者である。教えてくれる内容は的確でわかりやすい。私もいつか、あんな凄い冒険者になりたいと憧れてしまう。
師匠の事を思い出し、私は思わず頬が緩む。ただ、ここがダンジョン内だと思い出して、慌てて師匠を頭から追い出す。すると、ハルが私へと声を掛けて来た。
「ミーティアは凄いな! さっきから的確な指示を出してさ! このパーティーのリーダーって感じだな!」
「や、そんなリーダーだなんて……。凄いのは私じゃなくて師匠だよ!」
こうやって索敵を行えるのも、皆に指示を出せるのも、師匠の指導があってのことだ。師匠に出会う前の私であれば、こんな冒険者みたいな真似事は出来なかった。
しかし、ハルは晴れやかな笑顔で首を振る。そして、想定外の言葉を私に投げかけた。
「それも含めてだよ。ソリッドさんって近寄りがたい雰囲気あるでしょ? S級冒険者の凄みって言うのかな……。俺もギルドの紹介が無ければ、話し掛けたりしなかっただろうしね」
「え、近寄りがたい……?」
ハルが何を言っているのかわからない。師匠は静かで落ち着きがあり、傍にいると心が落ち着く。例えるならば、夜空に浮かぶ月の様な人なのだ。
しかし、ハルは私の戸惑いにも気付かず、楽しそうに話を続けていた。
「クーレッジなんて、初見で殺されるって思ったらしいね。俺も初めて会った時は、下手な事を言ったら殺されるんじゃないかと思ったしさ……。それなのに、ミーティアは笑顔で助けを求めたんでしょ? それだけでも、俺からしたら凄い勇気だって思っちゃうけどね」
「勇気、だなんて……」
グリーンキャタピラーの糸に絡められ、困っていた時の事なのだろう。確かに私は笑顔で助けを求めた。しかし、そこには勇気なんてまったく必要無かった。
私には師匠が優しい人だって一目でわかったし、助けるつもりで姿を見せたって気付いただけだ。むしろ、助けを求めて断られていれば、そちらの方に驚いたと思う。
けれど、私はハルの言葉に引っ掛かる物を感じた。師匠を良く知らない人達が、師匠に向ける不思議な視線について。ずっと、私が感じていた違和感についてである。
何故だか周囲の人達は、師匠に対して距離を取っている。師匠の事を怖がっている様に感じられた。気のせいかと思っていたけど、ハルの言葉が真実だとすると……。
「――ちょっと、ミーティア! 前から何か来てるわよ!」
「……あっ、ごめん!」
考えに没頭し過ぎて、索敵を疎かにしてしまっていた。くーちゃんの声に意識を切り替え、私はダンジョンの奥に視線を向ける。
そこには青い風船の様な魔物がいた。フワフワと宙に浮き、こちらにゆっくり向かって来ている。ニヤニヤ笑いを浮かべるその顔を、私は記憶の中から思い出す。
「あれは、バルーン・メイジ! 風の魔法を使うから気を付けて! あと、凄く回避能力が高いから、私にしか倒せないと思う!」
「ミーティアにしか……?」
不思議そうに呟きながらも、ハルは一歩後ろに下がる。そして、代わりに私が前に出る。
バルーン・メイジは『素早さ』と『器用さ』が低いと、攻撃を当てる事が難しい魔物らしい。それは、剣だけではなく、魔法や弓でも同じである。
アシェイなら『器用さ』が高めなので、当てられる可能性はある。しかし、距離があると相手の回避にも余裕が出来る。無理に接近させるよりは、くーちゃんを守って貰う方が良いだろう。
そして、私が短剣を手に踏み出す直前に、くーちゃんの魔法が発動していた。
「マジック・プロテクション!」
私の体が緑色の魔力で覆われる。これはくーちゃんが覚えたての魔法。魔法のダメージを半減される、味方向けの支援魔法である。
私が風の魔法を使うと言ったからだろう。咄嗟に判断して、魔法を唱えたくーちゃんは流石だ。私は内心で彼女に感謝しながら、相手に対して飛び掛かった。
「――っ……!」
バルーン・メイジが反応し、私に向かって風の刃を飛ばして来る。これはくーちゃんも使える、ウインド・カッターという魔法だったはず。
「なんのっ……!」
しかし、私は『高速ステップ』のスキルで横へと飛びのく。タイミングはシビアだけど、上手く使えば物理攻撃も魔法攻撃も回避出来る便利なスキルだ。
――ヒュッ……。
風の刃が私の横を通り過ぎる。私は勢いを殺さぬまま、バルーン・メイジへと肉薄した。
「――っ……!」
刃を振るったと同時に、バルーン・メイジの体がブレる。風船の様に軽い体を生かして、フワリと攻撃を回避して来たのだ。
しかし、そう動く事は予想出来ていた。私は刃を振り切る前に、ピタリと止めて軌道を変える。
「――っ……?!」
その軌道が見えたのだろう。バルーン・メイジのニヤニヤ笑いは消え、驚いた表情を浮かべていた。
そして、バルーン・メイジは回避力が高い反面、その防御力は低い。刃を刺せば簡単に穴が開き、萎んで力を失ってしまうのだ。
バルーン・メイジは刃が刺さって穴が開く。そして、勝利を確信した私だったが、それは慢心だったのだろう。
「え……?」
――バアアアァァァン!!!
バルーン・メイジの体が弾けた。その激しい衝撃により、体の軽い私は簡単に吹き飛ばされる。
「かはっ……!」
ダンジョンの岩肌に打ち付けられ、私は肺から息が漏れる。ただ、威力は弱かったらしく、私は自力で身を起こす事が出来た。
「いてて……。油断大敵だね……」
私は図鑑の内容を思い出す。バルーン・メイジは『身の危険を感じると自爆する』と、確かに書いてあった。ただ、威力は低いとあったので、私は読み流してしまったのだ。
私は体を動かし、自分の状態を確認する。背中は少し痛むが、骨折や出血は無さそうだ。この後の冒険には支障ないだろう。手痛い失敗だが、良い勉強になったと思うべきだろう。
私は気を取り直して、仲間達に笑顔を向ける。しかし、何故だかくーちゃんが、痛ましそうな表情で、私にその指を向けていた。
「みーちゃん……。その、頭……」
「頭……?」
何の事かと思い、私は自分の頭に手で触れる。そこには私の髪があるだけ。フワフワとした、いつも通りの私の髪の毛が……。
「――えっ……?!」
そして、慌てて足元を見ると、迷彩色のバンダナが落ちてる。その意味する所を理解し、私はさっと気の気が引くのを感じた。
それは、私の頭を守っていた物。あの日からずっと、外す事無く身に着けていた物である。
「ミーティア……。お前……」
ハルの声が届き、私はビクリと体を震わせる。私は恐ろしさを感じつつも、その声の方へと振り向いた。
ハルは苦々し気に顔を顰め、アシェイは困惑した表情を浮かべている。いずれも、その視線は私の頭に向いていた。
私はその視線に耐え切れず、思わず頭を両手で覆った。その頭に生えた『猫耳』をギュッと覆い隠した。しかし、感情の感じられない、ハルの無機質な声は届いてしまう。
「お前……。魔族だったのか……?」
その冷たい問い掛けに、私の心臓は握り締められた様な痛みを覚える。体は震えて力が入らない。自分の鼓動だけが、ドクドクと激しく鳴り続けたいた。
私は何も答える事が出来ず、ただその場に崩れ落ちた……。