調査依頼
教皇アルフレッド様と聖女ローラの登場により、『国母』グリーディアの――王族殺しは罪と成らずに済んだ。その事は素直に安堵した。
しかし、共に登場した母さんが、何故か次期教皇となっていた。僕の母さんに対する認識は、田舎の農家の妻である。まったくもって謎である。
そして、母さんは僕とエリスとローラを引き連れ移動する。後宮内の密室で、密談を行う必要があるらしい。
僕は母さんの過去が明らかになると思ったのだが、密談の内容はまったく異なるものだった。
「アレックスとエリスちゃんのお陰で、二つの厄災が片付いたでしょ? 残る一つについても、さっきソリッドとパッフェルが片付けてくれたの。これで三つの小厄災は全て対処が完了したって事なのよ」
「何だって? もう一つの厄災を、ソリッドとパッフェルが……」
今回の『厄災』討伐計画は、国賊となる可能性があった。だから僕は、ソリッド達には何も話さず、秘密裏に計画を進めていたのだ。
しかし、同時タイミングで彼等は別の厄災と戦っていた。つまり、彼等は僕達の計画を知った上で、この戦いを僕達に任せてくれたのだろう。
「ソリッド……。君ってやつは……」
僕は弟妹を信じられなかった自分を恥じる。彼等の身を案じて何も話さなかったが、そんな必要は無かったのだ。
むしろ、弟妹は僕を信じて何も知らぬフリをしてくれていた。僕の意思を尊重して、もう一つの『厄災』へと向かってくれたのだから。
僕は弟妹へと胸内で謝罪する。そして、掛けがえのない弟妹達への愛を、より深めるのだった。
「それで小厄災は良いとして、最後にもう一つあるでしょ? 三つの小厄災より厄介な、大厄災の対処がね?」
「大厄災……。それは、竜帝メルト=ドラグニルの事かな?」
僕の告げた名に、ローラは不思議そうな顔をしている。彼女も戦場で相対はしたが、名前はまだ知らなかったみたいだ。
しかし、母さんはその名を知っていたらしい。ニコニコと笑みを浮かべながら、僕の言葉に頷きを返した。
「貴方達は力を合わせて大厄災に挑む事になる。けれど、大厄災が何なのかをわかっていない。だから、まずはそれを知って貰おうと思っているのよ」
「大厄災を知る? それはどうやって?」
白神教の大聖典の中に、大厄災の記載自体はある。千年前にパール王国の前身となる国を滅ぼした存在としてだ。
しかし、その詳細までは記載が無かった。国を滅ぼし、人間を滅亡に追いやる可能性があった存在。
――そして、勇者によって討たれた存在。
どの聖典にも、書かれているのはそれだけだ。僕にはそれを知る術が思い付かなかないのだが……。
「千年前の当時を知る人に聞けば良いのよ。実は国内に該当する存在がいるのよね~」
「当時を知るって……。千年前を?」
僕の知る限り、長寿種族でも五百年が限界のはず。通常の長寿種は平均寿命が二百歳だが、稀に上位存在への進化で数百年を生きるらしい。
例外はヴァンパイア等の不死族。ただ、彼等に死の概念が無いのだが、魂が摩耗して五百年も経つと自然消滅するとのことだ。
当然ながら、人間は最長でも百年が限界。人間の国であるパール王国で、心当たりのある人物何ていないのだけれど……。
「あははっ! 実はその存在って、千年前の王国を滅ぼした本人なのよね! 当時は『機械神』って呼ばれていたみたいね!」
「「――はあっ……?!」」
千年前の大厄災は、勇者によって討たれたはずでは? どうしてそれが、この国に生き続けているのだ?
僕とエリスは驚きで声をあげた。しかし、僕はそこで、ローラが目を逸らしたの気付く。彼女は何かに気付いたらしい。
僕がじっと見つめると、ローラは目を泳がせる。そして、気まずそうに母さんへと問いかけた。
「もしかすると、それって……。農業プラントに居たりします?」
「そうそう、良く知っていたわね! そいつが『機械神』よ!」
ローラは手で顔を覆い、疲れた様子で俯いてしまう。僕はその様子に何事かと心配になる。
しかし、ローラはポツポツと語り出す。それは何やら、自分の心に整理を付けているみたいに見えた。
「ええ、不思議に思っていたのです……。農業プラントの奥に祠があったり……。教皇と国王しか入れなかったり……。ここは何だろうって思ってたんです……」
「へえ、そんな場所があるんだね」
農業プラントの存在自体は知っている。この国の国民であれば、誰もが知っている存在である。
国営の施設で小麦やジャガイモ等の大量生産を行っている場所。そこで作られる食料のお陰で、パール王国は飢饉に見舞われた事がない。
ただ、普通の人間は入る事すら許されない。そんな国家機密級の場所なのに、ローラは入った事があるのだろうか?
「子供の頃に、お爺様に連れられて……。何故か私も入る事が出来て……。彼、凄いフレンドリーなんですよ……。気付いたら友達になっていて……」
「――えっ? ちょっと待って。ローラは『機械神』と友達なのかい?」
僕は状況が理解出来ず、大いに混乱してしまう。その『機械神』とやらが、千年前の『大厄災』なんだよね?
それが生きているのも驚きだが、ローラは友達になってしまったらしい。これは流石はローラと片付けて良い問題なのだろうか?
「し、知らなかったのです! 彼は自身を単なる古代遺物と言ってました! 神の指示で食料を作り続けているだけだと! ただ、子供の私は千年も働き続けて偉いねって褒めて! それで気付いたら友達になっていたのです!」
「そ、そうなんだね。とりあえず、一旦落ち着こうか?」
僕は興奮するローラを宥める。母さんも笑ってないで手伝って欲しいのだけれど……。
僕が困っていると、代わりにエリスが手伝ってくれる。そんな優しいエリスに、僕は嬉しくなって額へと口づけをした。
エリスは驚いた後に嬉しそうに笑う。そんな僕達に気付いて、何故だかローラは冷めた視線を僕達に送っていた。
「それでマリーさん。私達は彼に会いに行き、『大厄災』が何なのかを聞けば良いのですか?」
「そうそう、そんな感じ! 今のアレックスとエリスちゃんなら一緒に入れるから! 三人で仲良く会いに行って来てね!」
僕とエリスが入れるのは、『厄災』に立ち向かう資格を得たから。そして、ローラは初めからその資格を持っていたと言う事なのだろう。
その『機械神』がどういう存在かはわからない。けれど、ローラの友達と言う事は、今は危険な存在では無いと思われる。
ならば、僕達は母さんの言う通り、『機械神』へと会いに行くべきだ。この後に対峙するであろう、竜帝メルト=ドラグニルの正体を知るために。
「では、共に行こうか、エリス」
「はい、どこまでもご一緒に……」
危険な戦いとわかっていても、エリスは躊躇わず付いて来てくれる。僕はそんな最愛の存在を、思わずギュッと抱きしめてしまう。
そして、エリスも僕を優しく抱き返してくれる。僕達はあの戦いを通して、更にその絆が強まったのだと感じていた。
「……アレックス、エリス。そういうのは良いから。さっさと行くわよ?」
僕はエリスから離れ、ローラへと視線を向ける。彼女は僕達へと厳しい眼差しを向けていた。
そして、僕は浮かれていた自分を恥じる。確かに今は世界の危機。こんな事をしている場合ではなかった。
「忠告ありがとう。確かに今は浮かれている場合では無かった」
「失礼しました、ローラお姉様。私ったらはしたない真似を……」
キリリとした表情で頷くローラ。それ以上は何も言わず、彼女は扉へと足を向けた。
僕とエリスもその背に続く。何故か背後では、母さんが大爆笑していた。




