厄災の最後
僕は与えられた新たなる力――『精霊騎士』の力を発動させる。
僕の体と手にした剣が黄金色に輝く。この輝きには、『厄災』という呪いを浄化する効果がある。
そして、本能的に察知したのだろう。『強欲の厄災』であるグリ―ディアは、涙を浮かべて絶叫した。
「や、止めろ……。妾に近寄るなっ! その力を妾に向けるなっ!」
しかし、僕はその言葉を無視する。一歩踏み出し、剣の切っ先を彼女に向ける。
「厄災よ! 世界の平和を守る為、その邪悪な力を祓わせて貰う!」
この力については理解している。『精霊騎士』の力はマニュアルとして、頭に知識が流れ込んで来たからである。
『精霊騎士』の力とは、大精霊と同等のマナを利用可能となること。そして、その力を『厄災』という呪いを祓う事に特化させた力なのだ。
人々の負の感情が集まって生まれる呪いの力。それを浄化する事にのみ使える、『厄災』対策に特化した力なのである。
「く、来るなっ! こんな所で、妾が倒れる訳には……!」
「ふふふ、逃がしはしませんわよ?」
牽制のつもりか、呪いの波動を振りまくグリ―ディア。しかし、その力はエリスの『守り』に特化した力でかき消された。
今の僕には大した効果では無いが、背後の騎士達には致命的となる。何も言わずともエリスは、騎士団の皆を守ってくれていた。
そして、同時にグリ―ディアを光の結界で包み込む。それによって、グリ―ディアはその場から逃げ出す事も出来なくなってしまった。
「馬鹿なっ! こんな馬鹿な事が、あってたまるかっ!」
グリ―ディアからしたら、そう叫びたい立場だろう。五百年前にも使われた、『精霊騎士』と『聖女』の力が、突然目の前で発生したのだから。
それを僕達が持っていないと知っていた。だからこそ、この場で僕達を待ち構え、自らの糧とするつもりだったのだから。
――彼女の誤算は『聖女』ローラ……。
白神教の内情に詳しい者は、ローラに『聖女』の力が無いと知っている。五百年前の『聖女』と別物なのは、知る人ぞ知る情報だった。
当然、グリ―ディアはその情報を盗み取っていただろう。そして、名ばかりの『聖女』を、彼女は問題無いと放置していたはずだ。
――しかし、それこそがローラの計算だった。
『強欲の厄災』たるグリ―ディアに悟られない為、敢えてローラは無能の聖女を演じていたのだ。全てはグリ―ディアを倒すこの日の為に……。
勿論、ローラ自身が自らの力を知らぬはずが無い。そうでなければ、あのタイミングで僕達の前には表れていなかった。
裏で全てを支配した気でいたグリ―ディアは、ローラの手の内で踊らされていた。少し寂しくはあるけど、その為に僕達にもその力を隠していたんだろうね。
僕はローラに畏敬の念を抱く。僕の様な偽物とは違う。本物の『聖女』が如何に偉大なのかを、僕は心の底から思い知らされたんだ。
「これで終わりにしよう。パール王国を蝕む、全ての呪縛をこの剣で断つ!」
「待て、待ってくれ! 何でもするから、それだけは許してくれぇ……!!!」
グリ―ディアが懇願する。しかし、その願いを聞く事は出来ない。
彼女が居る限り、この国は変われない。『強欲の厄災』が消えねば、浸食された者達を正常に戻せないからだ。
僕は躊躇う事無く刃を振るう。振り下ろした刃は、彼女の体を袈裟斬りにした。
――ゴパッ……。ゴポゴポゴポ……!!!
切り裂かれた裂け目から、吹き出したのは黒い瘴気。それが血の代わりに、泡立ちながら煙を上げていた。
「ぎっ……。ぎぃああああぁぁぁ……!!!」
地面を転がるグリ―ディア。そして、周囲に瘴気を撒き散らすが、それは同時に僕の力で浄化されていく。
『精霊騎士』の力で斬られた彼女はもう手遅れだ。何をしようと浄化は止まらない。それが『精霊騎士』が持つ、厄災特化の力なのだから。
「こんな……! こんなはずではぁ……!!!」
グリ―ディアが苦悶の表情で叫ぶ。『厄災』の力が消えつつあるのか、彼女の顔は見る見る皺だらけになって行く。
『厄災』の力で若さを保っていたのだろう。しかし、それを維持するだけの力が、もう残ってはいないみたいだ。
「可哀そうに……。せめてこの手で、楽にしてあげます」
――キュポッ……
憐みの視線を向けるエリスだが、その指は黒い種が摘まんでいた。それと同時に、グリ―ディアの胸に小さな穴が開いている。
余りの早業に目で追えなかったが、『厄災の種』を引き抜いたらしい。それを引き金に、グリ―ディアの身は粉々に砕け散ってしまった。
このパール王国を長年掛けて、裏から支配した存在。『国母』グリ―ディア=フォン=パールの最後である。
何とも呆気ない最後だったな。そう思った僕だったが、エリスの行動に目を見開く。
「その種を、飲むのかい……?」
「はい、取り込んだ方が早そうですので」
エリスは止める間も無く、黒い種を飲んでしまった。元々取り込む計画だったとはいえ、その取り込み化は見ていて心配になるものだった。
しかし、彼女は楽しそうにクスクスと笑う。そのまま僕の元へと歩み寄り、ぎゅっと僕に抱き着いて来た。
「時間を掛けて、浄化するつもりです。この種を未来へと持ち越さない為に……」
「そうか、未来か……。確かにこんなものは、後世に残すべきではないからね……」
『厄災の種』は呪いを集めて『厄災』へと育つ。そして、『厄災』が滅ぶと種に戻り、次の呪いの元へと向かうそうなのだ。
それを止める手段を僕達は持っていなかった。だから、エリスが取り込んでしまい、この時代は『厄災』の被害を抑えるつもりでいた。
しかし、ローラから貰った祝福の力で、僕達は浄化という手段を得た。時間さえ掛ければ、エリスの言う通り『厄災の種』も浄化出来るだろう。
「――と、言う事は。もしや、エリスの中の『厄災の種』も……?」
エリスとて望んで『厄災』となった訳では無い。彼女はたまたま、『厄災の種』に選ばれて生まれ落ちたのだ。
恨みと妬みが渦巻く宮廷において、侯爵令嬢として誕生したエリス。父親の名声が仇となり、彼女が呪いの中心地に立ってしまった。
――もし、『厄災の種』さえなければ……?
エリスは両親から恐れられる事も無かった。周りから避けられ、疎外感を味わう事も無かっただろう。
そして、たまたま僕と出会わなければ、彼女もまた世を恨む『狂気の厄災』として、この国に仇名す存在へと成長していた……。
「その様な顔をなさらないで下さい。今のエリスは幸せで御座います」
僕を見つめるエリスの瞳に、『狂気』の色は滲んでいない。そこにはただ、綺麗な微笑みだけが存在していた。
エリスは僕の両頬をそっと挟む。そして、踵を上げて僕の唇に、そっと自らの唇を重ねる。
「エリス……?」
僕からエリスにキスをした事は多々ある。しかし、彼女からのキスは初めてではないだろうか?
そんな事を考えている僕に、エリスは頬を赤らめながら、こう告げた。
「あ、貴方と添い遂げたその時には、きっと私の種も消えているはずです……」
「貴方って……。あぁ、そういう事か……」
僕達の戦いはこれで終わった。そして、全てが終わったら、僕達の関係を進めると話し合っていた。
つまり、僕達はこれで自由になった。僕達の結婚を阻むものは何も無いと言うことだ。
「――よし、エリス! 僕達は結婚するよ!」
「はい、アレックス様! 結婚しましょう!」
僕とエリスは互いに抱きしめ合い、熱い口付けを交わす。
呪いの効果が消えたのか、背後で騎士達の動き出す気配を感じる。けれど僕達は彼等を無視し、互いに愛を確かめ合うのだった。




