ダンジョン攻略
今日も俺はミーティア達の指導を続けている。メンバーはミーティアとクーレッジ。それに、ハルとアシェイで臨時パーティーも継続中である。
なお、パッフェルは今日も来ていない。当初のクーレッジの指導をしていたが、途中から面倒臭くなってしまったのだ。恐らくは、今日も俺の部屋で、水晶越しにこちらを覗き見ている事だろう。
まあ、それはいつもの事なので気にしなくても良いだろう。俺は気を取り直し、新人四人に対して向き直る。俺の背後には岩肌の洞窟が存在していた。
「――さて、ダンジョンに入る前に確認だ。ダンジョンに潜る理由はわかるか?」
俺の問い掛けに、ミーティアとハルが首を傾げている。何を問われているか、わかっていない様子であった。
代わりにアシェイが右手を上げる。俺が視線を向けて頷くと、促されたと察して彼は口を開く。
「魔物を倒す為です。ダンジョンには魔物が出ますので」
「そうだな。その認識は間違っていない」
俺の受け答えに、アシェイは微妙な表情を浮かべる。否定した訳では無いが、不足がある事は理解出来たのだろう。
そして、代わりにクーレッジが口を開く。眼鏡を押し上げながら、真面目な口調で不足分を補う。
「魔物を倒すのは手段よ。目的は経験値と魔石。それと、魔物が落とすアイテムです」
「その通りだ。自らを鍛え、金を稼ぐのにダンジョンは効率的なのだ」
クーレッジの回答に、ミーティアとハルが賞賛の眼差しを向ける。クーレッジはまんざらでもない様子で、すまし顔を装っていた。
クーレッジは口は悪いが、冒険者としては優秀なのだろう。新人であるので経験に乏しいが、それを知識で補おうとしている。きっと、彼女はパーティーの中で、頭脳方面の活躍も見せてくれることだろう。
「それでは次の質問だ。魔物、魔獣、魔族の違いはわかるか?」
クーレッジはすぐに答えそうなので、まずはミーティアとハルに視線を向ける。ハルは慌てた様子で考え始め、ミーティアはわかる箇所だけ答えて来た。
「魔族は悪魔族とか、獣人族とかの種族ですよね。黒の神を信奉していて、少し前まで人族と戦争をしていた……」
「その通りだ。魔族は人族と同等の知性を持つ。その上で、多くの種族が人族より高い魔力を有している」
中には獣人族の様に、魔力の低い種族も存在する。その代わりに身体能力は人族を超え、相手にするには非常に厄介な戦士が多い。かつての戦争でも、多くの獣人が兵士として参戦していた。
俺はミーティアを見つめるが、彼女は気まずそうに視線を逸らした。どうやら、魔物と魔獣の違いは答えられないみたいだった。
ハルもウンウン唸っているが、答えが出そうには思えない。俺は視線を移動させ、ウズウズした様子のアシェイに頷いて促した。
「魔物は魔力により生み出される魔法生物です。スライムやゴーレム等が該当します。魔獣は魔法を獲得した動物です。狼や熊等が強化された存在で、使う魔法によって種族名が変わります」
「その通りだ。基本は魔法を使う動物という認識で良いだろう。ただし、グリーンキャタピラーの様に、昆虫や魚類もここに分類される場合がある」
俺の補足説明により、アシェイは少し悔しそうな表情を浮かべる。先程のクーレッジの様に、完璧に答えて見せたかったのだろう。
まあ、間違いと言う程の事ではない。それに、重要なのはそこでもない。俺はミーティアを真っすぐに見つめて、本当に伝えたかった事を伝える。
「ダンジョンとはマナの濃い場所に発生する。そして、過剰な魔力が凝縮されて、魔物という存在が生み出される場所だ。魔物は生物ではない。生き物に見えるかもしれんが、命を奪う等と考えて、躊躇はしないことだ」
「……あっ、はい!」
俺が危惧していたのは、ミーティアとクーレッジの二人である。魔獣相手の訓練をしていた際に、命を奪う事への躊躇が見られたからだ。特にミーティアは、その傾向が強かった。
だからこそ、冒険者にはこういう道がある事を示しておきたかった。傭兵の様に人族や魔族を殺す道ではない。賞金稼ぎの様に賞金首や指定魔獣を殺す道でもない……。
――ダンジョン攻略を主とする、トレジャーハンターとしての道がある事を。
ダンジョンの魔物は倒せば霧散して消滅する。血肉が飛び散る事も無い。危険な事には変わりないが、戦う者の心理面では負担が大きく変わって来る。
そこで経験を積み、戦い方を覚え、レベルを上げて行けば良い。その先にやりたい事が出来たとしても、鍛えたスキルやレベルは必ず役立つ。きっとミーティアには、そういう道が合っている。
俺やパッフェルも初めはそうして育った。その後に、ギルドの依頼で魔獣を狩る事もあった。戦争に参加して、多くの人族や魔族も手にかけた……。
ただ、俺達にはそうしなければならない理由があったのだ。そうでないミーティア達は、ダンジョンを専門とする道に進んでも良い。
他人の人生を決める等、おこがましい行為だとは思う。しかし、期間限定とはいえ俺は彼女達の師匠となった。ならば、この程度の我儘は認められても良いだろう。
「――では、行ってこい。俺はここで待っている」
「「「「…………え?」」」」」
俺の発言に、四人が目を丸くしていた。想定外の言葉だと言わんばかりであった。
俺はゆっくりと首を振る。そして、当然とばかりにこう告げた。
「俺の指導は明日まで。ならば、そろそろ自分達だけで冒険をすべきではないか?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
ミーティアが不安げに呟く。そして、ミーティア以外の全員も、不安げに見つめ合っていた。
俺が期限付き師匠である事は皆が知っているはず。その期限が、明日までと言う事も含めてだ。
とはいえ、初めてのダンジョンという事で、不安に思う気持ちもあるのだろう。出来る事ならば俺に守られながら、安全にダンジョンを体験したいと……。
「――そんな考えで、冒険者になれるのか?」
「「「「――っ……?!」」」」
俺が付いていれば、安心感は段違いだろう。まだまだ未熟な彼らが、甘えたいという気持ちもわからないではない。
しかし、多くの冒険者は自ら手探りで冒険をするのだ。白紙の上に自らの歩みを刻み、自分だけの地図を作って行くのである。
ミーティアとクーレッジには、その地図の描き方は教えてある。後は彼女達が一歩を踏み出し、自らの歩みに自信を付けていくだけなのだ。
明日を最後に、俺はどうなるかわからない。自らの望み通りに、大陸中央のグレイシティへと向かうかもしれないのだ。
だかこらそ、最後に自信を得た、愛弟子の笑みを見ておきたい。今日が上手く行かなければ、明日には上手く行く様に、最後のアドバイスも出来る様にしたい。
俺がその様に内心で考えていると、明るい声が耳に飛び込んで来た。
「よし、行こう!」
「行きましょう!」
ハルとミーティアの声が重なる。二人は驚いた様子で互いに顔を見る。そして、すぐに互いに笑みを浮かべる。
二人は俺へと視線を移すと、明るい笑みでこう告げた。
「俺達は冒険者です! なので、冒険して来たいと思います!」
「大丈夫と思ったから、師匠は送り出すんですよね? なら、私は行って来ます!」
二人のやる気を見て、クーレッジとアシェイも笑みを浮かべる。二人の言う通りだと頷き、その表情にやる気が漲りだす。
この様子なら、これ以上の言葉は不要だろう。俺は満足して頷くと、彼等へと声を掛ける。
「お前達ならば問題無い。さあ、行ってこい」
「「「「はい、行って来ます!!!」」」
元気よく返事を返すと、彼らはダンジョンに向けて歩みだした。不安げに振り返ったりはしない。ただ、目の前の未知に対し、期待を胸に抱いている様子であった。
俺はそんな彼らの態度に満足する。これで彼らは冒険者としての一歩を歩み出した。俺の手が無くても、この先も成長して行けるだろう。
「……とはいえ、だ」
何かあっては事である。想定外の事態に直面し、取り返しのつかない大怪我をするかもしれない。防げる怪我は、防ぐべきではないだろうか?
そう考えた俺は、暗殺者のスキルにより気配を消す。そして、彼等に気付かれる事無く、そっとその後を付いて行くのであった。