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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第八章 パール王国の厄災と光の勇者
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祝福の力

 エリスとグリ―ディアの戦いは、予想に反して拮抗していた。攻めているのはグリ―ディアだが、エリスはそれを涼しい顔で防いでいるのだ。


 人であれば誰もが畏怖する呪いの波動。そのどす黒い力は、エリスの元まで届く事が無かった。


「何故だ……? 何故、妾の力が届かぬ! 貴様程度の『厄災』の力では、妾の力に抗えるはずがない!」


「ふふふ、何故でしょうね?」


 余裕の笑みを浮かべるエリスに、グリ―ディアの顔が歪む。憎々し気にエリスを睨み、呪いの波動を更に強めていた。


 けれど、その力はエリスの目の前で消されてしまう。エリスが前面に立ってくれているお陰で、僕や背後の騎士団も無事で済んでいた。



 ―もしかすると、勝てるのか?



 僕は密かにそんな希望を抱く。しかし、グリ―ディアは何かに気付いたらしく、驚きで目を見開いていた。


「何だ、その力は……。どうして、妾の力が消されておる? お前が纏う、その不快な力は何だっ?!」


「不快な力だって……?」


 エリスを見るが、彼女は穏やかに微笑んでいた。今の彼女は『狂気』を制御している。その力が漏れてはいなかった。


 むしろ、清浄な気配すら感じさせる。それは教会内に満たされる、荘厳な気配にすら似た……。


「その気配……。まさか、貴様っ! 取り込んだのかっ?! 我等の天敵である、領域守護者の力を! そんな事をすれば、貴様は魂ごと浄化されてしまうのだぞっ!」


「何だって……?!」


 グリ―ディアの言葉の意味を、正しく理解出来た訳では無い。しかし、彼女が焦る理由は、エリスが『厄災』以外の力を使っているからみたいだった。


 しかも、その力は領域守護者の力。歴史上パッフェル以外には倒せた者の居ない、生態系の頂点と呼ばれる存在のモノらしいのだ。


 だが、僕にとって重要なのは、『魂ごと浄化される』と言う部分だ。それがエリスの死を意味するなら、僕としても黙って見てはいられない。


「ふふふ、勘違いなさらないで? 私はこの力を取り込んだ訳ではありません。この世界より貸し与えられて、身に纏っているに過ぎませんから」


「馬鹿な……。世界から、貸し与えられて? そんな事が、有り得るのか……?」


 エリスの言葉に、グリ―ディアが困惑する。疑いの眼差しを向けながらも、目の前の事象に眉をしかめていた。


 しかし、僕も同時に困惑していた。エリスはいつの間に、そんな力を与えられたのだろうか?


 少なくとも、僕はエリスのこんな力を知らなかった。僕が不思議に思っていると、エリスは微笑みながら振り向いた。


「私達のお友達(・・・)祝福・・してくれたでしょう? 『星の巫女』の祝福に、この世界が応えたみたいなのです」


「『星の巫女』だって? あの加護ギフトには、そんな効果があったのか……」


 ローラの口からは、何の効果も無い加護ギフトだと聞いていた。ただ、自分に苦労が舞い込むだけの、無い方が助かる加護ギフトなのだと。


 しかし、彼女の祝福・・が領域守護者の力を与えた。ならばその力は、僕の『光の精霊に愛される者』とは比べ物にならない。とんでもない壊れ加護ギフトでは無いだろうか?


 ローラはそれを知っていたのだろうか? いや、知った上で、周りに教えなかった事も考えられる。そんな力を持つと知られれば、誰もが彼女の力を狙うだろうから……。


「――なるほど。その力には驚いた。しかし、その力でも妾には勝てぬな?」


 グリ―ディアはニヤリと笑う。それは余裕の笑みであり、先程までの焦りは消えていた。


「その力は守りにしか使えぬな? もし、領域守護者と同等の力であれば、お主の魂が耐えれるはずがない」


「あら、バレてしまいましたか」


 グリ―ディアの指摘にエリスは頷く。ただ、不利を悟られたはずが、その態度に焦りは無かった。


 エリスの態度にグリ―ディアは顔を歪める。ただ、エリスの余裕の態度に警戒し、静かに彼女の様子を窺がっていた。


 すると、エリスは自らの頬に手を添えて、嘆息しながら困り口調で語り出した。


「貴女が予定通り、光の精霊王に封じされていれば……。或いはその力が、そこまで大きく育ってさえいなければ……。その『厄災』を丸吞みにして、抑え込むつもりでしたのに」


 そう、それが僕達の当初の計画だった。この国に呪いをばら撒かぬ為に、エリスがその力を取り込む予定だったのだ。


 ただし、それには大前提として、『強欲の厄災』が『狂気の厄災』よりも弱い必要があった。


 そうでなければ、逆にこちらが取り込まれてしまう。そうならない為にも、力が封じられている今の内に、この計画を遂行する必要があったのだ。


 結果、その目論見はグリ―ディアにバレていて、逆に罠に嵌められた訳なんだけど……。


「しかし、貴女の『厄災』は私よりも強かった。こうなっては、取り込む事は不可能でしょう。ですので、祝福・・の力で祓う事に致します」


「……それは不可能だ。その力は五百年前の聖女と同じ力。『厄災』から仲間を守るものであろう? 『厄災』を祓う力があるはずがない」


 五百年前と言うと、白神教の勇者伝説のことか。聖女に導かれた、五人の『勇者』が当時の『厄災』を倒したというものだ。


 確かにあの伝承では、聖女は仲間達を守る事は出来た。しかし、戦う力は五人の『勇者』にしかなかったはずだ。


「ふふふ、それは聖女が只の少女だったからでしょう? ですが、私は私が非力な少女に見えますか? 貴女と刺し違える位は容易いのですよ?」


「――っ……?!」


 エリスは腰の大剣をスラリと引き抜く。彼女の身長程もある、彼女には不釣り合いな大剣であった。


 しかし、それを片手で軽々と構える。狂戦士バーサーカーである彼女は、『狂気』の力で並みの騎士程度はを軽々あしらえる程の強者でもあった。


 グリ―ディアは視線を激しく動かし、フロア内の様子を確認する。そして、一歩引きながら引き攣った笑みを浮かべる。


「妾が真正面から戦うとでも? この場は引いて、お主等を国賊とする事も出来るのじゃぞ?」


「いいえ、貴女は戦わねばなりません。ここで引くと言うならば、私は東の地へと向かいます」


 エリスの言葉にグリ―ディアが歯噛みする。東の地とは、『憤怒の厄災』の元と言う意味だからだ。


 エリスが勝っても負けても、勝った方の厄災は相手を取り込む。より強大な『厄災』へと成長するのだ。


 そうなると、グリ―ディアが勝つのは難しくなる。『強欲の厄災』の方が弱ければ、取り込まれる側に回ってしまうからだ。


「貴女の選択肢は唯一つ。私とここで決着を付ける事です。祝福の力に打ち勝ち、私の『狂気』を取り込むか……。或いはここで、私に敗れて祓われるかです」


「お、おのれぇぇぇ! 小娘がぁぁぁ! 妾の力を甘く見るなよぉぉぉ!!!」


 後に引けぬと知り、グリ―ディアが激高する。そして、『強欲の厄災』の力をより高めているみたいだった。


 エリスは視線だけをこちらに向け、僕へと微笑んだ。そして、悲しそうな声で、僕へと別れの言葉を告げた。


「――愛しております。どうか、私の分までお幸せに……」


「エ、エリス……。待ってくれ……」


 追いかけようとするが、僕の前に光の壁が出現する。本来それは、仲間を守る為の結界なのだろう。


 しかし、今は僕を阻む壁でしかない。エリスと僕を分断する為の壁でしかなかった。


「待ってくれ! 僕はこんな結果を、望んでいたんじゃないんだ……!」


 大切な人の為に、命を懸ける事に躊躇いは無い。エリスの為なら、命を散らす覚悟も出来ていた。


 けれど、残される側になると考えていなかった。それがどれ程の絶望なのか、僕はこの日に初めて知った。


 駆け出すエリスの背を見て、僕はただ涙を流す事しか出来なかった……。

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