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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第八章 パール王国の厄災と光の勇者
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祝福

 日はまだ沈み、多くの者達が眠りに付く頃。僕達は王宮内にある、騎士団訓練場に集まっていた。


 僕の眼前に並ぶのは、騎士団の精鋭三百名である。『国母』グリ―ディアより支配を奪った、隊長以上の実力ある騎士達だ。


「アレックス様、いつでも問題ありません」


 魔法のランタンを片手に、僕へと告げる騎士団長。彼はレオナルド=クリストフ。エリスの父親である。


 しかし、今は彼女の支配下にあり、僕の従者の様に振舞っている。それは指揮系統をハッキリさせるためにも、仕方の無い処置だと思う。


 僕は大きく頷く。そして、彼の背後に控える騎士達へと視線を向けた。


「皆、集まってくれてありがとう。既に皆は知っているよね? この国を歪ませる存在について……」


 居並ぶ騎士達は静かに耳を傾ける。ピシッと背筋を伸ばして、見事な隊列を取りながらね。


 僕は微笑みながら彼等の一人一人を確認する。真剣なその表情に僕は満足感を覚える。


「彼女を放置する訳にはいかない。彼女の存在は、この国に悲しみを産む。排除しなくてはならない害悪なんだ」


 皆の瞳には復讐の炎が燃えていた。この国に住む者で、彼女の影響を受けない者等皆無だからだ。


 競争と敗北、理不尽な任務。騎士団に所属していて、悔しい思いをした者だけがこの場に立っている。


 実力を認められ、彼女に支配を受けた者達。彼女に運命を左右された者達の集まりが、今の騎士団の現状だからだ。


「だからこそ、僕達は戦わねばならない。この国を変えねばならない。グリ―ディア=フォン=パールを討たねばならないんだ!」


 彼女の誕生よりこの国は歪んだ。彼女が徐々に歪ませていったんだ。彼女に権力が集まる様にと。


 その歪みは多くの理不尽を産んだ。多くの者がしわ寄せを受けた。非情なまでの搾取が行われて来たんだ。


「僕はグリ―ディアを殺す。彼女を信奉する元共と共にだ。場合によっては、この国の国王すらも……」


 現国王は完全にグリ―ディアの支配下にある。幼い頃より母親の為に生き、母親の為に死ぬ様に教育されている。


 グリ―ディアーー『強欲の厄災』を祓ったとしても、彼の認識が今更変わるのは難しいだろう……。


「状況によっては、一族を根絶やしにせねばならない。その場合は、僕が一時的にこの国を統治する事になるだろう」


 王家の血筋にある者で、彼女の支配を受けていない者は皆無だろう。ならば、彼女の思想を受け継いだ者を、野放しにする事は出来ない。


 そして、統治者を失った国は荒れる。それを防ぐ為にも、僕は『勇者アレックス』の名声を利用し、次の統治者が決まるまでに代理人を務めるつもりだ。


 勿論、次の統治者が決まらなかったり、国民が僕を求めた場合は、僕がそのままという流れもあるだろう……。


「全てはこの国を変える為に! 真の平和を手に入れる為に! 皆の力を僕に貸して欲しい!」


 僕は彼等の顔を確認する。僕の意思に賛同する様に、皆が獰猛な笑みを浮かべている。


 ただし、その瞳は狂気に歪んでいる。誰もが復讐心を増幅され、正常な思考を奪われているからだ。


 所詮、僕がやっている事も彼女と同じ。他者を支配して利用しているのだから……。



 ――けれど、僕は止まる訳にはいかないんだ!



「さあ、出発だ! グリ―ディアの住まう後宮へ……!」


「――アレックス! お待ちください!」


 僕の号令を遮る者が居た。想定外のその声に僕は驚く。


 そして、僕は背後を振り返る。そこには僕の良く知る、彼女の姿があった。


「……ローラ? どうして君が?」


「無論、貴方を止めに来ました」


 神官の白いローブを纏った、金髪碧眼の美女。彼女は聖女ローラ=ホーネスト。冒険者パーティー『ホープレイ』の仲間でもある。


 ローラは背後に従者二名を連れている。神殿騎士のライトとレフィーナ。聖女ローラを信奉する狂信者だったかな?


 たったの三人で何をする気なのだろうか。僕はローラと向き合い、彼女の意向を確かめる事にした。


「如何に君と言えど、実力で止められるとは思ってないよね? どうやって止めると言うんだい?」


「それはもちろん、対話によってです。貴方達の意思を変える為にも、私は貴方に対話を求めます」


 僕は思わず笑みを零す。馬鹿にした訳では無い。ローラらしいなと思ったからだ。


 聖職者としての模範的行動を示す。その行動原理は変わっていない。出会った頃より、彼女はそういう人であった。


 ただ、僕の知るローラは、もう少し引っ込み思案だ。こんなにも堂々と、僕に意見するとは思っていなかったが……。


「それで、何を話す気だい? 僕達には時間が無いんだ。余り長くは話せないよ?」


 僕達は夜明け前に後宮へと強襲する。警備の薄く、彼女の眠る間に全てを終わらせる為だ。


 多少は会話する時間もあるが、夜明けまで話続ける訳にはいかないからね。


「まずは対話を受け入れて頂き感謝します。長く時間を取らせる気はありません」


「ふむ……?」


 どうもローラは、僕達の状況を把握しているみたいだ。その上で、時間稼ぎをしたい訳でも無い。


 色々と気になる点はあるが、今は彼女の話を聞こう。僕に何を語る気なのか、それが一番気になる所だからね。


 そう思ったのだが、ローラは僕から視線を逸らす。そして、離れた場所に控える、エリスに向けて微笑んだ。


「エリスさん、ご無沙汰しています。私の事は覚えていらっしゃいますか?」


「ええ、勿論で御座います。ローラ様を忘れる等、あるはずが御座いません」


 咄嗟に声を掛けられたエリスだが、顔色一つ変えずに返事を返す。彼女は侯爵令嬢でもあるので、作り笑いには慣れていた。


 そして、二人は意外と接点が多い。侯爵令嬢と教皇の孫。各種パーティーでは年が近い事もあり、会話をする機会は何度もあったらしい


「エリスさんとアレックスは婚約者。そして、もう間もなく式を考える必要がありますよね?」


「……まだ、少々取り込んでおります。式について考えるのは、もう少し先になる予定ですね」


 ここがパーティー会場ならわかる。年の近い娘同士で、結婚式について状況を伺うのも。


 しかし、今はそんな世間話をする状況では無い。それはローラもわかっているはずだ。


 僕も怪訝に思っているが、エリスはそれ以上に何かを警戒している雰囲気が感じられた。


 そんなエリスに向かって、ローラは笑顔でこんな提案を行った。


「その式は私に取り仕切らせて頂けませんか? 私は貴女の友人・・として、貴女達の事を祝福・・したいと考えているのです」


「――っ……⁉」


 それは何気ない会話である。神官であるローラなら、当然口にするであろう台詞である。今が場違いなのを別にすればだが……。


 なのに、エリスは予想外の反応を見せている。動揺を隠しもせず、どうしてという眼差しでローラの事を見つめていた。


「エリスさん、勘違いしないで下さいね? 私は貴女達が『強欲の厄災』と戦うのを止める気はありません。それが『厄災』どうしの戦いと知っていても……」


「まさか……。私の正体を、知っていると言うの?」


 エリスの動揺は僕にもわかる。ローラがそこまで知っているとは予想外だった。教皇であれば或いはと思っていたが。


 聖女と言えども、彼女はお飾りだったはず。白神教内では、重要な機密には触れられない立場だったはずなのに……。


「私はアレックスとエリスの勝利を願っています。その上で、貴女達の友人として、その後が幸せな結末(・・・・・)である事を願っているだけなのです。今日はその事を伝える為に、ここまでやって来ました」


「そんなことを、わざわざ……?」


 僕にはローラの考えがわからない。彼女ならそれを願うのは当然だと思う。けれど、どうしてこのタイミングで、それを伝える必要があったのだろうか?


 ただ、エリスの様子が明らかにおかしい。僕には理解出来ないが、彼女の行動には何らかの意味があったのだろう。


 それが何なのかを僕は問おうとした。しかし、それよりも早く、ローラが微笑みながらこう告げた。


「彼女を幸せにしてあげて下さい」


「それは、当然のことだけど……?」


 僕の回答にローラは満面の笑みを浮かべる。そして、満足した様子で踵を返す。


 二人の従者を引き連れて、そのまま帰って行った。本当に今の言葉を届けるだけに来たらしかった。


「何がしたかった……。いや、彼女は何をしたんだ……?」


 頭を抱えて、引き攣った笑みを浮かべるエリス。混乱した彼女を見ていられず、僕は彼女が落ち着くまで抱きしめ続けた。


 そして、エリスを抱きしめながら考える。ローラのあの笑みを見る限り、彼女に悪意があったとは思えない。


 本当に友人である僕の事を想い、祝福・・してくれたのではないか。僕はぼんやりとそんな風に感じていた。

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