祝勝会
俺、セイレン大統領、ライザさんの三人は一時間程度待たされた。その間、俺はライザさんにより美味しいカフェラテを提供して貰い、その作り方を教えて貰っていた。
そんな事をしている間に、パッフェルが会議室に戻って来る。むっつり顔の彼女と対照的に、鬼龍院親子はニコニコ顔であった。
「……交渉結果を伝えるわ。交易都市は吹雪を代官に置く。私は基本的に名前貸し。時々、通話で状況確認するだけって話になったから」
ムスッとした表情で簡潔に告げるパッフェル。余り納得の行く結果では無かったのだろう。
それも仕方が無い話だ。パッフェルは責任を負いたがらない。政治的に利用されるのを何よりも嫌う所があるからな。
「……それだけでは御座いませんよね?」
パッフェルの隣に立つ吹雪姫はニコリと微笑む。そして、キラキラした瞳でパッフェルを見つめて告げる。
「交易都市の住民はハーフリンク族のみ。その他は滞在許可を得た者のみが、一時的に住む事を許されます。つまり、パッフェル様はあの地を、ハーフリンク族の国とするおつもりなのです」
「何だと……?」
パッフェルとハーフリンク族との繋がりは強い。パッフェル商会の従業員が、全てハーフリンク族なのがその証明とも言える。
流浪の民であるハーフリンク族は、フリーな商人である事が多い。そこに目を付け、スカウトしたのが彼等との関係の始まりだった。
ただ、パッフェルの想像を超え、ハーフリンク族の熱意は凄まじかった。パッフェルを敬愛して、彼女の元にどんどんと集まり続けたのだ。
心優しいパッフェルは、そんな彼等を見捨てる事が出来なくなった。気付けば彼等の未来を考え、導かねばならない立場となってしまったのだ。
「交易都市はパッフェル商会の支配地として良い。そういう条件で、パッフェル様の統治を認めて頂きました。サファイア共和国側としても、その条件で問題無いでしょうか?」
「うむ、構いませんぞ! 今回の交渉は全てパッフェル殿に一任しておりましたしな! 我が国を救って頂いた英雄に、我等は最大限の恩義を返させて貰う所存ですからな!」
吹雪姫の問い掛けに、セイレン大統領が即答する。彼のパッフェルに対するスタンスは、この回答で良くわかった。
それを満足げに見つめる源蔵殿。それを複雑な感情の入り混じった顔で、パッフェルは睨み付けていた。
「貴方の国って、本当に良く情報を集めているわね。私の泣き所を正確に突いて来てさ……」
「ふっ、我が国の忍びは優秀と言ったであろう? 今後は互いに仲良くやろうではないか」
どうやら、今回の交渉は鬼龍院家が有利に進めたようだ。その理由として、他国の情報に精通した、鬼龍院家の情報網があったのだろう。
相手の情報が無かったとはいえ、パッフェルが翻弄されるとは珍しい。そう思っていると、吹雪姫がクスリと微笑みこう告げた。
「それとチェルシー姫との顔合わせ。そちらもお忘れ無き様にお願いします……」
「わかってるわよ。ちゃんとセッティングするから、勝手に暴走しないでよ?」
チェルシー姫? それは、魔王の一人娘、チェルシー=ノームの事だろうか?
どうして、そんな話に? 同じ姫同士として、魔王国との繋がりを作るつもりか?
俺は不思議に思ったが、パッフェルは説明する気が無いらしい。大きく息を吐くと、俺に向かってこう怒鳴って来た。
「一旦休憩! 甘い物を食べに行くわよ、ソリッド!」
「う、うむ……。俺は、まったく構わないのだが……?」
どうもパッフェルはストレスが溜まってしまったらしい。今からたっぷりと甘やかす必要があるみたいだ。
そして、俺も甘い物には興味が尽きない。そういう誘いなら、望む所ではあるのだが……。
「パッフェル様! 私もお供いたします!」
「お勧めの店が御座います。案内致しますね」
即座に手を上げる吹雪姫。そして、案内役に手を上げるライザさん。
二人は同行するつもりらしい。パッフェルは大仰に頷いているので、同行は許可されたらしい。
「ただ、残される二人は……」
セイレン大統領に源蔵殿。少し前まで敵国同士だった大将同士。気まずい空気になるのでは……。
「源蔵殿で宜しいかな? 旨い酒があるのですが如何ですかな?」
「ほほう、それは興味深い。是非とも御馳走になるとしましょう」
何やらフランクな雰囲気で部屋を出る二人。というか、まだ日中なのに飲む気なのか?
まあ、誰も止めないし問題無いのだろう。そう思って俺は、二人の事を意識から消した。
「メロディーと小春も呼ぶわよ! 後はパッフェル商会にも声掛けるから! そのまま夜は、パッフェル商会で祝勝会よ!」
自棄になったのか? 随分と羽振りの良い事を言い出した。パッフェル商会も急な話で困らないか?
……いや、困らないな。あそこの従業員は、パッフェルからの指示を心底嬉しそうに受け入れるからな。
「ふふふ、それは随分と楽しそうですね」
パッフェルの隣にそっと寄り添う吹雪姫。ライザさんを背後に引き連れ、会議室から出て行こうとする。
そして、パッフェルは視線をこちらに向ける。彼女は眉を顰めて俺にも声を掛ける。
「行くわよ、ソリッド! 私達が揃って無いと意味無いでしょ!」
「そういうものか? ……いや、そういうものなのだろうな」
一見すると不機嫌そうに見えるパッフェルの態度。しかし、良く見ればその口角は微かに上がっている。
パッフェルは素直に感情を表に出さない。それは子供の頃に、大人に裏切られた経験によるものだ。
しかし、彼女は誰よりも優しい心を持つ。今はハーフリンク族の安寧の地を得る事が出来て、喜びではしゃぎたい気分なのだろう。
そして、その喜びの場には俺が必要。そう思ってくれる彼女の想いに、俺は心の底から喜びを感じていた。
「確かに祝勝会だからな。二人が一緒でなければな」
「そういうこと! ちゃんとわかってんじゃない!」
満面の笑みを浮かべるパッフェル。その笑みに、俺の頬も思わず緩んでしまう。
喜びも悲しみも、ずっと一緒に分かち合って来たのだ。それが俺達には当たり前のことなのだ。
――パッフェルが俺の妹で良かった。
そう改めて実感した俺は、穏やかな気持ちでパッフェルの頭を優しく撫でた。




