クエスト
今回の依頼は『ハイキュアの花』の採取。上級ポーションの材料として需要はあるが、採取可能な時期や採取場所の関係で、入手困難な素材となっている。
そして、依頼を受けのはミーティア達の初心者組。本来なら馬車で片道三日の森へ向かい、そこから魔獣の生息する深部へと向かう必要がある。彼等にとっては、それなりに難度の高い依頼であった。
しかし、今回は俺の都合で時短する事にした。日帰り可能な秘密の採取地を、彼女達に披露する事にしたのだった。
「こんな近くに、ハイキュアの花が……」
「し、師匠……。どういう事ですかっ?!」
呆然と立ち尽くすクーレッジ。驚きで目を丸くするミーティア。背後へと視線を向けると、岩肌に空いた小さな穴から、ハルとアシェイも這い出て来た。
そして、四人が見つめる先には、紫色の花が群生していた。そう、これが今回の依頼内容である、ハイキュアの花である。
「以前に救った村人から、この場所を教えて貰ってな。栽培している花の、一割程度なら貰って構わないと言われている」
「ここの一割って……。依頼内容の倍以上はあるんじゃ……」
「――っていうか、ここって栽培された花畑なんですかっ?!」
ハルがポツリと呟く。そして、それに続いてアシェイも叫び声を上げる。どうやら彼は、ハイキュアの花が栽培困難な事を知っているみたいだな。
しかし、アシェイ以外は不思議そうな表情を浮かべていた。俺は他の三人に対して説明する。
「ハイキュアの花は強い魔力を宿し、一部の魔獣には最高の御馳走らしい。そして、その花が咲く時期は、グリーンキャタピラーの発生時期でもある。昆虫系の天敵となる魔獣が棲む森でしか、通常は生き残れない植物なのだ」
「そうなんです! グリーンキャタピラーを捕食する魔物は、最低でもLv10以上の脅威度が設定されています! その為、村を近くに作る事が出来ませんし、採取するにも一定レベルの冒険者が、パーティーを組んで挑む必要があるんですよ!」
普段はオドオドしているアシェイが、興奮した様子で補足説明を行ってくれた。ただ、その興奮っぷりに、他のメンバーは若干引き気味な様子ではあったが。
それはさて置き。俺は彼らに対して、この場所についての説明を続ける。
「つい最近まで戦争があっただろう? その村は課された重税に苦しんでいてな。五年ほど前に、どうにか新しい収入源をと検討していた。その際に俺は依頼を受けて、ハイキュアの種を彼らに届けたのだ」
「それって研究用ですよねっ?! 少数では研究になると思えません! そして、ハイキュアの花の種は希少で高価な品のはず! 重税で苦しむ村人達が、その費用を支払えたんですか?!」
異常な程に興奮を見せるアシェイ。何が彼をそうさせるのだろう? 確か実家が農家だと聞いたので、過去に同じ研究でもしていたのだろうか?
俺は内心で首を捻りつつ、現実ではゆっくりと首を振る。そして、真っ直ぐに彼の瞳を見つめ、俺はその問いに答えた。
「ギルドマスターから聞いているだろう? 俺は勇者パーティー『ホープレイ』の一員。『勇者アレックス』の兄弟にして『勇者の影』だ。俺が困っている人を助けるのは当然のこと。報酬なんて受け取れるはずが無いだろう?」
「――なっ……?!」
アシェイは驚きで目を見開き、体は硬直してしまう。しかし、次第にフルフルと身を震わせ、やがてハラハラと涙を流し始めた。
その反応に俺が戸惑っていると、ミーティアとハルが俺に詰め寄る。キラキラとして目で、俺を見上げて口を開く。
「師匠、カッコいいです! そういうのって、凄く憧れます!」
「流石ですソリッドさん。今後は兄貴って呼んで良いですか?」
二人の視線がとても眩しい。こういう目を向けられた事が無く、どう反応して良いか困る。
それと、兄貴呼びは勘弁してほしい。それを聞いたパッフェルが、どんな顔を見せるか想像出来ないしな……。
そして、俺は何とも言えずに黙っていると、クーレッジがげんなりした表情で吐き捨てた。
「何ていうか……。見た目と中身のギャップがエグ過ぎです……」
「む、むう……?」
それは褒められているのだろうか? それとも貶されているのだろうか? 嫌そうな顔をしているので、恐らくは後者な気がするが……。
俺は四人への対応に困り、一先ず全てを脇に置く事にした。そして、何事も無かったかの様に、この場所の説明に戻る。
「研究を重ね、それが実ったのが昨年の事らしい。先日、戦場から王都へ帰る際に、たまたま村へ立ち寄ってな。その時に、この成果を披露して貰った訳だ。まあ、俺が必要とする機会は無いと思っていたが、今回は折角なので利用させて貰う事にした」
利用した事は事後報告になるが、それで問題になる事はないだろう。彼等はこの地では珍しく、俺が友好関係を築けた人達だしな。
そして、俺は周囲を加工岩に視線を這わせる。この場所は、村人達が必至で岩山を刳り貫いて作った栽培地なのだ。魔物が入れず、必要な光量が確保出来る様に、天井に穴をあけて。その手間を考えると、頭が下がる思いである。
だからこそ、皆にはその事を告げねばならない。俺は四人に視線を這わせ、真剣な思いを彼らに告げる。
「この花畑は、一つの村が一丸となり、必死になって作り上げた場所だ。だから、決して他言しないで欲しい。この場所の情報が洩れれば、きっと良からぬ考えを持つ者達が、この地を荒らしてしまうだろうからな」
「も、勿論です! 私は誰にも言いません!」
「俺もです! 他言しないって約束します!」
「言えない……。これは血と涙の結晶だから……」
元気よく答えるミーティアとハル。そちらは良いのだが、アシェイはいつまで泣いているのだろう?
概ねは良好な反応が返って来た。しかし、最後にクーレッジが怪訝そうに尋ねて来た。
「けど、この花って今日中に納品するんですよね? 近場で採取したってバレない?」
「「「……あ」」」
クーレッジの問いに、三人が揃って声を漏らす。その問いは、俺にとっても完全に盲点だった。
ここまで来ておいて、どうするべきか。必死に頭を捻った俺は、一つの回答を導き出した。
「皆で必死に走った事にすれば――」
「いや、無理ですから。本来の採取地は、馬車で片道三日ですよ? 人間には無理です」
俺の提案は、クーレッジにバッサリ切り捨てられる。どうやら俺には可能でも、彼等には出来ない提案だったらしい。
冷たく見つめるクーレッジに、心配そうに見つめる他の三人。そのプレッシャーに押されながら、俺は苦し紛れの提案を出す。
「ギ、ギルドマスターに相談してみる……」
「……まあ、妥当ですね。私達だけで隠せる情報でも無いでしょうし」
どうやら、クーレッジのお許しが出たみたいだ。他の三人もホッとした表情を浮かべている。
ただ、俺は内心で溜息を吐く。今の俺はギルドマスターから指名依頼をこなしているのだ。それなのに、その依頼主に後始末を頼まねばならない。これでは本末転倒になっていないだろうか?
俺が内心で唸り続けていると、クーレッジがずいっと踏み込んでくる。そして、俺を見上げながら冷たく告げた。
「仮にもS級冒険者なんですから。もっとしっかりして下さい」
「む、う……。面目ない……」
今日のクーレッジは容赦がない。パッフェルが居ない事で、こうも態度が変わるとは……。
とはいえ、彼女の言い分が間違っている訳でも無い。俺は自らの非を認め、深々と頭を下げた。
「あ、えっと……。それじゃあ、採取を始めましょうか!」
「そ、そうだな! 日が暮れる前に、帰らないとだしな!」
ミーティアとハルの二人は、空気を変えようと気を使ってくれる。そして、クーレッジの背中を押しながら、花畑へと向かっていった。
本来は俺が保護者のはずなのにな。二人に気を使わせた事を内心落ち込みながら、俺も花畑へと向かう事にした。
ただ、ふと足を止めて背後へと振り返る。そこには一人佇むアシェイの姿があった。未だにハラハラと涙を流し続けるその姿が……。
彼はいつまで泣いているのだろうか? 俺は内心で唸りながら、とりあえず彼の事はそっと置いておくことにした。