託された想い
真っ暗闇の世界で俺達は向かい合う。ここは魂の世界。俺と鬼龍院 源蔵の二人だけの世界だ。
源蔵殿は穏やかに微笑み、俺に対して語り始めた。
「記憶を見て貰った通り、鬼龍院の血筋には呪縛が掛かっていてね。当主となる者は、祖先の怨念を背負う宿命にあるんだ」
少し前に見た、源蔵殿の記憶を思い出す。妖刀と共に引き継がれ、心身ともに蝕む呪い。
そして、当主の最後は世代交代と共に塵となって消えてしまう……。
「ずっと呪いを抑え続けていたんだけどね。吹雪の誕生と共に、呪いが力を増し始め、今ではこんな有様なんだ」
源蔵殿は赤い鎧を脱ぎ捨てる。すると、そこには何も身に付けぬ裸身。赤黒いひび割れに覆われた素肌であった。
恐らく、これは魂の姿だ。実際の肉体では無く、魂の状態を示しているのだろう。
「私の魂も長くはもたない。そして、私が倒れれば鬼龍院の呪縛――『憤怒の厄災』は吹雪に移ってしまうだろう」
「……鬼龍院の呪縛が、『憤怒の厄災』の正体なのか?」
俺は未だに理解出来ていないのだ。『憤怒の厄災』が何なのかを。
そして、源蔵殿の言葉から、鬼龍院の呪縛と『憤怒の厄災』が同義の様に感じられた。
俺の素朴な疑問に、源蔵殿は苦笑を浮かべて問いに答える。
「そう捉えても構わない。世界に渦巻く負の感情。それこそが『厄災』という呪いなんだ。鬼龍院の強い恨みに世界の呪いが吸い寄せられてね。鬼龍院家の怒りが『厄災』を生み出す種になってしまったんだ」
「『厄災』の種……」
吹雪姫も人々の感情が『厄災』の原因と言っていた。負の感情が呪いであり、それが集まる事で『厄災』が生まれるのかもしれない。
そして、今回は彼等の元に『厄災』が発生した。それが鬼龍院の呪縛の正体という事なのだろう。
「この呪縛を解くには、呪いの原因を解かねばならない。今回で言えば恨みの元であるサファイア共和国の滅亡。――もしくは、鬼龍院家の根絶だ」
「――なっ……?!」
サファイア共和国の滅亡により、恨みが晴れるのは予想していた。その後に別の恨みが生まれるにしても、一旦の恨みは晴れるのだろうと。
しかし、恨みを持つ側の根絶は想定していなかった。確かにそれも、禍根を断つ手段の一つではあるのだろうが……。
源蔵殿の口から出た言葉に、俺の胸内に苦い思いが溢れる。そんな俺の態度を見てか、源蔵殿が明るく笑った。
「ふふ、そんな顔をしないでくれ。長い歴史を紐解けば、こんな話はどこにでもあるものだ。白と黒の争いだって、ずっと続く戦いだろう?」
「それは……」
白の神を信奉する人族。黒の神を信奉する魔族。両者の間には常に争いの火種を孕んでいる。
理性を重視するか、本能を重視するか。その重視する生き方の違いを、お互いに認め合う事が出来ずに来たのだ。
源蔵殿から見れば、鬼龍院家の呪縛も同じ。人族と魔族の争いの延長だと捉えているのだろう。
「だから、我々が正義で、人間達を悪とは思わない。これは互いの生存を賭けた戦いなんだ。そして、私達は大人しくやられるつもりがない」
「源蔵殿……」
源蔵殿の手には、禍々しい刀が握られていた。見るだけで気分が悪くなる、負のオーラを纏った妖刀である。
その切っ先を俺へと向けると、源蔵殿は穏やかな口調で宣言する。
「私は吹雪の為にも引く訳に行かない。守るべき民を犠牲にする位なら、サファイア共和国に滅びて貰うつもりでいる」
「……そして、全ての罪を一身に背負い、『厄災』と共にこの世を去るのか?」
俺の問いに源蔵殿は答えない。否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んでいた。
恐らく、サファイア共和国の滅亡と共に、『憤怒の厄災』は消滅する。鬼龍院家の側からしたら、禍根を断った事になるからだ。
だが、それと共に源蔵殿の身は朽ち果てるだろう。今の魂の状態からして、いつ魂が崩壊してもおかしくないのだから……。
「ソリッド殿。貴殿はどうする? この話を聞いて尚、サファイア共和国に肩入れするか?」
「……吹雪姫に頼まれたのだ。父上を討って欲しい。そして、その宿業を背負って欲しいと」
俺の返答に源蔵殿が目を見開く。そして、呆然とした表情で、徐々に肩を揺らし始めた。
「は、はは……。そういう事か……。君が鬼龍院家の呪縛を引き受けてくれるのか。あ、あはは! 吹雪とそういう約束をしていたのか!」
場違いな程に陽気な声が闇を満たす。源蔵殿のあどけない笑みに、俺は思わず戸惑ってしまう。
すると、彼は目に涙を溜めながら、笑いを堪えてこう告げた。
「ああ、安心してくれ。『憤怒の厄災』は歓喜している。吹雪がルージュ様の再来ならば、君は政宗様の再来だ。鬼龍院家の未来を託すのに、これ程相応しい人物はいないと考えてくれている」
「……ふむ、そうか」
つまり、仮に源蔵殿が倒れたとしても、吹雪姫が憑りつかれる事は無くなったと言う事だろう。
俺としても、源蔵殿としても、それは安心材料の一つとなる。その後に俺がどうなるかは、神のみぞ知るというやつだが……。
「ただ、『憤怒の厄災』は君の力を見たがっている。そして、私もそれは同じ気持ちだ。君に吹雪を託して良いか、試させて貰えないだろうか?」
源蔵殿は静かに刀を構える。そして、武装覇気を纏う事で、強烈な圧力が場を満たす。
姿は恐ろしい鬼の姿に変わらない。けれど、その強さは決して現実に劣りはしないだろう。
俺は小さく頷くと、自らの体を気で覆う。ここが魂の世界だから、現実よりもスムーズに力を引き出せる気がした。
「感謝する。それでは――いざ参る!」
源蔵殿から放たれる裂帛の気合。その無駄一つない踏み込みにより、最短距離で斬撃が振り下ろされる。
現実世界では反応すら出来ず袈裟斬りにされた。影遁の術が発動しなければ、その一撃で俺は沈んでいただろう。
――しかし、ここは魂の世界。
肉体の強さも、積み重ねた修練も関係無い。魂の力が強い方に、勝ちが傾くらしい。
俺は緩やかに流れる光景に、余裕を持って対処出来た。手にした神竜製のダガーで、妖刀の一撃を迎え撃つ。
――キン……。
俺が振るった一撃により、妖刀はその刀身を根元で断たれる。切り離された刀身は、静かに闇の中へと消えて行った。
そして、俺達は互いに向かい合う。互いに闘志は存在しない。すっと頭を下げる源蔵殿に、俺も倣って頭を下げた。
「お見事でした。最早、思い残す事はありません」
掛けられた晴れやかな声に、俺は思わず頭を上げた。すると、俺に優しい眼差しを向ける、源蔵殿の最後の姿を見た。
ボロボロとその身は崩れ始めており、もう既に助からないのだと気付かされた。
「吹雪のこと……。そして、鬼龍院家の未来をお願いします……」
「……源蔵殿、後は俺に任せてくれ」
国を想い、我が子を想い、全てを背負うと決めた男。その最後の言葉を断れるはずがない。
俺の答えに満足したらしい。源蔵殿は静かに頷くと、俺との魂の接続を強制的に切り離した。




