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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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託された想い

 真っ暗闇の世界で俺達は向かい合う。ここは魂の世界。俺と鬼龍院 源蔵の二人だけの世界だ。


 源蔵殿は穏やかに微笑み、俺に対して語り始めた。


「記憶を見て貰った通り、鬼龍院の血筋には呪縛が掛かっていてね。当主となる者は、祖先の怨念を背負う宿命にあるんだ」


 少し前に見た、源蔵殿の記憶を思い出す。妖刀と共に引き継がれ、心身ともに蝕む呪い。


 そして、当主の最後は世代交代と共に塵となって消えてしまう……。


「ずっと呪いを抑え続けていたんだけどね。吹雪の誕生と共に、呪いが力を増し始め、今ではこんな有様なんだ」


 源蔵殿は赤い鎧を脱ぎ捨てる。すると、そこには何も身に付けぬ裸身。赤黒いひび割れに覆われた素肌であった。


 恐らく、これは魂の姿だ。実際の肉体では無く、魂の状態を示しているのだろう。


「私の魂も長くはもたない。そして、私が倒れれば鬼龍院の呪縛――『憤怒の厄災』は吹雪に移ってしまうだろう」


「……鬼龍院の呪縛が、『憤怒の厄災』の正体なのか?」


 俺は未だに理解出来ていないのだ。『憤怒の厄災』が何なのかを。


 そして、源蔵殿の言葉から、鬼龍院の呪縛と『憤怒の厄災』が同義の様に感じられた。


 俺の素朴な疑問に、源蔵殿は苦笑を浮かべて問いに答える。


「そう捉えても構わない。世界に渦巻く負の感情。それこそが『厄災』という呪いなんだ。鬼龍院の強い恨みに世界の呪いが吸い寄せられてね。鬼龍院家の怒りが『厄災』を生み出す種になってしまったんだ」


「『厄災』の種……」


 吹雪姫も人々の感情が『厄災』の原因と言っていた。負の感情が呪いであり、それが集まる事で『厄災』が生まれるのかもしれない。


 そして、今回は彼等の元に『厄災』が発生した。それが鬼龍院の呪縛の正体という事なのだろう。


「この呪縛を解くには、呪いの原因を解かねばならない。今回で言えば恨みの元であるサファイア共和国の滅亡。――もしくは、鬼龍院家の根絶だ」


「――なっ……?!」


 サファイア共和国の滅亡により、恨みが晴れるのは予想していた。その後に別の恨みが生まれるにしても、一旦の恨みは晴れるのだろうと。


 しかし、恨みを持つ側の根絶は想定していなかった。確かにそれも、禍根を断つ手段の一つではあるのだろうが……。


 源蔵殿の口から出た言葉に、俺の胸内に苦い思いが溢れる。そんな俺の態度を見てか、源蔵殿が明るく笑った。


「ふふ、そんな顔をしないでくれ。長い歴史を紐解けば、こんな話はどこにでもあるものだ。白と黒の争いだって、ずっと続く戦いだろう?」


「それは……」


 白の神を信奉する人族。黒の神を信奉する魔族。両者の間には常に争いの火種を孕んでいる。


 理性を重視するか、本能を重視するか。その重視する生き方の違いを、お互いに認め合う事が出来ずに来たのだ。


 源蔵殿から見れば、鬼龍院家の呪縛も同じ。人族と魔族の争いの延長だと捉えているのだろう。


「だから、我々が正義で、人間達を悪とは思わない。これは互いの生存を賭けた戦いなんだ。そして、私達は大人しくやられるつもりがない」


「源蔵殿……」


 源蔵殿の手には、禍々しい刀が握られていた。見るだけで気分が悪くなる、負のオーラを纏った妖刀である。


 その切っ先を俺へと向けると、源蔵殿は穏やかな口調で宣言する。


「私は吹雪の為にも引く訳に行かない。守るべき民を犠牲にする位なら、サファイア共和国に滅びて貰うつもりでいる」


「……そして、全ての罪を一身に背負い、『厄災』と共にこの世を去るのか?」


 俺の問いに源蔵殿は答えない。否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んでいた。


 恐らく、サファイア共和国の滅亡と共に、『憤怒の厄災』は消滅する。鬼龍院家の側からしたら、禍根を断った事になるからだ。


 だが、それと共に源蔵殿の身は朽ち果てるだろう。今の魂の状態からして、いつ魂が崩壊してもおかしくないのだから……。


「ソリッド殿。貴殿はどうする? この話を聞いて尚、サファイア共和国に肩入れするか?」


「……吹雪姫に頼まれたのだ。父上を討って欲しい。そして、その宿業を背負って欲しいと」


 俺の返答に源蔵殿が目を見開く。そして、呆然とした表情で、徐々に肩を揺らし始めた。


「は、はは……。そういう事か……。君が鬼龍院家の呪縛を引き受けてくれるのか。あ、あはは! 吹雪とそういう約束をしていたのか!」


 場違いな程に陽気な声が闇を満たす。源蔵殿のあどけない笑みに、俺は思わず戸惑ってしまう。


 すると、彼は目に涙を溜めながら、笑いを堪えてこう告げた。


「ああ、安心してくれ。『憤怒の厄災』は歓喜している。吹雪がルージュ様の再来ならば、君は政宗様の再来だ。鬼龍院家の未来を託すのに、これ程相応しい人物はいないと考えてくれている」


「……ふむ、そうか」


 つまり、仮に源蔵殿が倒れたとしても、吹雪姫が憑りつかれる事は無くなったと言う事だろう。


 俺としても、源蔵殿としても、それは安心材料の一つとなる。その後に俺がどうなるかは、神のみぞ知るというやつだが……。


「ただ、『憤怒の厄災』は君の力を見たがっている。そして、私もそれは同じ気持ちだ。君に吹雪を託して良いか、試させて貰えないだろうか?」


 源蔵殿は静かに刀を構える。そして、武装覇気を纏う事で、強烈な圧力が場を満たす。


 姿は恐ろしい鬼の姿に変わらない。けれど、その強さは決して現実に劣りはしないだろう。


 俺は小さく頷くと、自らの体を気で覆う。ここが魂の世界だから、現実よりもスムーズに力を引き出せる気がした。


「感謝する。それでは――いざ参る!」


 源蔵殿から放たれる裂帛の気合。その無駄一つない踏み込みにより、最短距離で斬撃が振り下ろされる。


 現実世界では反応すら出来ず袈裟斬りにされた。影遁の術が発動しなければ、その一撃で俺は沈んでいただろう。



 ――しかし、ここは魂の世界。



 肉体の強さも、積み重ねた修練も関係無い。魂の力が強い方に、勝ちが傾くらしい。


 俺は緩やかに流れる光景に、余裕を持って対処出来た。手にした神竜製のダガーで、妖刀の一撃を迎え撃つ。



 ――キン……。



 俺が振るった一撃により、妖刀はその刀身を根元で断たれる。切り離された刀身は、静かに闇の中へと消えて行った。


 そして、俺達は互いに向かい合う。互いに闘志は存在しない。すっと頭を下げる源蔵殿に、俺も倣って頭を下げた。


「お見事でした。最早、思い残す事はありません」


 掛けられた晴れやかな声に、俺は思わず頭を上げた。すると、俺に優しい眼差しを向ける、源蔵殿の最後の姿を見た。


 ボロボロとその身は崩れ始めており、もう既に助からないのだと気付かされた。


「吹雪のこと……。そして、鬼龍院家の未来をお願いします……」


「……源蔵殿、後は俺に任せてくれ」


 国を想い、我が子を想い、全てを背負うと決めた男。その最後の言葉を断れるはずがない。


 俺の答えに満足したらしい。源蔵殿は静かに頷くと、俺との魂の接続を強制的に切り離した。

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