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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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鬼龍院家の呪縛

 俺は影の武装覇気を纏い、地を這うように『憤怒の厄災』へと迫った。



 ――はずなのだが……。



 何故か俺は、影の世界に一人で立っていた。周りは真っ暗闇で何も存在しない世界である。


 そして、足元に視線を向ける。そこには『憤怒の厄災』の姿が映し出されている。


 感覚的には、あちらは鏡越しに見える世界。こちらとは別世界みたいだと感じている。


『――なっ……?! どこに消えた! これも影遁の術かっ……?!』


 向こうの世界では『憤怒の厄災』が狼狽えていた。突然、俺が消えた様に見えたのだろう。


 そして、その理由も恐らくは正解だ。どうも俺は影遁の術で、影の世界に入り込んでしまったらしい。


「まあ、結果的には問題あるまい……」


 俺は地面に手をつく。『憤怒の厄災』の足裏に触れると、俺の気を流し込んでいく。


 こうやって彼の中の魂へと触れるのだ。そうすれば、彼の隠している秘密を探れるはずだ。


 そして、彼の中に存在する、熱い塊に気付く。俺の気がそこに触れた所で、俺自身にも変化が起きた。



 ――ずぷん……。



「――むっ……?」


 それは不思議な感覚であった。俺の魂と源蔵殿の魂が、一つに繋がった感覚と言うのだろうか?


 今ならば彼の魂に刻まれた、あらゆる記憶を確認出来る。俺は自らの直感に従い、彼の記憶を探り始めた。


『――良い。良いのだ。皆が幸せならば、我が人生に悔いは無い……』


 唐突に聞こえた声。どうやら、これは源蔵殿の記憶では無い。『憤怒の厄災』の記憶みたいだ。


 複数人の視点と感情が入り乱れ、俺の中へと流れ込んで来たのだ。


『どうして……。どうして、政宗様がこれ程の苦労を……!』


『我等に付き合う必要など無かった! 誰も殿を責めはしなかった!』


 幾人の嘆きの声が上がる。彼等の心には怒りと悲しみが満ちていた。


 そして、その記憶が明瞭になって行く。誰かが寝具に横たわり、それを囲む大勢の鬼人族の姿だ。


『皆、顔を上げなさい。そして、政宗様に笑顔を見せるのです。そして、大恩有る政宗様の最後を、笑顔で見送ってあげるのです』


 横たわる人物の枕元に、一人の女性が座っていた。長い黒髪に赤い瞳。白い角を生やした、吹雪姫に良く似た人物。


 けれど、その年齢は老齢の域に達している。恐らくは、吹雪姫の祖母辺りかもしれない。


『ルージュよ……。後の事は頼む……』


『政宗様、承知致しました。後はこのルージュにお任せ下さい』


 互いに慈愛の眼差しを向け合い、互いに満足げに微笑む。しかし、横たわる政宗殿はそっと瞳を閉じ、そこで眠る様に動かなくなる。


 その最後を見届けた女性――ルージュ殿の頬に一筋の涙が流れる。そして、口元に手を当て、顔を伏せると、堪える様に嗚咽を漏らす。


『何故……? 何故なんだっ……?! どうして、お二人がこれ程の苦労を……!』


『見捨てられし、我等を救った政宗様! その人生に寄り添ったルージュ様!』


『許せ無い! お二人の苦労を! その無念を、何倍にして返してやらねば!』


 二人を囲む多数の者達。彼等の胸内に怒りが渦巻く。二人への愛が深いが故に、その怒りもどこまでも深かった。


 彼等の中には直径の子孫も居る。国を興し、喜びを分かち合った臣下もいる。誰もが二人に深い感謝の気持ちを持っていた。



 ――それ故に、怒りの感情は増幅し続けた……。



 場面が急に転換した。どうやら今度は、源蔵殿の記憶が映し出されているらしい。


『源蔵、わかっているな? 鬼龍院家の当主の役目を』


『父上、わかっております。私が後を継ぎましょう!』


 二十歳程の若かりし青年。黒い瞳に、赤い瞳を持つ武者が、父親より刀を渡されていた。


『政宗様、ルージュ様の無念を晴らすのだ。我らが憤怒をお主へと託す』


『この命に変えましても、祖父母の無念を必ず晴らして見せましょう!』


 真剣な眼差しで刀を受け取る源蔵殿。しかし、手にした刀から、怪しい力が流れ込む。その感覚に顔を歪めていると、父親が濁った眼差しで怨嗟の声を掛ける。


『鬼龍院家の怨念宿りし妖刀である。並みの武士が手にすれば発狂する。けれど、剣の天才たる源蔵であれば、必ずやその力を使いこなせるはずだ』


『……承知致しました。鬼龍院家の当主として、この力を使いこなしてみせましょう』


 源蔵の父親は満足そうに頷く。そして、狂気の笑みを浮かべたまま、ボロボロとその身が崩れ去る。


 父親の最後に目を見開く源蔵。衣服以外の何も残らぬ最後に、震える声でポツリと漏らす。


『これが鬼龍院家の呪い……。当主の最後だと言うのか……?』


 源蔵殿はブルリと身を震わせ、刀へと視線を落とす。そして、一人目を閉じ、耐える様に身を震わせ続けていた。



 ――カン! カン、カカン!



 場面が再び切り替わる。三十過ぎの源蔵殿と、八歳程の吹雪姫が稽古をしていた。


 稽古用の薙刀を振るう吹雪姫に対し、源蔵殿は木剣で軽くいなして見せる。


『益々腕を上げたな、吹雪』


『まだまだです! 父上!』


 子供とは思えぬ動きを見せる吹雪姫。それは最早神童と呼ばれても過言ではない程である。


 そして、周囲の武士達もその姿を眺めていた。彼等は口々に吹雪姫を褒め続けていた。


『流石は源蔵殿の一粒種。見事に才能を引き継ぎましたな』


『いや、親をも超える才覚。鬼人国の未来も安泰ですな!』


『その容姿もまるで……。ルージュ様の生まれ代わりでは?』


 周囲の絶賛に反して、源蔵殿の表情が曇る。そして、程々の所で稽古を切り上げた。


『今日の所はここまでだ。今後も修練に励みなさい』


『はい、父上! 吹雪も立派な武士を目指します!』


 無邪気な笑みを見せる吹雪姫。その瞳には、父親への強い憧れが滲み出ていた。


 源蔵殿は優しく微笑むと、踵を返して背を向ける。辛そうな表情を見せぬ様にと、足早にその場から離れて行く。


 そして、自室へと戻ると、奥に飾られた刀を手に取る。その掴んだ刀を睨みながら、ギリッと歯ぎしりをする。


『妖刀よ、吹雪を求めるか……。貴様を吹雪に近付けはさせぬ……』


 源蔵殿の言葉に反発する様に、妖刀から怪しいオーラが解き放たれる。しかし、源蔵殿は自らの気を高め、そのオーラを抑え込んで行く。


 全てのオーラを刀へと収束させられ、妖刀は諦めたのか大人しくなる。源蔵殿は安堵の息を吐きながらも、苦々しく表情を歪めた。


『だが、妖気は益々増しておる……。余り長くは抑えておけぬか……』


 刀を見つめる源蔵殿。すっと目を閉じ、呼吸を整える。そして、開いた瞳には覚悟が宿っていた。


『やむを得まい……。サファイア共和国の人間達には、共に地獄へ落ちて貰おう……』


 源蔵殿は妖刀を掴んだまま部屋を出る。そして、彼の家臣の武士達の元へと向かった。



 ――そして、世界が闇に墜ちる。



「やはり貴殿か。ソリッド殿……」


 真っ暗な闇中に、一人の武者が立っていた。真っ赤な鎧を身に纏った鬼龍院 源蔵殿だ。


 ただ、今の彼は仮面を付けていない。穏やか表情で、こちらをじっと見つめていた。


 どうやら彼は記憶では無い。彼自身の自我であり、俺との魂の繋がりも認識しているみたいだった。


「すまない、源蔵殿。記憶を探らせて貰った」


 俺はまず謝罪を行う。彼の記憶を勝手に覗き見たのだ。それが失礼に辺る事は自覚している。


 しかし、源蔵殿は楽しそうに笑い出した。


「はははっ、構わないとも。わかって好きにさせていた。というよりも、貴殿には鬼龍院の呪いを知って欲しかったのだ」


 意外な言葉に俺は驚く。何故だか源蔵殿は、わざと俺に記憶を見せていたらしい。


 彼は穏やか表情で語りかけて来る。そこには俺に対する敵意が感じられなかった。


「そうだね。魂の世界は現実よりも、時の流れが遅いみたいだ。少し私と話をしないかな?」


「ふむ……?」


 源蔵殿からの提案。それは俺との対話であった。


 穏便に話が済むならそれに越した事は無い。俺はその提案を受けるべく、コクリと小さく頷いた。

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