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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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憤怒の厄災

 身の丈5メートルを超える巨大な化け物。岩の体に炎を纏った姿は、最早原型を留めていない。


 だが、彼こそが鬼龍院 源蔵。吹雪の父にして、鬼人国を治める王なのである。


 俺は振り下ろされる炎の太刀を避けながら、『憤怒の厄災』の様子を伺う。


「巨大化した分、力は増していそうだな……。しかし、速度は変わっていないか……」


 思考加速にも限度があるのかもしれない。先程の動きより早ければ、流石の俺でもお手上げだった。


 なお、吹雪姫は加速する時の中を平然と動いている。俺と同じ速度で動き、『憤怒の厄災』の背後へと回っていた。


 その身は氷で覆われており、武装覇気を纏っている。しかし、以前の悪鬼の姿では無く、氷の精霊を連想させる姿であった。


「父上、御覚悟を……!」


 吹雪姫は手にした薙刀を巨大化させる。氷に覆う事で、その全長を倍程に伸ばしていた。


 しかし、疾風の突きは軽く回避される。まるで背中に目があるかの如く、正確にその攻撃を見切っていた。


『ぬうっ……?! その姿は何だ……!』


 振り返る『厄災の化身』が驚愕して呻く。始めて見る吹雪姫の姿に、戸惑いを感じているらしかった。



 ――いや、待て。始めて見る姿に?



 と言う事は、『憤怒の厄災』に身を任せても、源蔵の意識は残っているのか?


 怪訝に思いながら『憤怒の厄災』の様子を伺う。すると、吹雪姫は胸を張って、ドヤ顔でこう告げた。


「これぞ我が真なる姿! 愛により目覚めし力! そう、この姿を――『永久に変わらぬ愛(エターナル・ラブ)』と名付けましょう!」


『『永久に変わらぬ愛(エターナル・ラブ)』だと……?!』


 素晴らしいネーミングだ。見ればわかる。今の吹雪姫ならば、決して溶けず、割れない氷を生み出せる。


 それは彼女の想いを反映した姿。家族や国を想う彼女の愛が、それだけ強いという事を示している。


 そして、何よりもエターナルと言う響きが良い。妙に心がざわめくフレーズである。


 俺が一人関心していると、『憤怒の厄災』が身を震わせて、身を包む炎を激しくさせた。


『恐怖では無く、愛で姿を身を包むなど……。腑抜けたか吹雪っ! 鬼龍院家の恥さらしめが……!!!』


「否! 否で御座います! 私は私のやり方で、祖国を導いて行くだけのこと! これは私の覚悟の姿に御座います!」


 激怒する『憤怒の厄災』に、吹雪姫は堂々と反論する。相手が強大な敵であろうとも、決して怯まぬ恐るべき胆力である。


 そして、吹雪姫の啖呵により、『厄災の化身』の炎が揺らぐ。一瞬の間を開けて、『厄災の化身』がこう切り返した。


『……ならば。ならば、その覚悟を示してみせよ! 我が憤怒に燃え尽きぬ程に、その想いが強い物なのかを……!!!』


「元よりそのつもりで、吹雪はこの戦場に立っております! 父上の方こそ、腑抜けているのでは御座いまぬか……?!」


 二人のやり取りに、俺は疑念を強める。『厄災の化身』に身を委ねると言ったが、どうも言動の主体が源蔵にある気がするのだ。


 『厄災の化身』とは何なのだろうか? 俺は今更ながらに、その存在が何なのかを知らないのだと思い知る事になる。


「問答無用! 互いの刃にて語らいましょうぞ!」


『よ、良かろう、吹雪! 掛かって来るが良い!』


 吹雪姫は氷の礫を無数に生み出し、牽制する様に打ち出している。そして、徐々に間合いを詰めながら、『憤怒の厄災』との距離を詰めている。


 それに対して、『憤怒の厄災』は自らの炎で氷の礫を打ち落とす。俺への警戒を続けつつも、目の間の吹雪姫へと意識を集中していた。


「……やはり、おかしい」


 源蔵が『憤怒の厄災』に身を委ねた時、確かに覇気が膨れ上がった。あの時の勢いであれば、吹雪姫が対等に渡り合えるはずがないのだ。


 しかし、今はその覇気が弱まっている。その身は巨大な化け物だが、気の強さだけで言えば、先程の源蔵の方が強かったくらいだ。


 何故、『憤怒の厄災』は弱体化した? 弱体化するとわかっているなら、源蔵も身を委ねたりはしなかっただろう。


 それとも、わかっていても必要だったのか? 吹雪姫と対等の力量で、向かい合う必要があったと言うのだろうか?


「……とはいえ、傍観を続ける訳にもいかんな」


 吹雪姫だけが戦っている状況で、ただ見ているだけと言うのは問題があろう。俺は吹雪姫の攻撃を参考に、自らを包む影を操作する。そして、影の刃を形作り、ダガーの様に源蔵へと投擲した。


『――ぬうっ?! 勇者ソリッドめ……!』


 ……勇者では無いのだが、言うだけ無駄なのは知っている。


 影の刃を炎で迎撃する『憤怒の厄災』。それと同時に、何故か身を包む炎が強化された。


 俺は距離を取りつつ、遠隔射撃で援護を続ける。そして、『憤怒の厄災』の姿を観察する。


「……やはり、均衡を保とうとしている?」


 俺の参戦で『憤怒の厄災』が強くなった。しかし、俺と吹雪姫を圧倒出来る程では無い。


 あくまでも俺の援護込みでも、吹雪姫が攻めあぐねる程度。倒されない程度に、力を強めているみたいだった。


 恐らく、『憤怒の厄災』による影響は受けている。けれど、主体となっているのは源蔵のまま。その上で、硬直状態を作り出す理由は……。


「――吹雪姫を傷付けたくないのか?」


 ポツリと漏らした俺の言葉に、『憤怒の厄災』が動揺を見せる。どうやら、俺の考えは正しいみたいだ。


 しかし、吹雪姫には俺の言葉が届かなかったらしい。今がチャンスと必殺の一撃を繰り出した。


「隙あり! 『永久の氷に抱かれ眠れエターナルフォースブリザード』!」


『――ぬうっ! ぬおぉぉぉ……!!!』


 吹雪姫の全身全霊の一撃。全力の気を刀身に込め、吹雪を纏って突貫する刺突。


 喉元まで迫ったその一撃を、『厄災の化身』は身を捻って回避。そのまま地を転がって距離を取る。


「ちいっ、仕留め損ねましたか……」


『な、何と言う、容赦ない一撃……』


 立ち上がった『厄災の化身』は肩が大きく抉れていた。しかし、それは気で固めた偽りの体であり、徐々に元の形状へ戻りつつある。


 互いに対峙し、油断なく構える両者。そして、吹雪姫の殺意が高過ぎる……。


 俺は強い違和感により、思わず待ったをかける。


「ま、待つんだ! 何かがおかしい! まだ父上の意識がある気がする!」


「いいえ、関係御座いません! 一思いに殺す事こそ、最後の孝行です!」


 キッパリと断言する吹雪姫。俺は思わずたじろぐが、何故か『厄災の化身』も同じ反応だった。


 何となくだが、吹雪姫は意思を曲げない気がした。なので俺は、『厄災の化身』へと問いかける。


「何故、吹雪姫への攻撃を躊躇う! 源蔵殿の意識が残っているからではないのかっ?!」


 俺の問い掛けに、『厄災の化身』がハッと振り向く。背後への警戒を続けつつ、肩を揺らして俺の問いに答えた。


『くっくっく……。何やら甘い希望を抱いているな? 我が躊躇うのは、吹雪が次の器だからである。この身が滅びようとも、鬼龍院家の血が続く限り、我が滅びる事はないのだからな!』


「なん……だと……?」


 鬼龍院家の呪縛は、彼を倒しても終わりを迎えない。『厄災』と言う呪いをどうにかしなければ。


 だが、確かに吹雪姫も似た事を口にしていた。倒すだけでは駄目だと。呪いの源である、彼等の想いをどうにかする必要があるのだと。


『吹雪は素晴らしき器だ。この源蔵の器を超える程にな! だからこそ、例えこの身が滅びようとも、吹雪と言う器を守る方が重要なのである!』


「くっ……。おのれ、『憤怒の厄災』めっ……!」


 ギリッと歯噛みする吹雪姫。『憤怒の厄災』の言葉に、怒り心頭という表情である。


 だが、俺は逆に疑念が強まる。ならばどうして、『憤怒の厄災』は吹雪の体を手に入れない?


 硬直状態を続ける事に意味が見いだせない。今の状況なら、いっそ源蔵の体は自害させ、吹雪姫へと移り変われば良い。


 そうすれば吹雪姫と言う障害は無くなり、全力の『憤怒の厄災』は俺一人に集中出来る。弱体化した今の状態より、余程勝率が高いと思うのだが……。


「……何を隠している? 『憤怒の厄災』――いや、鬼龍院源蔵は?」


 俺は右手に纏う影を見る。そして、吹雪姫の心に触れた時の感覚を思い出す。


 どうやら、これ以上の問答は不要らしい。彼の心に直接聞く方が、早そうだからな。


 俺は身を屈めると、影に身を隠しながら、ターゲットへと駆け出した。

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