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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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鬼龍院 源蔵

 降り立った島は緑が豊かな土地であった。街が一つ作れそうな程に広く、木々の枝には野鳥の姿も見える。


 ここは元々、領域守護者の管理地。そして、龍脈と呼ばれるマナの集まる土地である。豊富なマナが肥沃な土壌を作り出しているのだろう。


 しかし、ここは同時に、領域守護者が生存を許されぬ土地。あらゆる生命は領域守護者に喰われてしまうからである。


「不思議な気分だな……。守護者不在の領域とは……」


「その通りで御座いますね。私めも初めてに御座います」


 俺と並んで島を巡る吹雪姫。ニコニコと笑顔を浮かべているが、その手には薙刀と言う武器が握られている。


 楽しそうな空気に錯覚するが、これは決戦前の下見である。吹雪姫の父親――『鬼龍院 源蔵』との戦いを有利に進める為の……。


 ただ、俺と吹雪姫は島を一周したが、地の利を得るのは難しそうだ。起伏に乏しい土地で、身を隠すにもまばらに生えた木々しか無い。


 鬱蒼とした森なら奇襲も掛けやすいが、この島は比較的開けている。むしろ、吹雪姫の獲物を考えると、広い場所が良いかもしれないな。


「あ、おかえりなさ~い! 収穫はありましたか~!」


 元の場所に戻ると、メロディーがブンブンと手を振っていた。彼女は一人残って、小舟を守っていてくれていたのだ。


 勝つにしろ負けるにしろ、帰りの手段は必要となる。魔獣に船を壊されては、サファイア共和国へ戻れなくなってしまう。


 俺はメロディーへと首を振る。そして、肩を竦めて事実を答える。


「正面から迎え撃つしかないな。この島では罠も奇襲も難しそうだ」


「ふふっ、必要御座いませんよ。我々は正面突破あるのみですから」


 吹雪姫は余裕の笑みを見せている。彼女の中では、かなり高く勝算を見積もっているらしい。


 確かに今の俺には新スキルがある。吹雪姫と共闘であれば、生半可な者では相手になるまい。


 その態度を多少は不思議に思ったが、それを問う必要は無かった。何故ならば吹雪姫が、鋭い視線を海へと向けてこう告げたからだ。


「それに、既に父上に見られております。そして、『神通力』を持つ父上に、罠や奇襲は通用しません」


「……なるほどな。『神通力』を持つ事を忘れていた」


 俺にはようやく船影が見える程度。遠方に並ぶ一団を、遠くの存在として捉えていた。


 しかし、『神通力』を持つ吹雪姫と鬼龍院源蔵は、既に互いの存在を視認している訳だ。


 確かに相手から丸見えの状態では、罠を仕掛けたり、物陰に隠れても無意味だろうな。


「……仕方が無いな。それでは待つとするか」


「そう致しましょう。気楽に参りましょう♪」


 そう楽し気に告げ、そっと身を寄せて来る吹雪姫。しかし、メロディーが水鉄砲を飛ばし、吹雪姫がヒラリとかわす。


 戦の前だと言うのに、気楽な様子で遊んでいる。二人は俺なんぞより、余程心に余裕があるみたいだな。


 そんな二人の態度に、俺はふっと息を吐く。そして、気持ちを楽にして船団の到着を待った。



 ――それから一時間程だろうか。



 鬼人族の船団は、真っ直ぐにこの島へと向かって来た。そして、最も大きな船から、五名の戦士が上陸してくる。


 他の船は島の側で待機しており、それ以上は上陸して来ないみたいだった。降り立った五名は、迷う事無く俺達の元へと歩いて来る。


 俺からも視認出来る以上、あちらからも視認出来ている。俺達は互いを意識しながら、ゆっくり近寄り対峙する事となる。


「――お待ちしておりました、父上」


「やはり、我が道を阻むか、吹雪……」


 赤い甲冑を纏う武者が、低い声で憎々し気に告げる。恐らくは彼が鬼龍院源蔵なのだろう。


 顔は黒く恐ろしい面で隠している。その面を見ただけでも、彼が恐怖の象徴であるとわかる。


 鬼龍院家の当主。そして、恐怖により鬼人国を統治する支配者。それが鬼龍院源蔵である。


 彼はスッと俺に視線を向けると、品定めする様に俺の事を睨みつけた。


「貴様が吹雪の見出した麒麟児……。勇者の片割れソリッドか……」


「俺の事を知っているのか……?」


 俺は名前を知られていた事に驚く。『勇者アレックス』の名は兎も角、俺の名は殆ど世に広まっていないはずなのだが……。


 しかし、鬼龍院源蔵はくぐもった笑い声を漏らす。仮面越しでもわかる、楽し気な雰囲気で俺に語り掛けて来た。


「我が国の忍びは優秀でな。真に注意すべき者を見逃しはせぬ。魔王軍との戦いも、貴様の働きで終結したのだろう?」


「……さて、何の事だろうな?」


 俺が魔王の寝室に忍び込み、停戦する様に脅した事か? どうしてそんな事を把握している?


 それは世に公表していない、闇に葬った真実だ。少なくとも人族の領地では秘匿された……。



 ――いや、違う。



 魔王国では普通に映画上映されている。そっちを調べられたら、俺の名も普通にわかるな。


 誤魔化した事に意味は無かったらしい。ただ、幸いな事にそれは無視され、彼は俺へと問いかける。


「やはり此度も、影に隠れて『悪』を討つか? それが貴様にとっての『正義』なのか?」


「俺は貴殿等を『悪』と断じる立場にはない。それでも、あの国の悲劇を見逃しせはしない」


 彼の言葉には強い怨念が感じられた。『正義』と『悪』と言う言葉に、強い拘りがあるのだろう。


 そして、その理由は五百年前の悲劇にある。白神教が『厄災』を『悪』と断じ、それが彼等の祖先に悲劇を生み出す原因となったからだ。


「かの国には罪がある。そして、我等にはそれを断罪する権利がある。それでも貴様は、我等を止めると言うのか?」


「そんな罪も権利も、今や存在していない。過去は過去、今は今だ。貴殿等が人々を傷付けて良い理由にはならない」


 五百年前に島流しとなった当人ならわかる。或いは、その生き残りが今も居ると言うなら話も変わる。


 しかし、彼等はその子孫でしかなく、かつて魔族を追放した人間も生き残ってはいない。裁きを受けるべき人も、裁いて良い人も存在していないのだ。


「それでも想いは受け継がれる。祖先の無念は今も、我らの中に生きている。彼等の断罪無くして、鬼龍院家の怨恨は消える事が無いのだ」


「そんな呪縛は後世に残すべきではない。どこかで断ち切らねばならぬものだ。それを成すのも、当主である貴殿の役割では無いのか?」


 人を恨んで過ごすなど、苦しい一生に違いない。まともな親ならば、そんな思いを子に継がせるべきではないのだ。


 しかし、彼等は、鬼龍院家はそれを行った。子孫へと繋いだその呪縛こそが、鬼龍院家の祖が犯した罪ではないだろうか?


「我には鬼龍院家の誇りがある。国を背負いし者としての義務がある。悪鬼羅刹と恐れられようと、恨まれようと、それを成す事こそが我が務めである」


「他にも道はあるはずだ。誰か他者を不幸にして、得られる幸福は有るはずがない。貴殿の行いでは、新たな恨みを生み出す事にしかならない」


 鬼龍院家の恨みが晴らされた時、そこには多くの悲しみが生まれる。そして、鬼龍院家への新たな怨嗟が生まれるだろう。


 今は鬼人国の戦力が勝っている。しかし、負けた側は復讐を誓って刃を研ぎ続ける。いずれはその復讐心が、鬼人国を襲う事になるのだ。


「それでも、この恨み、この怒りを止められぬ。――やはり引かぬか、勇者の片割れよ?」


「止まれぬと言うなら止めるまでの事……。その為に俺は、この地にやって来たのだからな」


 鬼龍院源蔵が刀を抜く。そして、その体は気に覆われ、炎がメラメラと燃え上がる。


 俺も手にダガーを握る。そして、この想いを力に変えて、全身を影で覆って行く。


「最早、問答は不要。参るぞ――勇者ソリッドよ!」


「ん? い、いや、俺は『勇者の影』であって……」


 何か食い違いがあるが、それを言える状況では無さそうだ。俺は諦めて闇の刃を逆手に構える。


 そして、超加速で飛び掛かる彼に対して、新たに得た力で迎え撃つ事となる。

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