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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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悪鬼羅刹

 パッフェルはライザさんの迎えで、大統領邸へと向かって行った。明日にやって来る鬼人国の軍艦について、対策を検討する為である。


 しかし、俺は修行を続けると言う名目で残る事にした。その指導役として、吹雪姫と小春殿の二人も残して貰う事となった。


 正直、パッフェルは吹雪姫には、共に来て欲しかっただろう。彼女以上に敵国の情報を持つ者は、この国には居ないのだから。


 けれど、パッフェルは俺の意を汲んでくれた。俺と吹雪姫にはまだ、話すべき課題があるのだと察して……。


「……共に残った意図は、察しているだろうか?」


「勿論で御座います。包み隠さずお話し致します」


 俺の問いに対して、吹雪姫が深々と頭を下げる。それは恐らく、二人だけで話せる状況を作った事への感謝である。


 ちなみに、小春殿とメロディーはこの場に居ない。空気を読んだ二人は、声の届かぬ場所で待機してくれている。


 吹雪姫が顔を上げる。そして、決意を込めた眼差しで、俺に全てを打ち明け始めた。


「以前にも申し上げました通り、鬼人族は神に最も近き種族。それは伊達や酔狂で、そう名乗っているのでは御座いません。実際に一部の者は、神の領域に踏み込む事が可能なのです」


「神の領域? それはどういう意味だ?」


 彼女が特殊な力を持つ事は知っている。『神眼』や『神通力』がそれに該当する。


 しかし、雰囲気的にはその事では無いだろう。この状況で、皆を外して改めて話すのだから。


「実際にお見せしましょう。その方がご理解頂けると思われますので」


「……ふむ、そうか」


 何を見せる気かはわからない。けれど、漂う緊張感が尋常ではない。


 吹雪姫は深く息を吸う。そして、吐き出すと同時に、纏う空気が一気に変わった。



 ――ドン……!!!



「ぐっ……?!」


 全身にかかるプレッシャー。それを感じた俺は、背中に嫌な汗が流れていた。


 そして、俺はこの感覚に覚えがあった。かつて何度か経験している、死をイメージさせる力だ。


「これは、まさか……。領域守護者の力……?」


「正確には違いますが、それに類する力で御座います」


 俺はポカンと口を開く。その力にでは無い。吹雪姫の変わり果てた姿に対してだ。


 今の彼女は氷に覆われた、魔獣を彷彿とさせる姿だった。


 一応は人型ではある。しかし、この姿を見て魔族と思う者はまずいまい……。


「醜い姿で御座いましょう? この姿を『氷鬼』と呼びます。鬼龍院家の当主と、その実子に受け継がれし奥義。『悪鬼羅刹』により変じた姿で御座います」


「『悪鬼羅刹』……?」


 なるほどと思わせる名だった。悪しき鬼と言われれば、確かにと思わざるを得ない。


 氷に覆われた吹雪姫は、殺意の塊としか言いようがない。近くにいるだけで、どうしても自らの死をイメージさせられてしまう。


 見る者を畏怖させる氷の鬼。その仮面に覆われた彼女は、冷たい声で説明を続ける。


「多くの罪人を裁いて参りました……。多くの死を身に纏っているのです……。恐怖こそが鬼龍院家の証……。どうか、この醜き力をご覧になって下さいませ……」


 吹雪姫の声からは悲しみが伝わって来る。この力も姿も、彼女が望んで得た物ではないのだろう。


 本来ならば人に見せたい姿では無い。それでも今は、俺にこの力を伝えなければならなかった。



 ――サク……サク……。



 吹雪姫の周囲は霜が降りている。大地は凍り付き、足の裏にもその感触が伝わって来る。


 きっとこの力を使い、多くの人を殺して来た。それが、鬼龍院家の責務だと言われ……。


「ソリッド……様……?」


 吹雪姫の周囲は肌を刺す程の冷気が漂っている。それはまるで、近付く者を拒絶するかの様だった。


 あれ程にコロコロと笑う女性が、どうしてこんな力を身に付けねばならなかったのだろうか?


「――っ……?! 触れては、いけませんっ……! その手が凍てついてしまいます……!」


 吹雪姫のすぐ目の前に立ち、俺はそっと右手を伸ばす。確かに彼女の纏う氷は、俺の腕なんて簡単に凍らせてしまうのだろう。


 けれど、俺には彼女の気持ちがわかってしまう。その言葉の裏にある想い……。



 ――どうか、私に触れて下さい……。



 そう願う彼女の心を、俺はどうしても無視する事が出来なかった。


「なん……で……?」


 俺の右腕は霜に覆われる。震えてしまう程に、一気に体温を持って行かれる。


 けれど、その氷は緩やかに解けていく。俺の事を受け入れるかの如く、俺の触れた場所だけが開かれて行った。


「……この氷は、貴女の心そのものなのだな。自らを醜いと思う、その想いが形になったのだろう?」


「――っ……?!」


 俺は吹雪姫にして貰った様に、自らの気を彼女に流す。そっと優しく、彼女の心を包み込むように。


 彼女の鼓動を確かに感じる。そして、氷の向こうに見える彼女は、驚きで大きく目を見開いていた。


「恐れられるのも、避けられるのも辛いものだ……。そして、自らの心を晒すのは、誰だって恐ろしい事だろう……」


「ソリッド、様……」


 俺は気を通して、吹雪姫の心に触れる。彼女が本当に求めているものに気付く。


 だから俺は、彼女の肩にそっと手を添える。そして、安心させる様に優しく頷いた。


「――だが、俺は決して貴女を恐れない。もう自らを醜い等と、口にしないで欲しい」


「わかり、ました……」


 吹雪姫の纏う氷がボロボロと崩れて落ちる。そして、漂う冷気と共にスッと消え去ってしまった。


 吹雪姫はハラハラと涙を流し、俺の胸へと倒れ込む。優しく抱き留めると、俺はその背をそっと撫でた。


「……沢山傷付いて来たのだろう。だが、一人で抱える事は無い。苦しい時は俺を呼べ。例え世界の全てが敵に回ろうとも、俺だけは貴女の味方でいよう」


「はい……はい……! 吹雪はもう、一人で抱えたり致しません!」


 吹雪姫は抱きしめる腕に力を込める。その想いに応える様に、俺はその背をポンポンと叩く。


 これで彼女の心が救われるならば、俺としても嬉しい限りだ。『勇者の影』の面目躍如と言えるだろう。


「――それにしても……」


 吹雪姫の力に触れた事で、俺は『悪鬼羅刹』の本質を理解した。これは心を殺意で染め、その力を殺戮に特化させるものだ。


 幸いに吹雪姫の殺意が、俺に向く事は無かった。そのお陰で、俺の手も無事で済んだのだ。


 しかし、吹雪姫がこの力を開示したのは、明日に控える『鬼龍院 源蔵』との決戦の為である。


 この力を知らねば倒す所では無い。対面直後に一方的に殺されている未来さえ有り得た。


 更に言えば、俺と吹雪姫以外は対面させてはいけない。その殺意に飲まれて、誰もが一方的に惨殺されてしまうだろう。


 そして、気になるのが『憤怒の厄災』との相性。多くの呪いを背負う『鬼龍院 源蔵』は、厄災の力を『悪鬼羅刹』に乗せて来ると予想される。



 ――俺と吹雪姫の二人だけで、どうにか出来るのか……?



 俺はその不安だけは、どうしても拭い去る事が出来なかった……。

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