臨時パーティー
今日の俺は、ミーティアとクーレッジを伴い、冒険者ギルドへと訪れていた。俺に呼ばれたミーティアは、不思議そうに俺の事を見つめていた。
なお、パッフェルは自室で引き籠っている。人混みが嫌いなのもあるが、何よりも彼女は有名人だからな。冒険者ギルドに来ようものなら、あっという間に周囲を囲まれる事になる。
余談ではあるが、今日のクーレッジは機嫌が悪い。パッフェルがいれば上機嫌だが、いなければいつも俺を睨んでいる。ある意味では、これが彼女の平常運転なのかもしれない……。
「師匠、今日は何をするんですか?」
クーレッジの視線に俺が内心で唸っていると、ミーティアが尋ねて来た。俺はこれ幸いと視線を逸らし、ミーティアへと向き直る。
そして、不思議そうに見上げる彼女に、俺は本日の要件を伝える事にした。
「今日はパーティーの作り方を説明する。今後、大きな依頼を受けるならば、知っておく必要があるだろう」
「なるほど! 今日はパーティーの作り方ですか!」
俺の説明にミーティアの目がキラキラと輝く。彼女は自身の成長が感じられると、それを素直に喜びとして表現する。
そして、今日の指導内容も、冒険者として必須の知識。彼女はまた一歩、『立派な盗賊』に近付けると、考えているのだろう。
俺は二人と一緒に冒険者ギルドの受付へと移動する。空いている受付に進むと、そこにはいつぞやの新人職員が座っていた。そして、彼女はすかさず、俺から目を逸らした。
俺はよりにもよってと内心で唸る。すると、慌てて隣の先輩職員が声を掛けてくれた。
「ソ、ソリッド様、ギルドマスターより話は伺っております! 二階の待合室Aをご利用下さい!」
「う、うむ、そうか。それでは、二階に向かうとしよう」
助け舟を出してくれた先輩職員に内心で感謝する。そして、俺は二人を連れて二階へと向かう。
背後で『ゴツン!』と鈍い音がしたが、俺は振り向かずに歩き続ける。隣のミーティアが目を丸くしていたが、俺はそれすら見て見ないふりをした。
そして、二階に上がって一番奥の角部屋。『待合室A』のプレートが掛けられた扉を開くと、俺達は中へと足を踏み込む。
「――あ、初めまして! あなた達が今日のメンバーですよね?」
「「――え……?」」
部屋にいた先客が、ソファーから立ち上がって笑みを浮かべる。一人は鉄の鎧を身に着けた赤毛の青年。もう一人は、革の鎧を身に着けた茶髪の青年である。
俺は頷きながら部屋の奥へと移動する。そして、ポカンと口を開いた二人の少女に、彼等と向かいのソファーを指さして座る様に促す。
二人が戸惑いながらもソファーに座るのを見て、俺は二人の青年に対して話しかけた。
「ギルドマスターから聞いていると思うが、俺は彼女達の付き添いだ。今日は念の為に同行するが、パーティーメンバーに加わる訳ではない。居ないものとして扱ってくれ」
「はい、わかりました。ただ、困った事があれば、助けて頂けるとも聞いています。そういう状況になったら宜しくお願いします!」
赤毛の青年は礼儀正しく頭を下げる。俺を見ても警戒した様子は無く、恐らくはギルドマスターから情報を与えられているのだろう。
そして、その隣の青年も慌てて頭を下げる。こちらはオドオドした様子で、俺に対して緊張した表情を見せている。ただ、嫌悪感はまったく無く、ある種の尊敬に似た雰囲気が感じられた。
これは俺がS級冒険者だからか、勇者パーティー『ホープレイ』のメンバーだからか……。
いや、恐らくはその両方なのだろうな。嫌われるよりは良いかと思い、俺は静かに頷いて返した。
「そして、こちらは盗賊のミーティアに、魔術師のクーレッジ。二人と仲良くしてやってくれ」
「初めまして、ミーティアさん! クーレッジさん! 俺は剣士のハル=カロルです。今日は宜しく!」
「あの、僕はアシェイ=アウトゥンノです……。弓使いで、後方支援を得意としています……」
元気良くハキハキと話すハル。恥ずかしそうに様子を伺うアシェイ。対照的な性格ではあるが、案外こういう組み合わせの方が相性が良かったりする。パーティーでは、互いに短所を埋め合う必要もあるしな。
彼等もデビュー半年以内の新人ではあるが、ミーティア達よりは経験を積んでいる。その上でギルドマスターからのお墨付きなので、性格的にも問題が無い人選である。
初めてパーティーを組む相手としては、丁度良い相手であろう。見ればミーティアは困惑した表情を浮かべ、クーレッジは不機嫌そうな視線をこちらに向けている。
そろそろ、こちらへの説明も必要そうだな。余り置き去りにすると、クーレッジの視線に殺意が混ざりかねない……。
「今回は俺の方で、ギルドへの申請を代行した。特定依頼を受ける際に、冒険者ギルドではパーティーメンバーの紹介を行ってくれる。互いの実績や素行を考慮し、相性が良いと思うメンバーを選定して貰えるのだ」
「そ、そうなんですね……」
ミーティアは頷きながらも、不安そうな視線を俺に向けている。その様子に俺は内心で首を捻る。人懐っこい彼女であれば、もっとすんなり受け入れてくれると思っていたのだ。
ただ、彼女の事情もギルドマスターから聞いている。その辺りの関係で、見知らぬ人へは多少の警戒心もあるのだろうな。
こればかりは慣れるしかない。ずっと二人では、いずれ行き詰る時が来る。俺が面倒を見られる内に、少しでもその不安を取り除ければと思う。
「今日の依頼は、ハイキュアの花の採取だ。この時期にだけ採取出来る花で、上級ポーションの材料となる。道中の森では魔獣も出るので、極力戦闘を避けながら進むのが良いだろう」
「このメンバーなら、エアウルフは問題無いよな? ただ、ロックベアはキツイと思うから、魔物への警戒は宜しくね!」
「は、はいっ! 初めての依頼ですけど頑張ります!」
話を振られたミーティアが、慌てて元気よく返事を返した。緊張した様子であったが、ハルはそんな様子も楽しそうに笑っていた。
そして、ハルが中心になって、ミーティアに話し続ける。そんな二人を見つめていると、クーレッジがそっと俺の元へ歩み寄って来た。
「……ねえ、どういうつもり? 何で黙ってたの?」
息を潜めて小声で問い掛けるクーレッジ。その声は怒っているというよりも、訝しんでいるという気配が強かった。
そして、その問い掛けは当然来ると思っていた。俺は隠す必要も無いだろうと、クーレッジへの問いに答える。
「俺も後三日は付き合えるが、その後の予定が不明でな。その事をギルドマスターに話したら、こういう調整になってしまった。今まで黙っていたのは、悪かったと思っている。ただ、土壇場でキャンセルする訳にも行かなくてな……」
「えっ……。あと、三日って……」
クーレッジへは困惑した様子で、すぐ後ろのミーティアへ視線を向ける。彼女はハルとの会話に集中しており、そんなクーレッジの視線に気付いてはいなかった。
クーレッジは視線を俺に戻すと、苦虫を嚙み潰したような表情となる。そして、俺の事をギロリと睨み、小さく吐き捨てた。
「そう、貴方の顔を見なくて済むの……。それは良かったわ……」
「う、うむ……。まだそうなると、確定した訳では無いがな……」
この子は本当に、俺の事を嫌い過ぎじゃないか? パッフェルやミーティアの前では、猫を被っているみたいだが……。
真っ直ぐ向けられる嫌悪感に、俺の心はガリガリと削られる。こういう事は時々あるが、だからといって慣れるものではないのだ。
そして、クーレッジは俺から離れ、ミーティアの隣に戻って座る。大人しそうな表情で、ミーティアとハルの会話に耳を傾け始めた。
「ただ、何だろうな……?」
俺の顔を見なくて済むと告げたが、その割には嬉しそうな顔では無かった。その事が何となく、俺の心に引っかかる。
とはいえ、クーレッジは俺が何をしても嫌がるからな。そういう気難しい子なのだろうと、俺は内心で納得することにした。