ルーツ
俺の忍者修行は続く。座禅という修行法で、自らの内面と向き合うらしい。
俺は地面に腰を落として足を組む。目を閉じてを心を落ち着ける俺に、小春殿の静かな声が届く。
「良い感じで御座います。そのまま雑念を打ち払い、内なる気に集中して下さいませ」
「ふむ……。やってみよう……」
目を閉じた事で視覚情報が封じられる。更に周囲への警戒も今だけは解く。
ただ、ひたすらに内なる気へと意識を向ける。幸いな事に感覚は掴んでいた。
吹雪姫に抱き――いや、揺り動かされた気の感覚を思い出し、内なる気を感じ始める……。
――ドクン……ドクン……。
心臓の鼓動とは違う。けれど脈打つ力が存在する。きっとこれが気の力なのだろう。
これまでは気付く事が無かった。しかし、腹の辺りから全身に力の流れが起きている。
ただ漫然と流れる力。体に力を与えているが、何となく流れている状態に思える。
「もしかして、もう感覚を掴んでいらっしゃいますか? もしそうであれば、その気の流れを早めたり、強めたりしてみて下さいませ」
「――うむ、わかった……」
小春の指示に従い、俺は気の操作を開始する。まずは気の流れを早めて見る。
――ドクン、ドクン、ドクン……。
全身を巡る気に身震いする。余りにも敏感となった感覚に、俺は驚きで思わず目を開いた。
「そ~り~ど~さ~ま~?」
「――っ……⁉」
小春の声と動きがスローになっている。いや、これは俺の思考速度が、高速化しているのか?
余りにも明確な変化に俺は戸惑う。そして、気の流れを戻しつつ、小春殿へと今の事象を伝える。
「気の流れを早めたら、周囲の動きが遅く感じられた……。もしやこれは、俺の感覚が高速化されたのだろうか?」
「えっ、誠で御座いますか? 思考加速は私も使えません、高等技術なのですが……」
小春殿は動揺し、緑色の瞳を揺らしていた。どうやら、小春殿にとっても想定外の事象らしい。
そして、彼女は視線を吹雪姫へと向ける。主はキラキラした瞳で、俺の事を嬉しそうに見つめていた。
「これは嬉しい誤算で御座います! これならば武装覇気も習得可能やも!」
「ぶ、武装覇気……?」
両手を広げて、今にも飛び掛からん様子の吹雪姫。俺は思わず後退ってしまう。
しかし、俺と彼女の間に、すっとパッフェルが割って入る。そして、何とも言えない表情で、パッフェルは吹雪姫へと問いかけた。
「その思考加速ってのは何なの? それに、武装覇気についても説明してくれる?」
「そ、そうで御座いますね。それでは説明させて頂きましょう」
パッフェルの横槍で、吹雪姫が冷静さを取り戻す。そして、咳ばらいをすると説明を始めた。
「思考加速は気の奥義の一つで御座います。主に武士が使う技術の為、忍びの小春は習得しておりません。しかし、これが使えるかどうかで、その戦闘力は格段に変わって参ります」
「ふむ、そうだろうな……」
感覚的な物だが、アレは凄まじかった。恐らく、レベルで言うなら、Lv20差は覆せる可能性がある。
強化系の魔法やスキルは存在するが、ここまで強力な効果は俺の知る限り存在しない。
「そして、武装覇気は気を鎧の如く、纏う技術で御座います。防御力のみならず、身体能力強化をも実現する、気の奥義の一つで御座います」
「身体能力強化ですって? なら、それがソリッドに教えようとしてたスキル?」
パッフェルの問いに、吹雪姫が頷く。そして、吹雪姫は嬉しそうに答える。
「我が父および鬼人四天王は、いずれも武装覇気を習得しております。これを習得せぬまま相対すれば、苦戦は免れぬものと考えておりました……。しかし、思考加速と合わせて習得出来れば、少なくとも四天王如きでは相手にもならぬでしょう!」
「そ、そうなの……? そんなに凄いスキルなんだね……」
思考加速に相当するスキルならば、武装覇気も並みでは無いのだろう。それを相手が使うとなると、確かに俺の強化も必要な処置だと言える。
しかし、気になるのは吹雪姫の父――『鬼龍院 源蔵』の強さだ。
「思考加速と武装覇気……。この二つがあれば、『憤怒の厄災』に勝てるのだろうか?」
「――っ……。ソリッド様と私が手を取り合えば、勝機は有るでしょう」
何とも消極的な言い方だな……。それに、吹雪姫と手を取り合うとは、どういう意味だろうか?
しかし、俺が疑問を口にするより前に、パッフェルが別の疑問を吹雪姫へとぶつける。
「いくら何でも、気の力って強過ぎない? 私の知る鬼人族は、知力と科学力に優れている種族。けど、ソリッドを超える程の武力は、持っていない認識なんだけど?」
「――確かに……。もし、それ程の力があれば、魔王軍との戦争は、人間側が負けていたな……」
この力は人魚の力では無いだろう。もしそうなら、水に関わる力になるだろうしな。
かといって、鬼龍院家の始祖が伝えたとしたら、そのルーツは鬼人族にあるはずだ。
始祖と言う『鬼龍院 政宗』とは、どの様な人物なのか? 或いは、それとは異なるルーツを持つのだろうか?
しかし、俺の想像とはまったく異なり、吹雪姫の返答は理解しがたいものであった。
「誤解を解かせて頂きましょう。気のルーツは鬼人族には御座いません。これを伝えし始祖『鬼龍院 政宗』は人間で御座います。――それも、外の世界の人間です」
「外の世界って、どういう意味……?」
どうやら、パッフェルも理解出来なかったらしい。戸惑った表情で問い掛ける。
すると、吹雪姫はコロコロと笑う。そして、悪戯っぽい笑みで、パッフェルへと答えを返す。
「この大陸の外という意味で御座います。『鬼龍院 政宗』はこの世界の裏側に存在する、『神王』様が統べる大陸より渡って来た者で御座います」
「――なん……ですって……?」
世界の裏側? それに、『神王』様とは?
俺にはまったく理解出来ない話だった。しかし、パッフェルは真っ青な顔で震えていた。
「『神王』様は、この大陸で言う所の、白の神と黒の神に相当する神様です。その御方により伝授された力が『気』となり、それを扱う者が『武士』であり『忍者』なので御座います」
「ま、待って、待って! ヤバい、ヤバい……! 今までで一番ヤバい情報じゃん……?!」
パッフェルは涙目になって叫び出す。そして、フラフラとやって来て、俺にガシッとしがみ付いた。
どうやら、再びキャパシティーオーバーしたらしい。俺は彼女の頭を優しく撫でてあげる。
「大陸より渡って来た政宗様は、この国で力を示し、英雄の如き扱いを受けたそうです。しかし、黒目黒髪であった為に配偶者に恵まれませんでした……」
それは何とも他人事と思えない話だ。人族の中で黒目黒髪は、忌避される存在だからな……。
俺は勝手に政宗殿に共感する。しかし、吹雪姫の話には、その後に続きがあった。
「しかし、たまたま立ち寄った鬼人国の姫君――ルージュ様と、この地で出会いました。ルージュ姫が政宗様に惚れ込んだ結果、我らが一族は生まれたので御座います」
「つまり、鬼人族のルーツはルージュ姫であり、『気』のルーツは政宗殿であったと?」
俺の問いに、吹雪姫が嬉しそうに頷く。そして、ほうっと熱い息を吐き、チラチラと俺を見つめる。
「黒目黒髪の英雄と、鬼人族の姫との出会い……。今の私達の状況と、とても似ていると思われませんか?」
「ふむ、何故だろうか? 妙な既視感を感じるのだが……」
記憶の底を探り続け、俺はハッと思い出す。この状況は、あの状況と良く似ている。
――魔王の娘チェルシー姫
悪魔族の姫様も、似た様な話を俺にしていた。古の勇者が黒目黒髪であり、悪魔族の賢者である女生と結婚したらしいのだ。
現魔王のルーツが良く似ている。それが妙な既視感の正体であった。
俺はなるほどなと納得しつつ、あの時に感じた想いをポツリと漏らす。
「人間と魔族が共に生きる……。そんな未来が当たり前になれば良いな……」
「正にお言葉の通りで御座います! そんな未来を創って参りましょう!」
それはチェルシー姫の願いでもあった。俺はその願いに共感し、協力すると誓ったのだ。
吹雪姫とも同じ未来を歩めるのだろうか? そうであれば良いなと俺は感じていた。
ただ、気付くと腕の中のパッフェルが、複雑な表情で俺を見上げていた。