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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第七章 怒れる鬼人と影の勇者
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忍びの小春

 吹雪の父親が『憤怒の厄災』であり、俺達はそれを討つ事が決まった。


 そして、具体的な話に進むかと思った所で、吹雪姫がハッとした表情で扉に目をやった。


「共の者が近くへ来ております。まずはその者を迎えに行かせて下さい」


「共の者? それも『神通力』で知った感じかしらね?」


 訝し気に問うパッフェルに、吹雪姫は微笑みながら頷く。『神通力』とやらは、随分と便利な力みたいだな。


 パッフェルはやれやれと肩を竦める。そして、扉の鍵を開けると、三人揃って建物の外へと出る。


「ふむ? 微かな気配はあるが、居場所が掴めんな……」


「え、噓でしょ? ソリッドが気配を掴めないの……?」


 俺達の居る場所はパッフェル商会の支店。大通りに面した場所だが、今は通りに人の姿が無い。


 その理由は、多くが山頂に避難した為だ。住人も戻り始めてはいるが、まだこの辺りまでは戻れていないらしい。


 というか、よくよく考えると、何故パッフェル商会は通常営業している? 避難しなかったのか、超速で戻ったのか謎である……。


 まあ、余談はこの辺りにして気配の件だ。俺が気配を掴めないとは、かなりの手練れが身を潜めているらしいな。


「ふふ、小春は忍びですからね。では、呼び出すとしましょう」


 忍びとは何だろうか? そう首を傾げるが、吹雪姫は気にせず手を叩く。パンパンと二度手を打つと、急に気配が目の前に現れた。


「吹雪様っ! ご無事で何よりです!」


 現れたのは未成年の小柄な女性。薄緑のショートヘアーに、エメラルド色の瞳。そして、額に角を生やした少女だった。


 見慣れぬ黒装束で身を包んだ彼女は、片膝をついて吹雪姫に頭を垂れていた。


「小春も健在ですね。良かったです」


 突然現れた少女に、吹雪姫は驚きを示さない。穏やかな笑みで、鷹揚に頷いていた。


 そして、小春と呼ばれた少女は、微かに頭を上げると俺をチラリと見る。


「ソリッド様と出会えたのですね。流石は吹雪様です!」


「ふふふ、漂流している所を助けて頂いただけですよ?」


 小春はキラキラした瞳を吹雪に向けている。それは主人への敬意とは違う。何やら憧れを含んでいる様にも見えるのだが……?


 俺が不思議に思っていると、吹雪姫は俺達に対して彼女の紹介を始める。


「彼女は従者の小春です。職業は忍者――或いは、忍びと呼ばれております。戦闘も卒なくこなしますが、得意なのは間諜等の情報収集となります」


「初めまして、ソリッド様! パッフェル様! 私は小春と申します! 以後、宜しくお願いします!」


 小春は勢い良く、直角に頭を下げる。何とも元気な挨拶である。


「ああ、こちらこそ宜しく頼む」


「忍者……? 興味深いわね……」


 俺は挨拶を返すが、パッフェルはまじまじと小春を観察している。そんなパッフェルの反応に、小春の方は戸惑った表情を浮かべていた。


 なお、二人とも見た目的には十三歳前後。傍から見ると、友達同士で少女がじゃれ合っている様にしか見えなかった。


 俺が内心でほっこりしていると、隣の吹雪姫が急に小春に命令を下した。


「早速ですが、小春に任務を申し渡します。ソリッド様へと忍術を伝授なさい」


「ソリッド様にですか? それは如何なる理由でしょうか?」


 唐突な任務に小春は首を傾げる。主の指示に対して、意図が掴めていないらしい。


 そして、それは俺達も同じ事だ。吹雪姫の意図がわからず、その答えに耳を傾けた。


「ソリッド様に『神眼』は通じません。けれど、気の流れは微かに見えました。ハッキリと言えば、ソリッド様は気の扱いを把握しておりません」


「え、えぇ……! あれだけ動けて、気を使って無いんですか……?!」


 吹雪姫の説明に、小春はギョッと目を剥いていた。目玉が飛び出そうな程に驚きを示している。


 しかし、俺とパッフェルはただ戸惑うだけ。彼女達の言う気が何のか、俺達には理解出来なかったからだ。


 そして、そんな俺に対して、吹雪姫が鋭い眼差しを向ける。そして、硬い口調で俺へと告げた。


「我々、鬼人国の武人は、皆が気を扱います。気とは誰もが持つ生命の力。それを自在に引き出す事で、身体能力を数倍に引き上げる事が出来るのです」


「誰もが持つ生命の力? それは俺にも扱えるのか?」


 俺は生まれつきマナを持たない体質だ。それ故に、殆どのスキルが使えないという制約を課せられて来た。


 マナとは世界に満ちたエネルギー。しかし、俺自身が持つ気であれば、或いは俺にも扱えるのではと期待する。


「その通りで御座います。気を持たぬ者はおりません。そして、我が父と相対するならば、気を扱えねば話になりません。まずは小春より忍術を学んで下さい。その流れで、気の扱いも覚えられるでしょう」


「そう、なのか……? 俺にもスキルが……」


 吹雪の答えに、俺は思わず拳を握り締める。湧き上がる感情に身震いをしてしまう。


 子供の時に諦めたスキルの習得。その願いが今からでも叶うと言うのだ。これが嬉しくないはずがなかった。


「――た、頼む、小春殿っ! 俺に忍術を教えてくれ!」


「ふ、吹雪様っ! 小春は色男に迫られておりますぅ!」


 俺は小春の両肩を掴んで、必死に懇願する。すると、小春は顔を真っ赤にして、吹雪姫へと助けを求め始めた。


 吹雪姫は困った表情で苦笑を浮かべている。その代わり言わんばかりに、パッフェルが杖を取り出し俺の頭をゴツンと殴る。


「落ち着きなさい! そんな小柄な少女に詰め寄ったら、犯罪者と間違われるわよ!」


「は、犯罪者……?」


 パッフェルの言葉に、俺は落ち着きを取り戻す。そして、周囲へと視線を這わせる。


 確かに少数だが、街に人が戻り始めていた。彼等は俺達の騒ぎに、何だ何だと注目していた。


「――すっ、済まない! 取り乱してしまった!」


「いえ! こちらこそ、ありがとう御座います!」


 ありがとう御座います? 小春も動揺しているのか、意味の分からない言葉を口にし出した。


 これはいけないな。まずはお互いに落ち着いて、それから冷静に話を進めなければ……。


「改めて、小春殿。忍術のご指導、宜しくお願いします」


「は、はい! 小春にお任せください! ソリッド様!」


 先程の彼女に見習い、俺は直角に頭を下げる。そんな俺の頭へと、小春の緊張する声が届く。


 そして、一度は冷静になったが、俺の胸内に再び歓喜が湧き上がって来る。思わず緩む頬を自覚し、俺は必死にそれを抑える。


 ただ、そんな俺の背後から、パッフェルの小さな呟きが聞こえて来た。


「気を扱うと身体能力が数倍……? 既に身体能力フィジカルの化け物なのに……? ソリッドの超強化とか、意味がわからないんだけど……」


 聞きようによっては、かなり失礼な事を言われている気がする。パッフェルが時々、俺を化け物扱いするのは何なのだろうか?


 確かに俺は人より筋肉マッスルを鍛えている。そして、恐らくは人間の中で最もレベルが高い。


 それ故に、身体能力だけなら誰にも負けはしない。けれど、身体能力強化のスキルを使われると、アレックスには勝てない程度の力だと言うのに……。


 まあ、きっとパッフェルも、じゃれたいだけだろう。それが妹なりの甘え方だと思い、俺は内心で一人ほっこりするのであった。

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