鬼人族の美女
ライザさんの迎えにより、俺達は港へと移動した。ここでパッフェルと待ち合わせとなっている。
それ自体は特に問題無い。魔導車の送迎も有り、実にスムーズに移動する事が出来た。
「ソリッドさん、ここが人間の街なんですね!」
「……ああ、そうだな」
俺の右手を、人魚のメロディーが握っている。足は『人化の魔法』でサンダルを履いた、人間の足になっていた。
彼女はニコニコと笑みを浮かべ、俺のことを見上げている。とても楽しそうで、離してくれと言える雰囲気ではない。
「はぁ、幸せです……。ソリッド様ぁ……」
「うむ……。それは、何よりだ……」
俺の左手を、鬼人族の美女が握っている。年齢は恐らく俺と同じ二十歳程。額には一本の白い角が生えている。
濡れた服はライザさんにより、着替えさせて貰っている。今は白いヒラヒラのドレスを身に纏っていた。
――どうしてこうなった?
俺は振り返って、背後のライザさんを見る。彼女は何故か、青い顔で俯いている。
俺の事を助けてくれる雰囲気ではない。というか、彼女自身が助けが必要そうな状態に見える。
「ひとまずは、パッフェルと合流するか……」
メロディーはまだ良い。見た目は人間の少女で、俺と並んでも妹と思って貰えるだろう。
だが、鬼人族の美女が不味い。彼女は人目を引く程の美女。周囲からの注目を集めまくっている。
しかも、彼女は腰まで届く程の長髪。その色は俺と同じ黒色なのだ。俺と並んでいると、周囲は俺達を同じ魔族として考えるだろう。
サファイア共和国は人族の領域で、最も魔族への偏見が強い国だ。変な輩に絡まれなければ良いのだが……。
「あ、ソリッドさん! 姐さんが居ますよ!」
「ああ、そうだな。あちらも気付いた様だな」
メロディーの声で、俺は思考から引き戻される。そして、遠くに立つパッフェルの姿を確認した。
遠目でも分かるが、彼女は大きく目を見開いている。それから、すぐに右手でこめかみを押さえ出した。
「あちらの方が、ソリッド様の妹君でしょうか? 随分とお可愛いのですね♪」
「うむ、自慢の妹だ。仲良くしてくれると助かる」
どうやらパッフェルに対しては好感触みたいだな。
まあ、彼女は多くの人に愛されている。元より俺と違って、一目で恐れられる事は無いのだが。
隣でメロディーがブンブン手を振ると、あちらも軽く手を振り返す。
そして、ゆっくりだが向こうからも、こちらへと歩み寄って来た。
「……で、これはどういう状況?」
「……俺も困っている所ではある」
俺とパッフェルの視線は、鬼人族の美女へと向けられる。彼女はのほほんとした表情で、パッフェルへと微笑み返していた。
だが、ハッと思い付いた様に手を放す。そして、深々とお辞儀をしながら、パッフェルへと挨拶を始める。
「お初にお目にかかります。私の名は吹雪と申します。この度はお兄様により、命を救われた者で御座います」
「いや、実際に命を救ったのはメロディーだがな……」
海で浮かぶ彼女を引き上げたのも、人工呼吸で蘇生させたのもメロディーだ。
俺はメロディーの手慣れた救助を、ただ眺めていたにすぎない。
しかし、彼女――吹雪は首を振る。俺へと視線を移すと、蕩ける笑みで俺へと告げた。
「メロディー様へ助命を願われのはソリッド様。なれば、私の命の恩人は、ソリッド様で相違ございません。当然ながら、メロディー様へも感謝しておりますが」
「えへへ、良いってことよ! 私もソリッドさん、パッフェルさんに救われた身だしね!」
何故だか意気投合している二人。メロディーが手を掲げると、吹雪も応じてハイタッチをし出した。
その様子にパッフェルも、頭が痛そうに額に手を当てている。彼女は混乱を抑える様に、ゆっくりと俺達へと問いかけて来た。
「命の恩人はわかったけど、手を繋いでいる理由は? というか、貴女は何者なの?」
パッフェルの問い掛けに、吹雪は穏やかな笑みを浮かべる。そして、頬に手を当てて、ほうっと息を吐きながら告げた。
「私が何者かは、折りを見てお話致しましょう。今ここで、話せる事では御座いません故に……」
少し前に俺が聞いた時と、同じ回答を吹雪は返す。話す気が無い訳では無いのだが、今は話せないと言うのである。
そして、彼女は俺へと視線を移すと、桜色に頬を染めながら囁いた。
「手を繋いでいるのは……。お察し頂けると嬉しいのですが……」
「え? うそ、でしょ……。やっぱり、そう言うことなの……?」
パッフェルは愕然とした表情で吹雪を見つめる。そして、何かに気付いた様子で、頭を抱え始めた。
だが、俺はパッフェルの態度に首を傾げる。何をそんなに、ショックを受ける必要があるのだろうか?
吹雪は一人ぼっちで、手助けが必要な状況だ。今は一人でとても心細い状況である。
そんな時に、俺が力になると告げたのだ。彼女が手を握るのは、その不安を紛らわせる為。
それ以外の理由なんて、何も無いだろうに……。
まあ、そんな事は重要ではない。それよりも、この後について、話をするするべきだろう。
「それで問題は片付いたで良いのだな? この後はどうする予定なのだ?」
「う~ん、それなんだけどね……。ちょっと、お母さんの件もあってさ……」
母さんの件とは何の事だろうか? パッフェルが言葉を濁すのは、ここでは話せないという意味だろうか?
状況が読めない俺は、ひとまずパッフェルの様子を見る。すると、彼女は探る様な視線を吹雪へと向ける。
「吹雪さん、どうしたい? 何か要望はある?」
「うふふっ、それではご要望が一つ御座います」
俺は二人のやり取りに違和感を感じる。これは互いに腹の探り合いを行う時の空気だ。
出会ったばかりの二人が、どうして腹の探り合いをしている? 互いに相手の何を察している?
俺が状況を見守っていると、吹雪はおっとりした口調でこう告げた。
「三人だけで静かに話せる場を、ご用意頂けないでしょうか?」
「オッケー。じゃあ、私が経営してる支店まで行きましょうか」
パッフェル商会はこの国にも支店があるのか。随分と手を広げているんだな。
いや、そんな事はどうでも良いか。今のパッフェルの反応、恐らく吹雪の言葉を予想していた。
やはり、二人は互いに何かを知っているみたいだな。
「それじゃあ、店はこの近くだから。歩いて向かいましょうか。――あっ、ライザさん達は先に戻って貰える?」
「……承知しました。お話が終わりましたら、ご連絡をお願い致します」
パッフェルの言葉に、ライザさんは何かを飲み込む。言いたい事はあるが、言えない事情があるのだろう。
背後に大統領とその娘もいるが、二人は口を噤んでいる。何となくだが、事情を察している雰囲気を感じる。
そして、俺は状況がわからず一人――いや、メロディーと共に置いてけぼりとなっていた。
「今はパッフェルに任せる他ないか……」
「姐さんなら大丈夫じゃないですか?」
俺の不安を他所に、呑気な口調のメロディー。ニコニコと俺へと笑みを向けていた。
ただ、それがパッフェルへの信頼だと気付き、俺は自分の考えを改めた。
「うむ、そうだな。パッフェルならば問題ないか」
「何なら姐さんは、海賊船長だってやれますよ!」
海賊云々は良くわからないが、人魚族なりの誉め言葉なのだろう。
俺はそう納得すると、メロディーと手を繋ぎながら、パッフェル達の後を付いて行く事にした。




