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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第六章 サファイア共和国と天才魔導士
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虚空の神

 空に浮かぶ真っ黒な球体。それは黄金の輝きを纏い、ドクンドクンと脈打っていた。


 見上げる私は不安に駆られる。黒い太陽にも見えるのに、全てを飲み込む黒い穴にも見える。


 自ら生み出した魔法がどんな結果を齎すのか、もはや私にはまったく予想が出来なかった……。


「――っ……?!」


 黒球よりインクの様な黒い雫が零れ落ちる。それが何本も触手の様に伸びると、スルスルと大海獣クラーケンへと向かって行く。


 そして、大海獣クラーケンも大いに警戒心を見せる。十本の触手で威嚇すると共に、水障壁ウォーターバリアで自らの体を覆い隠した。




 ――バクン……。バクン……。




 目の前で起きた光景に、私はポカンと口を開く。黒い触手が触れた箇所が、食い尽くされるかの如く消え去ったのだ。


 そして、無数の穴が開いた水障壁ウォーターバリアは、力を失った様に霧散してしまう。領域守護者の魔法が、黒い触手に対して何の役目も果たさずに消えてしまった……。


『ヲオオオォォォ……!!!』


 大海獣クラーケンも焦ったのだろう。叫び声らしきものを上げると、黒い触手を振り払おうと、自らの触手をがむしゃらに振りかぶった。




 ――バクン……。バクン……。




「そんな……。嘘、でしょ……」


 互いの触手が触れ合うと、大海獣クラーケン側の触手が消滅した。斬られたとか、握りつぶされたとかではない。触れただけで、消えて無くなったのだ。


 領域守護者とは人が手出し出来ない存在。生態系の頂点に立つ絶対者のはずだった。それが一方的に消滅させられた……。


 何が起きているのか、まったく理解出来ない。ただ、恐ろしい事が起きているのはわかり、私の体は恐怖に震え出した。


 そして、それは大海獣クラーケンも同じみたいだ。敵わないと悟ったのか、背を向けて一目散に逃げだそうとしていた。




 ――ヒュン……。ヒュヒュン……。




 それは黒い触手から伸びた、高速の鞭であった。先程までの緩やかな動きでは無い。圧倒的な速度で大海獣クラーケンを捉えてしまう。


『――ギャアアアァァァ……!!!』


 大海獣クラーケンの咆哮。それはまさに断末魔の叫びであった。


 黒い鞭に捉われ、逃げられなくなったその巨体を、黒い触手がゆっくりと包み込んでいく。


 薄布のように広がった触手は、大海獣クラーケンを優しく包み込む。そして、まるで手品でも見ていたかの如く、黒い触手と共に大海獣クラーケンは姿を消した。


「パ、パッフェル様……」


 背後からの声に、私はハッとなる。そして、背後へ振り向くと、ライザさんが空を指さしていた。


 その指先を追い掛け、私は空へと視線を向ける。その先の光景を目にし、私は思わず息を飲んだ。




 ――ドクン! ドクン!




 先程まで黒球のあった場所に、何者かが存在していた。それは膝を抱えて丸まった、黒い赤子に見えた。


 その黒い赤子は、ゆっくりと手足を伸ばす。そして微かに首を傾けると、瞳を開いてこちらを見つめた。


「――なに、よ……。アレは……?」


 静かにジッと、こちらを見つめている。アレは間違いなく、私の事を見つめている。


 私は鼓動が早まり、全身から冷や汗が吹き出す。アレはゆっくりだが、こちらに向かおうとしているみたいだった。




 ――不味い、本格的に不味い……!!!




 アレが何を考えているかはわからない。だが、この場所に降り立って良いはずがない。


 アレは善性の存在と思えない。間違いなくこの地に不幸を撒き散らす存在である。


 私は震える肩を抱き、手中の杖を握り締める。出来るかどうかはわからないが、私がアレを迎え撃たないといけない。


 今回はネーレの防御も期待出来ない。それでももう一度、私は究極奥義を発動させねばならない。


「もう一度、あの現象が起きてくれるの……?」


 私の大精霊達が黄金色に輝き、膨大な魔力が溢れ出した。その結果として、アレが生まれてしまった。


 そして、アレを迎え撃つには同じ現象を起こす必要がある。何故、あんな事が起きたかわからないのに、もう一度起きる事を願うしかないのだ。


 私は両手で杖を構え、大きく深呼吸を続ける。早鐘の如く鳴り続ける心臓。それを落ち着けて、究極奥義を放てる精神状態まで持って行かなければならない。


 余り多くの時間は残っていない。失敗は絶対に許されない。それでも、私がやるしかないのだ……。


「――へっ……?」


 極限の精神状態であった私は、思わず間抜けな声を漏らす。何も無い空を見つめ、混乱で頭がバグりそうになる。


「どこに、消えたの……? さっきのアレは、どこに行ったのよ!」


 決して目を離した訳じゃない。瞬きすらしていなかった。なのにアレは消えて居なくなった。


 まさか、どこかに転移したのか? 気付いたら私の背後に居たりしないか?


 恐怖に駆られて、私は周囲を確認する。しかし、アレの姿がどこにも見つからない。




 ――ふぃっふぃ~! ふぃっふぃ~!




 唐突に鳴り響く音に、私はビクリと体を震わす。しかし、それが魔導デバイスの着信音だとすぐに気付いた。


 このタイミングで誰だと訝しく思い、私は魔導デバイスを確認する。すると、そこに表示されていたのは、我が母マリー=アマンの名であった。


 他の名前であれば後回しにしていただろう。しかし、お母さんからの電話なら、出ない訳にはいかないな……。


「……えっと、お母さん? 何か急ぎの用事?」


『私的には急ぎって訳じゃないよ。けれど、パッフェル的には急いで知りたい事かな?』


 何やら意味あり気な言い方だな。お母さんの事だし、きっと後回しにしない方が良いんだろうなぁ……。


 私は周囲の警戒を続けつつ、お母さんからの言葉に耳を傾けた。


『我が娘が天才ってのは知ってたけど、あんた創生魔法を使ったでしょ? アレに自力で辿り着くのは、神様的にも想定外だったみたいよ?』


「創生魔法……?」


 もしかして、私の使った究極奥義の事だろうか? オリジナルの魔法なだけに、そんな名前が付いてるなんて知らなかったけど……。


 とうか、お母さんの口ぶりだと、これも『神託オラクル』の効果なのだろうか? 神様が想定外って事を、当たり前に知ってる感じだし……。


『その上、あんたって自分の加護ギフトを忘れてるでしょ? 使った魔法を、ワンランクアップさせるってやつ』


「『大魔導士の才』のこと? それが、どうした……って、まさか……!」


 さっきの究極奥義も、ランクアップしてたってこと? 確かにアレも、火・水・土・風をベースにするから、『大魔導士の才』の効果範囲かもだけど……。


『創生魔法って世界を創る魔法なわけよ。それをランクアップさせると、神造魔法になるみたいね。あんたはさっき、破壊の方向性を持つ神――虚空の神を生み出しかけたのよ』


「虚空の神……?」


 神様を生み出すとか想像の斜め上過ぎる……。というか、さっきの黒い奴って神様だったの……?


『そうそう、全てを虚無へと還す神様。幸いにして、生まれるには魔力が足りなかったみたい。虚空の神自身は魔力を集めて、何とか生まれようとしたみたいだけど、それは神様達が頑張って阻止したんだって。ってか、真面目に世界が滅びかけたって、神様達も焦ったってさ!』


「いや、マジで洒落んなってないんだけど……」


 お母さんの笑い声が聞こえるが、流石にこれは笑えない。私がうっかり世界を滅ぼし掛けたとか……。


 領域守護者にも勝てる様にって、一生懸命に考えたんだけどな……。こんな結果になるとは思って無かった……。


『あ、ちなみにその魔法は禁呪指定されたから。この世界で二度と使えないから、そのつもりで居てね?』


「いや、そんな物騒な魔法はもう使わないって……」


 私は苦笑を浮かべてお母さんに告げる。ただ、チラッと脳裏を過ったのが、ソリッドの命に係わるなら別かも、という考えだったが……。


『とりあえず、虚空の神はもう消えたから。安心して良いよってのが私の用件ね』


「うん、そっか。連絡してくれてありがとうね。正直、メッチャ助かりました!」


 お母さんの連絡が無かったと思うとゾッとする。私はこの後もずっと、虚空の神の存在に怯え続ける事になっただろう。


 どこに行方をくらませたのか、探し続ける日々を過ごしただろう。そうならなくて済んだのは、ひとえにお母さんの『神託オラクル』のお陰だ。


 気付くと私は、深々とお辞儀していた。そんな自分の姿に気付いた所で、お母さんは最後に置き土産を残して行く。


『うん、それじゃあ続きも頑張ってね! この後の厄災戦が本番だからさ!』


「うん、それじゃあ……って、ちょっと待って! 厄災戦って何のことっ?!」


 しかし、既に通話は終了していた。私は慌てて掛け直すが、お母さんは出てくれなかった。


「マジか……。これで、終わりじゃないとか……」


 私は膝から崩れ落ちる。そして、ただ茫然と青い海を眺め続けた……。

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