決戦当日
港へとやって来た私達は、やや小高い場所にある灯台へと移動する。ここであれば、領域守護者が最も良く見える。
……改めて見ても、やはりデカいな。本当に島くらいのサイズはある。
ただ、大海獣クラーケンはじっとこちらを見つめるのみ。本当に何の動きも見せない。
やはり狙いはメロディーだけなんだ。それ以外に被害が出ない様に、メロディーが動くのを待っているのだろう。
「このまま見てても仕方ないわね。そろそろ始めても大丈夫かしら?」
「ええ、問題ありませんわ。国民の皆様は全て山頂へと避難済みです」
振り返った私にライザさんが応える。その顔には張り付いた笑みが浮かんでいた。
そして、私はそっと視線を彼女の背後へとずらす。その背後で展開される、目を背けたい光景を目にする。
「ネーレちゃん、可愛いっ! 最高だよ、ネーレちゃん! ああ、ラ・メールも美しいね! こんな母子の姿を再び見れるなんて……。パパは、パパはもう……!」
「も、もう、パパったら……。ちょっと感動し過ぎじゃない?」
セイレン大統領が魔導デバイスで激写している。先程からずっと号泣しながら叫び続けていた。
そんな父の姿に、ネーレは恥ずかし気に頬を染める。ただ、満更でも無いのか、ずっとニマニマと頬を緩ませているが……。
そして、ラ・メールはそんな主人の気持ちを感じ、嬉しそうに二人を見つめている。ネーレの願い故か、母性溢れる感じで優しい眼差しを向けていた。
私は再び視線をライザさんへ向ける。そして、背後の光景から意識を逸らし、真面目な口調で会話を続ける。
「ライザさんには撮影を頼んだけど……。大統領が現場に居て大丈夫なの?」
「避難しろと言っても無駄です。どんな手を使ってでも忍び込んで来ます」
そ、そうなの? 国のトップとして、それって大丈夫なのだろうか?
ただまあ、彼女が言うならそうなのだろう。部外者の私がどうこう言うべき問題では無い。
私はライザさんの握る、ハンドカメラとマイクを確認する。撮影の方も問題は無さそうだ。
そして、魔導デバイスを耳に当てると、あちらの人達にも確認を取る。
「メロディー、そっちも準備は大丈夫?」
『姐さん、もちです! 大津波が来ても、ソリッドさん抱えて泳ぎ切ってみせますんで!』
あちらのメロディーは元気な声で応える。気負った様子はまったく無かった。
まあ、水中の人魚は最強らしいしね。直接対決でもないなら、領域守護者相手でも逃げ切る自信はあるらしい。
そして、領域守護者には私とネーレが相対する。メロディーやソリッドの方へ、意識を向けさせるつもりはない。
『あっ、姐さん! ソリッドさんも話があるみたいです!』
「ソリッドから?」
正直、この件に関しては、ソリッドの出番は無い。遠距離での打ち合いにしかならず、守りはネーレに任せる予定だ。
仮に大津波が来ても、私を抱えて逃げる何て真似は出来ない。如何に彼の足であっても、逃げ切れる速度では無いだろう……。多分だけど……。
なので、このタイミングでの用事に、私はピンと来なかった。何の用件かと首を傾げていると、魔導デバイスからソリッドの声が届いた。
『パッフェル、お前はやると言った事は必ずやる奴だ。相手が領域守護者だろうと、問題無いと信じている。――だから、気負わずにやれ。それで問題が起きようと、俺が必ず守ってみせる』
「ソリッド……」
ああ、そうか。ソリッドは私を激励してくれてるんだ。
私の事を信じてくれてる。けれど、失敗しても構わない。その時は自分が何とかするから……。
――うん、ソリッドはずっとそうだった。
子供の時から、ずっと私を信じてくれた。何があっても味方であり続けてくれた。
困った時には必ず助けてくれる。私が困る事が無い為に、ずっと私を見守ってくれている……。
「……知ってるよ、ソリッド。だって私は、貴方の自慢の妹なんですもの」
『……そうか。では、俺はここで見守っている』
そう素っ気なく告げると、魔導デバイスの通話が切れた。用件が済んだとばかりに、ソリッドが切ってしまったのだ。
ただ、それは無関心だという意味では無い。私の邪魔をしない様にとの配慮だ。この後の戦いに、私が集中出来る様にと……。
「よし、やるか……」
私は一度、大きく深呼吸を行う。そして、領域守護者を鋭く睨み付け、両手を広げて静かに呟く。
「皆、お願い……。ソリッドの期待に応える為に、その力を私に貸して……」
私の強い願いに呼応し、私の大精霊達が姿を現す。水の大精霊ウンディーネ。火の大精霊サラマンダー。風の大精霊シルフ。土の大精霊ノーム。
いずれも、五百年前の厄災と戦う為、かつての四勇者と共に戦った大精霊の名だ。世界を滅ぼす厄災すらも、私の大精霊の前には打ち払われる事だろう。
『『『『――ルオォォォ……!!!』』』』
私の大精霊達も、今日は気合十分らしい。その咆哮により、空気がビリビリと振動していた。
私を囲う四大精霊。その姿を目にして、私は改めて実感する。私の愛する大精霊達は、ソリッドに匹敵する程に頼もしい存在なのだと。
「よし、やるよ! 例え相手が何者だろうと、私の敵は全て打ち払う!」
――ビリビリビリビリ……!!!
私が気合を入れると、負けじと大精霊達も吼える。しかし、それは最早人の耳で聞き取れるレベルを超えていた。
ただ空気が振動するのを肌で感じるだけ。けれど、それが逆に彼等の存在感を引き立てる事になった。
「ネーレ! ライザさん! 始めますよ!」
「「は、はい……!!!」」
視線を向けると、二人は激しく首を振っていた。大精霊達の咆哮に飲まれたのか、青い顔でガクガクと首を振っている。
流石のセイレン大統領も、今は固まって私を凝視していた。この状況でも娘を激写していたら、流石の私もキレていたかもしれない。
「さて、あちらも気付いたみたいね……」
視線を海に向けると、大海獣クラーケンに動きが見られた。十本の腕を海面に出し、こちらを威嚇する姿勢を見せている。
どうやら、私を敵として認識したらしい。取るに足らない羽虫では無く、自らの脅威である敵としてね。
「うん、良いじゃない! それじゃあ、私の本気を見せてあげるわ!」
私の力は人に向けるには強すぎる。かつての雪辱を晴らす為、腕を磨いたが披露する機会は無かった。
だが、とうとうこの時が来た。かつて敵わなかった領域守護者と、私は再び戦う機会を得たのだ。
今の私はあの時と違う。ソリッドに守られるだけの存在では無いのだ。
「――それを今から証明してみせる」
私は相棒の武器――世界樹の杖を手に取る。そして、大海獣クラーケンとの戦いを開始した。




