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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第六章 サファイア共和国と天才魔導士
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決戦前夜

 ネーレの特訓を三日で仕上げ、明日は領域守護者と対決する日だ。ここまで状況が整えば、領域守護者と言えども問題無く追い払えるはず。


 そうなると、後は政治的な駆け引きが残る。私はセイレン大統領と約束を取り付け、共にディナーのテーブルを囲む事となった。


「ライザから報告は受けております! 彼女が太鼓判を押す以上、明日の作戦に不安などありませんな!」


「ええ、領域守護者の件は何とかなりそうです。ただ、それ以外の対処について、相談が必要でして……」


 私達は共にナイフとフォークを動かす。そして、白身魚のソテーを口にする。


 流石に海産物が主産業の国である。海鮮料理は他の追随を許さない味と言える。


 私とセイレン大統領は、優雅にディナーを楽しみつつ、楽しくない会話を口にする。


「まず、国民の避難については問題ありませんか?」


「ええ、そちらは通達済みです。明日の昼には避難が完了するでしょう」


 セイレン大統領の回答に私は頷く。アッサリした口調から、特に問題は無いものと判断する。


 というか、早く対処しろと催促の嵐だったらしい。領域守護者の対処として、山頂への避難を渋る者等いるはずもない。


「映像設備の方はどうですか? 山頂にて視聴可能になりますか?」


「ええ、準備は何とか……。ただ、本当に視聴が必要なのでしょうか?」


 セイレン大統領が疑わし気な視線を向ける。その必要性について、上手く伝わっていないみたいだった。


 私は小さく嘆息する。そして、セイレン大統領へと改めて説明を行う。


「まず、全国民が山頂へと避難する訳です。私達が何をしているか不明では、彼等は不安で仕方がないでしょう。下手をすれば街の一部が水浸しになるだけでも、軽い暴動が起きてしまいます」


「むぅ……。確かに有り得ないとは言えませんが……」


 家が沈んだとしても、それは命に代えられない。だから、全国民が避難には応じるだろう。


 しかし、家が沈んだ後に、命が助かって良かったとはならない。自分達の生活の保障はどうなるのだと騒ぎになる。


「命を懸けて戦った者がいる。それを自らの目で見たかどうかは、彼等の心情を大きく変えます。後の暴動を抑える為にも、私は必要な処置であると判断します」


「言いたい事はわかります。ただ、撮影設備にリソースを割くより、バリケード等の防衛に力を割く方が重要とも思うのです……」


 セイレン大統領は私の説明に難色を示す。これは彼が軍人だった頃の、名残なのかもしれない。


 被害を最小限に食い止める為に、軍人ならば防衛に力を入れる。通常の魔獣が相手であれば、それが間違っている訳では無いだろう。


「では逆に問いますが、領域守護者からの被害を想定出来ますか? どの程度の防備を整えれば、被害を食い止められると考えているのでしょうか?」


「領域守護者からの被害か……。確かにそれは、想定出来る物でありませんな……」


 渋々ではあるが、セイレン大統領が納得する。軍人をどれだけ稼働させても、十分と言える対策が思いつかなかったのだろう。


 なので、私はセイレン大統領の説得に力を入れる。ここが攻め時だと、持論を次々と展開する。


「だからこそ、上手く行けば全てが救える。そうでなければ、人命を最優先とする……。今回はオール・オア・ナッシングが最適解となるのです! 中途半端な防備に力を割くより、全てが上手く行っても、上手く行かなくても、国民の納得出来る状況を整える! それこそが、今のセイレン大統領にとって、最善の選択肢であると提案している訳です!」


「な、なるほど……。パッフェル殿の言葉には、説得力がありますな……」


 私の勢いに負けたのか、セイレン大統領は納得した表情を浮かべる。ただし、それはこれ以上の議論は無意味と言う、諦めの色も含んでいる。


 しかし、それでは困るのだ。今後も私の協力者であって貰う為にも、彼には心から私に感謝して貰う必要があるのだから。


「あと、ライザさんから聞いていませんか? ネーレの契約した水の大精霊について?」


「ラ・メールと言う名を付けたらしいですな。その大精霊が、どうかされましたかな?」


 おや? どういう事だろうか?


 ライザさんからセイレン大統領への報告は許可してある。ならば、この辺りは伝わっていると思ったのだけれど?


 私は不思議に思って首を傾げる。ただ、話を進めるためにも説明を続ける。


「ネーレの望みは、亡くなったお母様の意思を継ぐ事です。ですので、その願いにラ・メールは応え、自らの姿を亡き奥様のものとしたのです」


「――なっ……?!」


 セイレン大統領は驚きの余り、手のナイフとフォークを落とした。カランという音がフロアに響く。


 やはり、この辺りの情報は伝わっていないらしい。私は怪訝に思いつつも、プレゼンに力を注ぐ。


「母の姿をした水の大精霊が、ネーレと共にこの国の為に立つ。そんな姿に国民の多くが感動を覚えるでしょう。そして、彼女を『水の勇者』として褒め称えるはずです。そんな彼女の晴れ姿を、映像に残さずどうすると言うのでしょうか?」


「ネーレと……。マリリンの姿だと……?」


 この案件は元々、ネーレを活躍させる事も含まれていた。その事はセイレン大統領も認識済みのはずである。


 勿論、それだけなら映像までは不要かもしれない。美談として、人々の口上で伝わるだけでも十分だろう。



 ――ただし、それでは私が満足しない。



 これ程の厄介事を片付けるのだ。私としても、それ相応の報酬を頂きたいのである。


 具体的には、私の最終奥義を世に知らしめる。国すら落とせる私の究極魔法に、全ての国々を震え上がらせてやろうと考えている。


 そうすれば、魔王軍相手の活躍とは次元が違う。全世界の権力者が私を畏怖する事となる。


 人では手出しできないとされた領域守護者。その相手を出来る存在に、人々は決して手を出そうと思わないだろう。


 その為にも、セイレン大統領には私達の戦いを撮影し、全世界残る記録として……。




 ――バンッッッ……!!!




 唐突に机を叩き、セイレン大統領が立ち上がる。余りにも突然過ぎて、私は心身ともに固まってしまう。


 何事かと思い、私はセイレン大統領に視線を向ける。すると、彼は身を震わせ、号泣し始めた。


「うおおおぉぉぉ! ネーレとマリリンの並ぶ姿っ……! 見たい、見たいに決まっている! 今行くぞ、ネーレ! 国民の誰よりも先に、この私がっ……!」




 ――ヒュッ……。スコン……。




「――えっ……?」


 微かに風を切る音が聞こえ、その後にセイレン大統領が事切れた。糸の切れた人形の如く、カクンと地面に崩れ落ちたのだ。


 私は慌ててテーブルを離れる。しかし、床に倒れるセイレン大統領は、ライザさんにより抱き留められていた。


「え? ライザさん? あれ、いつの間に……?」


 このフロアには、私とセイレン大統領の二人っきりのはず。ボディーガードが居るには居るが、それは扉の外で待機している。


 私が混乱していると、ライザさんが大きく息を吐く。そして、疲れた口調で語りだした。


「やはり、伝わってしまいましたか……。出来る事なら、事前に知られたくは無かったのですが……」


「どういう、事でしょうか……?」


 余りにも落ち込む姿に、私は躊躇いがちに問い掛けた。すると、ライザさんは諦めた眼差しを私に向けた。


「セイレン大統領は、家族を溺愛しております……。先程のパッフェル様の言葉を聞き、もう明日は使い物にならなくなりました……」


「使い物にならない……?」


 ライザさんの言葉の意味がわからない。家族を溺愛して何が悪いのだろうか?


 それとも、今になってネーレの参戦を止めると言うのだろうか?


 状況がわからず戸惑う私に、ライザさんは乾いた笑みと共にこう告げた。


「まあ、明日になればわかりますよ……」


「そ、そうですか……」


 ぐったりと項垂れ、疲れた表情のライザさん。今の彼女に対して、私は掛ける言葉が思い付かなかった。


 これ以上は相談も何も出来無いだろう。私は遠慮がちに、ライザさんへと挨拶をした。


「私はその、もう帰りますので……。後はお願いして良いんですよね?」


「ええ、後の事はお任せ下さい……」


 こちらを見上げ、乾いた笑みを浮かべるライザさん。私は無言で頷き、その場を後にした。


 きっとこれは踏み込んじゃダメな奴だ。明日になればわかると言うし、今日の所はおさらばしよう。


 それが問題の先延ばしだとしても、少なくとも今日は心穏やかに眠れるのだから……。

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