修行二日目
私は魔導デバイスを耳に当て、通話相手へと問いかける。
「つまり、クラーケンは二つ以上の魔法を同時に使えない。使うのは大津波か水障壁の二種類ってわけね?」
『うん、そうだよ! 私達人魚であれば、二人以上で組めば余裕の相手ってわけ!』
私の通話相手は人魚のメロディーだ。領域守護者の対策として、少しでも情報が欲しくて電話したのだ。
ちなみに、あっちの魔導デバイスはライザさんが用意した物。ソリッドも会話出来る様に、バッテリー搭載の物を送り届けて貰った。
「それは領域守護者になっても変わらないと思う?」
『うん、そうだね! 私達の女王様も、その辺りは変わらないみたいだし!』
ご機嫌さが滲み出る声で、メロディーが応えてくれる。ここまで情報が出揃うと、対策もグッと楽になってくるな。
流石は海の生態系で頂点なだけはある。クラーケンが好物と言うだけあり、有益な情報もバンバン出てくる。
ちなみに、彼女がご機嫌な理由はソリッドにある。昨晩は同じテント内で、添い寝して貰ったらしい。
今の彼女はソリッドにとって妹ポジ。妹に強請られ、仕方ないなと添い寝を了承したのだろう。
女とは見ていないので一線を越える事は無い。とはいえ、本来そのポジは私のものなのだが……。
有益な情報との引き換えとはいえ、私の内心は複雑な心境だ。それをグッと抑えて、メロディーへと伝言を頼む。
「早ければ明後日にはケリが付くから。それまで待機って、ソリッドにも伝えておいて」
『姐さん、わっかりました~! こっちは何日だってオッケーですんで~♪』
そして、何故だか私もメチャクチャ懐かれている。というか、何故かメロディーが舎弟ムーブを取っている。
ソリッドを側に置いたから? それとも、食料や生活用品を諸々用意させたから?
協力的なのは助かるんだけどな~。いざという時に、切り捨てずらいのが問題なんだよなぁ……。
私は内心で嘆息し、メロディーとの通話を切る。そして、目の前の相手へと話し掛けた。
「こっちはこっちで順調みたいね。貴女の大精霊も応えてくれてるみたいだし」
「はい、呼び掛けに応えてくれる様になりました! これも師匠のお陰です!」
……は? 師匠?
ってか、お前誰だよ? 何でそんなキラキラした目で、私の事を見つめてんの?
輝くネックレスを手に掲げ、私をじっと見つめるネーレ。昨日までとの態度の差に、私は戸惑いながら問い掛けた。
「えっとね……。どうして、私が貴女の師匠になるわけ?」
「どうしても何も、精霊魔法の師匠じゃないですか! それに師匠自身も、大精霊の皆さんにそう紹介しましたよね!」
……ああ、そういや紹介したな。友達とは言いたく無くて、咄嗟に私の弟子だって。
だって、そう紹介しないと、大精霊が仲良くしてくれないし。大精霊の協力が無いと、ネーレの修行に時間が掛かってしまう訳だし……。
言葉のチョイスを誤ったかもしれない。そう内心で思いながらも、私はネーレへと微笑みかけた。
「取り敢えず、師匠は止めよっか? 私が貴女に教えるのは、今回限りな訳だし……」
「嫌です! 私はやっと運命の人に出会えたんです! 例え離れ離れになろうとも、私の心の師匠はパッフェル様だけなんです!」
――め、面倒くせぇぇぇ! 意地でも譲らないって目をしてるんだけどぉぉぉ!
私は他人の面倒何て見たくないの! 私とソリッドが幸せなら、それだけで良いって人なのよ!
ハーフリンク族の従業員達はまだ良い。あっちはビジネスライクな関係と割り切っている。
けど、こっちは絶対にそんな感じじゃない。困った事があったら、絶対に私に頼って来る奴である。
キッパリと断りたいけど、今それを言ってしまうとなぁ……。ネーレ自身だけでなく、大精霊の皆にそっぽを向かれても困るしなぁ……。
私は色々な損得勘定を脳内で走らせる。そして、最終的な結論として、問題を先送りにする事を決定した。
「そういえば、ネーレに注意事項を伝え忘れていたわね。精霊魔法を使える様になったら、それ以降はこれまでの魔術が使えなくなるから」
「え? 魔術が使えなくって……。全ての魔術がですか?」
ポカンと口を開くネーレ。私はそんな彼女にコクリと頷き返した。
「大精霊って実は嫉妬深いの。深く絆を結んだら、他の精霊を追い払ってしまうのよ。だから、下位の精霊を行使する魔術は使えなくなるの」
「……わかりました! どちらにせよ、精霊を奴隷化する魔術は、もう使うつもりはありません!」
力強い眼差しで、私へと宣言するネーレ。そんな彼女の姿に、私の四大精霊達も、彼女の周りで喜びの感情を見せていた。
そして、ネーレの手元のペンダントも同じだ。自らの意思を主張する様に、チカチカと激しく点滅を繰り返している。
「それと、今のネーレは大精霊と仮契約を行ってる状態なの。貴女の大精霊が具現化するには、貴女の名付けが必要となるわ。明日までにその子の名前を、考えておいてね」
「大精霊の名前……。私が付けて良いんですか……?」
ネーレは手元のペンダントに視線を落とす。すると、ペンダント嬉しそうに淡い光を、優しく放っていた。
「付けて良いんじゃない。貴女にしか出来ない事なの。大精霊が加護を与えらえるのは生涯に一人だけ。その加護を受けた人間だけが、大精霊を一個の存在と認めてあげられるの」
「一個の存在として認めてあげる……」
以前にも話したが、大精霊とは自然の具現化。大きな力を持つだけの、自然現象でしかないのだ。
それが自我を得るのは、名前を付けられてから。加護を与えられた人間に認められ、初めて自我を確立出来るのである。
ある意味で、契約者は大精霊の友であり親でもある。その自我を育てるのに必要な、パートナーでもあるのだ。
「ネーレは自分の大精霊にどうあって欲しい? その願いにを込めて、名前を付けてあげて」
「私の願いを込める……。わかりました。考えてみます!」
嬉しそうに微笑み、私を見つめるネーレ。その姿に、かつての私を思い出す。
私もエルフの師匠に同じ事を言われ、そしてこの子達に名前を付けた。かつて神によって名付けられた、偉大な大精霊の名をこの子達に与えたのだ。
決して誰にも負ける事のない強い存在。そして、世界の全てを守れる程に、強大な存在であって欲しいと言う願いを込めた。
その影響もあってか、私は大規模な殲滅系魔法しか使えないんだけどね……。出来ればネーレは私に似ず、攻撃的ではない願いを込めて欲しいものだ……。
「まあ、後はこの子次第だけど……」
私はペンダントに視線を落とす。淡く輝くアクアマリンには、確かに大精霊の気配が感じられた。
きっと、今はこの子も焦っているんだろうな。早くネーレに認めて欲しいと、必死に自分からアピールしているはずだ。
と言うのも、今までこの子は拗ねていた。自分に気付かず、下位の精霊ばかり使うネーレを面白く思っていなかったのだ。
しかし、私の四大精霊が現れ、ネーレの友になってしまった。この子は下手したら自分は、いらない子のまま終わってしまうと焦った訳だ。
それと同時に、ネーレが自分に気付いて語り掛けて来た。このチャンスを逃すものかと、今は必死になってその呼び掛けに応え始めた。
本来は時間を掛けて関係を深めるものだけど、今の私達には時間が無い。だから、互いに必死に求め合う環境を作ったのである。
「……うん。この調子なら大丈夫そうだね」
ネーレは付き物が落ちたみたいにスッキリした顔をしている。そして、素直で真摯に修行へと取り組んでいる。
大精霊はその感情をダイレクトに感じているはずだ。必死に自分を求める声を、無視出来るはずが無い。
だって大精霊だって、必要とされると嬉しいのだ。その生涯でたったの一度、人の為に力を振るえる時間なのだから。
私はそんなネーレの姿を見て微笑む。そして、次なる算段の為に、ライザさんへと打ち合わせの電話を掛けるのであった。