ネーレの妬み
ネーレの修行が始まった。その第一歩は、精霊と意思疎通が可能になることである。
ただし、これは感覚的なものなので、すぐに出来る様にはならない。長い時間を掛けて、その存在を感じられる様になる必要がある。
――本来ならば、の話だが……。
サファイア共和国は経済が止まり、経済的に死にそうな状況にある。その為、ネーレの修行に何日も掛ける訳にはいかないのだ。
その時間を短縮する為、私は滅多に実行しない――否、出来ない手法を取ることにした。
「みんな、出て来て!」
私の呼び掛けに応じて、4つの力が具現化する。火・水・土・風の大精霊が、私の周囲で人型の姿で現れた。
「私のとも――弟子のネーレよ。みんなも仲良くしてあげてね!」
『『『『――っ……♪』』』』
私の言葉に応え、大精霊達が動き出す。ネーレの傍に移動すると、その姿を確かめる様にグルグル周囲を回り出した。
「え? え? これって、一体……?」
ネーレは大精霊達に取り囲まれ、その存在感に気圧されている。息をするのも忘れて、身を小さくしてしまっている。
ちなみに、ライザさんが居れば目を輝かせていた事だろう。しかし、この場に彼女の姿は無かった。
今日中に修行が終わらないので、彼女にはソリッドの元へと向かって貰っている。数日過ごせる食料と、寝泊まりの為のテントを運んで貰っているのだ。
「大丈夫よ。危害を加える事は無いから、この子達とも友達になってあげて」
「だ、大精霊と、友達って……」
ネーレは涙目になりながら、私に助けの視線を向けている。私は近くにいる火の大精霊へと手を伸ばした。
それに気付いた彼女は、嬉しそうに手を伸ばす。そして、炎のその腕を、私の腕へと絡ませてきた。
「――あぶないっ! って、燃えてない……?」
「燃えないわよ。この子が燃やそうと思わない限りね」
私が両手を広げると、火の大精霊が抱き着いて来た。頬ずりまでして来るが、それによって私の頬が焦げたりはしない。
「大精霊はとても賢いから、人間の大人と同じ位の知能はあるわ。だから、友達を傷付ける真似は決してしないの」
「そ、そうなんだ……」
私の言葉を聞いて、ネーレは恐る恐る手を伸ばす。すると、側に居た風の大精霊が、彼女の手とハイタッチを行った。
その反応に安堵したのだろう。ネーレは頬を綻ばせる。そして、落ち着いた様子で他の大精霊達へと視線を這わせた。
「大精霊はとても賢い。そして、自分達がとても強い事を知っている。だから、普段は人前に姿を現したりしないのよね」
「それは、どうして……?」
ネーレは不思議そうに首を傾げる。人懐っこいこの子達の姿を見て勘違いをしたのだろう。
「大精霊は自然の具現化。本来は決められた役目を全うするだけの存在。そうでなければ、世界に大きな力で混乱を招いてしまう。――それに、それを利用しようとする者達が現れてしまうからね」
「利用しようとする者達……」
白神教の『勇者』はまだ良い方だ。アレは平和の象徴という意味合いが強い。その力は悪用出来るものでは無いからね。
けれど、白神教の管理外で、大精霊の力が利用出来るとしたら? それを権力者達が野放しにするだろうか?
その可能性が考慮出来るからこそ、精霊達は人前に現れない。姿を見せるとしたら、それは精霊を崇拝している、エルフ族の前だけなのである。
「そんな訳で、これまで精霊の気配を感じた事が無いでしょ? この子達を見て、触れて、精霊の存在を身近に感じられる様になることね。それが精霊と交信する近道だからさ?」
私はキメ顔でニッと笑う。先輩として少し良い面を見せようと思った次第だ。
けれど、それと同時に大精霊達が揉め始めた。火の大精霊が私に抱き着いたままなので、他の大精霊達が嫉妬してしまったらしい。
気付くと取り合いが始まり、大精霊に揉みくちゃされる私。私は慌てて全員とハグして、何とか彼等の機嫌を取る。
そうやって、何とか彼等が落ち着き始めた所で、今度はネーレが不機嫌そうに問いかけて来た。
「……どうして? どうして、貴女みたいなエリートが、私なんかに親切にするんですか?」
ネーレは手中のペンダントを握り締める。しかし、彼女の精霊が反応を返す事は無かった。
以前に比べれば抑えているのだろう。けれど、その言葉からは憎しみが滲み出ていた。
思う様に行かない自分の境遇。それに対して、自分の欲しい物を全て持っている私。
今の彼女からすれば、そういう風に見えてしまうんだろうね……。
「……私って十歳の時に、一度見捨てられたのよね。この子は魔術が使えない『外れ』だって」
「――えっ……?」
ネーレが顔を上げる。何を言われたかわからないと、キョトンと私を見つめていた。
「四大属性の魔法を、ランクアップして使える加護を持ってる。なのに魔術を使えない『外れ』の子。宝の持ち腐れだって、魔術師ギルドに入れても貰えなかったわ」
「え、そんな……。だって、さっきは……」
今でこそ私は大魔導士として名声を轟かせている。この世界に私を知らぬ者は居ないと言っても過言ではない。
そして、世の人々はそんな輝かしい私しか知らない。この世界に絶望し、全てを敵と見放した私を、世の人々は知らないのだ。
「それでもソリッドは、私を信じ続けてくれた。きっと手があるって、エルフの師匠を見つけ出してくれたの。そのお陰で、私は精霊魔法を習得して、大魔導士って呼ばれるまでになったわ」
「そんなの、嘘よ……」
ゆるゆると首を振るネーレ。それは彼女の見ていた私と、余りにも違う世界だったのだろう。
一度は妬み、恨んだ相手が、自分より酷い境遇にあった。そんな真実を認めたくないのだろう。
「私がエリートですって? 笑わせないでよ。私は田舎出身の農家の娘。一度は皆から見捨てられた落ちこぼれよ? そんな私がエリートだって言うの?」
「あ、あぁ……」
ネーレはボロボロと涙を零す。自分の過ちに気付いたからだ。
私の事を何も知らず、勝手な思い込みで恨んでしまったのだと……。
「私はね。ソリッドが信じてくれた。その期待に応える為に、ここまで這い上がって来たの。誰に何を言われようとも、妬みも恨みも全て受け止め、泥の中から這い上がって来たのよ」
「ごめ、なさい……。ひっく……。酷い態度、たくさん取って……」
ネーレは嗚咽を漏らす。ただただ泣きながら、私に対して謝り始めた。
しかし、私はネーレに謝って欲しい訳じゃない。その為に、こんな話をした訳じゃないんだ。
私はネーレの肩を強く握る。そして、驚きで顔を上げた彼女に、微笑みながら尋ねた。
「私にとってのソリッドが、貴女にとっては父親であり、ライザさんなんでしょ? だからこそ、その期待に応えられない事が悔しいんだよね?」
「――っ……?!」
私の言葉にネーレは目を見開く。そして、クシャクシャに顔を歪め、涙ながらに何度も頷いた。
「私に任せておきなさい。そして、一緒に見返してやりましょう。ネーレ=ヴォーダーは『水の勇者』。――そして、この国の救世主だって、皆に認めさせてやるのよ」
「ぐすっ……。ばぁい! やっで、やりばすっ!」
酷い顔で泣き続けるネーレ。そんな彼女の頭を、私はポンポンと優しく叩く。
ソリッドならば真顔で対応するんだろうね。けれど私は、柄にもない態度のせいで、背中がむず痒くなってしまう。
問題解決に必要とはいえ、慣れない事はするものじゃないわね。私は内心で苦笑しつつ、ネーレの事を慰め続けた。




