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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第六章 サファイア共和国と天才魔導士
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人魚の少女

 ソリッドの案内に従って、私達は四輪魔導車で移動する。そして、辿り着いたのは人気のない入り江であった。


 車から降りた私達は、更にソリッドの案内で岩場を進む。何故だか彼にだけは、助けを求める歌とやらが聞こえるらしいのだ。


「あそこだな。あの岩陰に人の気配がする」


「こんな所で? 魔物なら出そうだけど……」


 私は半信半疑でソリッドに続く。その後ろには、強張った表情のライザさん。何やら緊張した様子だが、先程からずっと沈黙を貫いている。


 ライザさんの事は気になるが、一先ずは様子を見守る。彼女は状況判断が出来る人だ。必要と判断すれば、自ら口を開くだろうからね。


「――止まれ。歌が止んだ。こちらに気付ているな」


 ソリッドは私達にストップをかける。そして、自身は一歩前に出ると、岩場に向かって声を掛けた。


「助けを呼んだのは君か? 困っているなら、俺が力になろう」


 ソリッドの声に反応し、岩陰からヒョコっと顔を出す者がいた。それは一人の少女であった。


 年齢は恐らく十三歳程。まだ幼さの残る、未成年の少女である。髪の色は珍しい桃色。瞳の色は青だ。


 彼女はソリッドの姿を見ると大きく目を見開く。そして、怯えるかと思ったら、意外な事に瞳を輝かせている。ソリッドに向かって手招きまでしていた。


「ふむ、どうやら彼女で合っているな。それでは話を聞きに行くか」


「――あっ……! ソ、ソリッド様は少しお待ちを……!」


 スタスタと先頭を歩くソリッドに、慌てた口調でライザさんが声を掛ける。


 しかし、ソリッドの速度は常人を超えている。既に少女との距離を、かなり詰めていた。


 ソリッドは足を止めて、不思議そうにライザさんに視線を向ける。ただ、それと同時に、岩場の少女が叫び声を上げた。


「――好きです! 付き合って下さい!」


「「「――っ……⁉」」」


 突然の告白に私達はギョッとなる。そして、岩場の少女へと視線を向けた。


 何故か少女は恋する乙女の顔であった。胸元で手を重ね、ソリッドの返事を待っている。


「――ごほっ、ごほっ! 何だこの甘ったるい空気は……?」


 まったく状況がわからないが、急にソリッドが咳き込み出した。そして、不快そうな表情で、パタパタと手を振っている。


 そんなソリッドの様子に、岩場の少女がポカンと口を開く。それと同時に、ライザさんまで驚きで目を見開いていた。


「え? え? どういうことっ⁉」


「……ソリッド様? 正気ですか?」


 何やらライザさんが失礼な事を言い出した。ソリッドは不思議な行動をよく取るが、いつだって正気でやっている。


 しかし、ソリッドは何かを察したらしい。岩場の少女を警戒しつつ、ライザさんへと視線を向けた。


「……もしや、俺は何かされたのか?」


「ええ、私の予想が正しければ……。先程のは『魅了の声(チャームボイス)』かと……」


 『魅了の声(チャームボイス)』……? って、『魅了の声(チャームボイス)』……?!


 なら、あの少女は人魚ってこと……?! 何で魔族である人魚が、こんな所に居るのよ!


 私と同じ考えに至ったのだろう。ソリッドも驚いた様子で少女に視線を向けていた。


 すると、ライザさんは戸惑った表情で、自信無さげに言葉を続けた。


「人魚族は女性だけの種族……。そして、男性を魅了する事に特化した種族です……。本来なら有り得ない事なのですが……。ソリッド様はその魅了を、抵抗レジストしたみたいですね……」


 人魚の悪名は私も知っている。海辺に近寄る男性が居れば、魅了して海へと引き釣り込むと。


 それ故に、人魚の存在はあらゆる場所で警戒されている。街の近くに出現すれば、女性が総出で人魚狩りを実施する程である。


 もし彼女が人魚ならば、ライザさんの警戒は理解出来る。彼女の立場上、無視する訳にはいかない脅威である。


 ただ、どうしてここまで、それを黙っていたのかは不明であるが……。


「と、とりあえず事情を聴きましょう! ソリッド様は大丈夫みたいですし、三人で彼女の元へと向かいましょう!」


「……ええ、そうね。事情を聴かないと、何も判断出来ないしね」


 ソワソワした様子で、何かを誤魔化すライザさん。私は視線で貸し一つだと伝える。その視線を受けて、彼女は泣きそうな表情で肩を落としていた。


 そして、ソリッドなら平気というのは私も同意である。彼は普通の人間では無いし、レベル差があり過ぎてスキルが通じないのだろう。


 少女は涙目になりながらも、ソリッドに縋る視線を向けている。彼からであれば、あの少女もある程度は口を割りそうだしね。


「それじゃあ、ソリッド。事情聴取をお願い出来る?」


「俺で良いのか? ……いや、その方が良さそうだな」


 初めは驚くソリッドだったが、少女の視線に気付いたみたいだ。彼女は先程から、ソリッドの事しか見ていないのだ。


 ソリッドは普段だと、初見の人にはまず怯えられる。それも相手が女性の場合、特に忌避される傾向にある。


 しかし、最近になって私にもわかって来た事がある。ソリッドに対する怯えは、人族にのみ限定の事象ではないかと……。


「……そこの君。少し話を聞かせて貰えないか?」


「ご、ごごご、ごめんなさい! 一目惚れだったの! すっごくカッコ良いから、思わずスキルが出ちゃったんです! 規則違反だってわかってるけどど、投獄しないで欲しいです~!」


 唐突に泣き出す少女。ソリッドは思わずその場で足を止めてしまう。


 未成年の少女を泣かせたと思ったのか、ソリッドはフリーズしてしまっている。そんな彼に対して、少女はなおも弁明らしき言葉を連ねていた。


「ぐすっ……。本当に違うんです……。私は真面目な人魚なんです……。不良人魚みたいに、規則違反なんてしたことなくって……。えぐっ……。これが初めてのことで……」


「わ、わかった! 俺は君を責めたりしない! だ、だから、泣き止んで貰えないだろうか……?」


 しゃがみ込んで、メソメソと泣き続ける少女。そんな少女に対して、ソリッドは近寄りオロオロと声を掛けている。


 ……何だか話が進まない雰囲気になって来た。


 私はライザさんに視線を向けると、あちらも困った様子でこちらに視線を向けていた。


 私は大きく息を吐く。そして、パンパンと手を鳴らしながら、二人の間に割って入る。


「はいはい、それじゃあ一度仕切り直しましょう。真面目な人魚さんなら、私達とちゃんとお話しできるよね?」


「ぐすっ……。はい、できますぅ……」


 少女は顔を上げると、コクリと頷いた。まだ涙は零れているが、何とか話し合いにはなりそうであった。


 そして、私は彼女に近付いて初めて気付く。彼女の下半身は海中にあり、その部分がピンク色の魚のものであることに。


 ああ、やはり人魚なんだと納得する。それと同時に、人魚がどういう種族なのかを理解した。


「私と同じ位に童顔……。なのに、この格差は何なの……?」


 顔立ちだけなら、私と彼女は同年代に見えるだろう。しかし、その胸には圧倒的な格差があった。


 実年齢が十八歳の私と、恐らく見た目通りに十三歳程の少女。私にはただ絶望しか無かった……。


「うん、大丈夫……。だからどうって事は無いんだから……」


 私はそっと視線を逸らす。ビキニの水着に覆われた、その豊満な彼女の胸から。


 そして、大きき深呼吸をした後に、気持ちを切り替えて事情聴取を開始した。

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