人魚の少女
ソリッドの案内に従って、私達は四輪魔導車で移動する。そして、辿り着いたのは人気のない入り江であった。
車から降りた私達は、更にソリッドの案内で岩場を進む。何故だか彼にだけは、助けを求める歌とやらが聞こえるらしいのだ。
「あそこだな。あの岩陰に人の気配がする」
「こんな所で? 魔物なら出そうだけど……」
私は半信半疑でソリッドに続く。その後ろには、強張った表情のライザさん。何やら緊張した様子だが、先程からずっと沈黙を貫いている。
ライザさんの事は気になるが、一先ずは様子を見守る。彼女は状況判断が出来る人だ。必要と判断すれば、自ら口を開くだろうからね。
「――止まれ。歌が止んだ。こちらに気付ているな」
ソリッドは私達にストップをかける。そして、自身は一歩前に出ると、岩場に向かって声を掛けた。
「助けを呼んだのは君か? 困っているなら、俺が力になろう」
ソリッドの声に反応し、岩陰からヒョコっと顔を出す者がいた。それは一人の少女であった。
年齢は恐らく十三歳程。まだ幼さの残る、未成年の少女である。髪の色は珍しい桃色。瞳の色は青だ。
彼女はソリッドの姿を見ると大きく目を見開く。そして、怯えるかと思ったら、意外な事に瞳を輝かせている。ソリッドに向かって手招きまでしていた。
「ふむ、どうやら彼女で合っているな。それでは話を聞きに行くか」
「――あっ……! ソ、ソリッド様は少しお待ちを……!」
スタスタと先頭を歩くソリッドに、慌てた口調でライザさんが声を掛ける。
しかし、ソリッドの速度は常人を超えている。既に少女との距離を、かなり詰めていた。
ソリッドは足を止めて、不思議そうにライザさんに視線を向ける。ただ、それと同時に、岩場の少女が叫び声を上げた。
「――好きです! 付き合って下さい!」
「「「――っ……⁉」」」
突然の告白に私達はギョッとなる。そして、岩場の少女へと視線を向けた。
何故か少女は恋する乙女の顔であった。胸元で手を重ね、ソリッドの返事を待っている。
「――ごほっ、ごほっ! 何だこの甘ったるい空気は……?」
まったく状況がわからないが、急にソリッドが咳き込み出した。そして、不快そうな表情で、パタパタと手を振っている。
そんなソリッドの様子に、岩場の少女がポカンと口を開く。それと同時に、ライザさんまで驚きで目を見開いていた。
「え? え? どういうことっ⁉」
「……ソリッド様? 正気ですか?」
何やらライザさんが失礼な事を言い出した。ソリッドは不思議な行動をよく取るが、いつだって正気でやっている。
しかし、ソリッドは何かを察したらしい。岩場の少女を警戒しつつ、ライザさんへと視線を向けた。
「……もしや、俺は何かされたのか?」
「ええ、私の予想が正しければ……。先程のは『魅了の声』かと……」
『魅了の声』……? って、『魅了の声』……?!
なら、あの少女は人魚ってこと……?! 何で魔族である人魚が、こんな所に居るのよ!
私と同じ考えに至ったのだろう。ソリッドも驚いた様子で少女に視線を向けていた。
すると、ライザさんは戸惑った表情で、自信無さげに言葉を続けた。
「人魚族は女性だけの種族……。そして、男性を魅了する事に特化した種族です……。本来なら有り得ない事なのですが……。ソリッド様はその魅了を、抵抗したみたいですね……」
人魚の悪名は私も知っている。海辺に近寄る男性が居れば、魅了して海へと引き釣り込むと。
それ故に、人魚の存在はあらゆる場所で警戒されている。街の近くに出現すれば、女性が総出で人魚狩りを実施する程である。
もし彼女が人魚ならば、ライザさんの警戒は理解出来る。彼女の立場上、無視する訳にはいかない脅威である。
ただ、どうしてここまで、それを黙っていたのかは不明であるが……。
「と、とりあえず事情を聴きましょう! ソリッド様は大丈夫みたいですし、三人で彼女の元へと向かいましょう!」
「……ええ、そうね。事情を聴かないと、何も判断出来ないしね」
ソワソワした様子で、何かを誤魔化すライザさん。私は視線で貸し一つだと伝える。その視線を受けて、彼女は泣きそうな表情で肩を落としていた。
そして、ソリッドなら平気というのは私も同意である。彼は普通の人間では無いし、レベル差があり過ぎてスキルが通じないのだろう。
少女は涙目になりながらも、ソリッドに縋る視線を向けている。彼からであれば、あの少女もある程度は口を割りそうだしね。
「それじゃあ、ソリッド。事情聴取をお願い出来る?」
「俺で良いのか? ……いや、その方が良さそうだな」
初めは驚くソリッドだったが、少女の視線に気付いたみたいだ。彼女は先程から、ソリッドの事しか見ていないのだ。
ソリッドは普段だと、初見の人にはまず怯えられる。それも相手が女性の場合、特に忌避される傾向にある。
しかし、最近になって私にもわかって来た事がある。ソリッドに対する怯えは、人族にのみ限定の事象ではないかと……。
「……そこの君。少し話を聞かせて貰えないか?」
「ご、ごごご、ごめんなさい! 一目惚れだったの! すっごくカッコ良いから、思わずスキルが出ちゃったんです! 規則違反だってわかってるけどど、投獄しないで欲しいです~!」
唐突に泣き出す少女。ソリッドは思わずその場で足を止めてしまう。
未成年の少女を泣かせたと思ったのか、ソリッドはフリーズしてしまっている。そんな彼に対して、少女はなおも弁明らしき言葉を連ねていた。
「ぐすっ……。本当に違うんです……。私は真面目な人魚なんです……。不良人魚みたいに、規則違反なんてしたことなくって……。えぐっ……。これが初めてのことで……」
「わ、わかった! 俺は君を責めたりしない! だ、だから、泣き止んで貰えないだろうか……?」
しゃがみ込んで、メソメソと泣き続ける少女。そんな少女に対して、ソリッドは近寄りオロオロと声を掛けている。
……何だか話が進まない雰囲気になって来た。
私はライザさんに視線を向けると、あちらも困った様子でこちらに視線を向けていた。
私は大きく息を吐く。そして、パンパンと手を鳴らしながら、二人の間に割って入る。
「はいはい、それじゃあ一度仕切り直しましょう。真面目な人魚さんなら、私達とちゃんとお話しできるよね?」
「ぐすっ……。はい、できますぅ……」
少女は顔を上げると、コクリと頷いた。まだ涙は零れているが、何とか話し合いにはなりそうであった。
そして、私は彼女に近付いて初めて気付く。彼女の下半身は海中にあり、その部分がピンク色の魚のものであることに。
ああ、やはり人魚なんだと納得する。それと同時に、人魚がどういう種族なのかを理解した。
「私と同じ位に童顔……。なのに、この格差は何なの……?」
顔立ちだけなら、私と彼女は同年代に見えるだろう。しかし、その胸には圧倒的な格差があった。
実年齢が十八歳の私と、恐らく見た目通りに十三歳程の少女。私にはただ絶望しか無かった……。
「うん、大丈夫……。だからどうって事は無いんだから……」
私はそっと視線を逸らす。ビキニの水着に覆われた、その豊満な彼女の胸から。
そして、大きき深呼吸をした後に、気持ちを切り替えて事情聴取を開始した。