プロローグ
何もない真っ白な空間の中、一人の女性が真っ直ぐに歩く。その女性の髪は長く白い。そして、来ている着物も真っ白であった。
彼女は落ち着いた雰囲気の大人の女性だった。そして、優しく穏やかな視線を、目の前の相手に向けていた。
視線の先にいるのは真っ黒な女性だった。長い髪は真っ黒であり、来ている着物も真っ黒。対峙する女性に酷似する顔立ちだが、その色だけは正反対である。
「これ、妹よ。姉上が目を覚まされたぞ?」
「あ、そうなんだ! じゃあ、地上の事を話し合うんだね?」
妹の問い掛けに姉は頷く。そして、その視線を何もない上空へと向ける。
「此度の厄災は実に厄介じゃ。千年前の厄災すらも超える物であろう」
「うんうん! 私達の助けが必要って事だよね!」
嬉しそうに合いの手を入れる妹に、姉は優しい眼差しを向ける。そして、再び空を見上げながら、誰かに向かって語り掛ける。
「ワシと妹のみでも何とかなるやもしれぬ。しかし、姉上の協力があればより確実となろう。姉上はどうされるおつもりかのう?」
空を黙って見つめる白い女性。呼び掛ける相手からの反応を待ち続けていた。
すると、しばらく間を置いた後に、空から声が降り注いだ。
『――私の権能を彼女に一任します』
空に映し出される一人の少女。それはまだ幼い、金髪碧眼の幼女であった。
空からの声と映し出される少女に、白い女性は顔を顰める。
「また、その様に丸投げですか……。この少女も苦労する事になるじゃろうな……」
「えっ、そうなの! 何とかならないの、お姉ちゃん!」
対峙する黒い女性が心配そうな悲鳴を上げる。そして、上目遣いに姉へと懇願の眼差しを向ける。
白い女性は苦笑を浮かべる。そして、黒い女性に向かって大きく頷く。
「まあ、何とかしてみるかのう。幸いにして、ワシの管轄内みたいじゃしな」
「ありがとう、お姉ちゃん! やっぱり一番頼りになるね!」
ニコニコと微笑む黒の女性。その厚い信頼に、白の女性も悪い気はしなかった。
そして、彼女は少し悩む素振りを見せた後、妹に対して問い掛けた。
「ワシは信を置く一族の者達に、役割を与えようと考えておる。しかし、お主はどうするつもりじゃ? 魔王の一族を動かすつもりかのう?」
姉に問われた黒の女性は、目を輝かせる。そして、待ってましたとばかりに、姉の問い掛けに大声で答えた。
「千年前の厄災は、可愛いあの子が解決したでしょ? だから次は、あの子に頑張って貰うつもり!」
「あの子とは、まさか……?」
妹の回答に、白の女性が考える素振りを見せる。そして、思考を重ねた後に、小さく頷いて見せた。
「――妙手であるな。ただ、あの子を呼ぶなら、母親が黙っておるまい……」
「そこは大丈夫だよ! ちゃんと話せばわかってくれるから!」
妹の根拠の無い自信に、白の女性は不安気な表情を浮かべる。過去の経験則から、こういう時の妹は当てにならないという直感があった。
しかし、妹は小さく息を吐き、落ち着いた口調でこう続けた。
「それに、今回の厄災は千年前と同じ。倒して終わりじゃダメなんだよ。それだときっと、可哀そうな子が生まれちゃうから……」
白の女性は妹を静かに見つめる。そして、その決心が揺るがぬ物であると確信した。
一番下の妹は、誰よりも深い愛を持っている。地上の子等を等しく愛しているのだ。
だから、一人でも多くを救おうとする。そんな妹の愛を、白の女性は誇らしく感じていた。
「……良かろう。いざとなれば、ワシが尻を拭く。お主はお主が信じる道を進むが良い」
「うん、わかった! いつもありがとう、お姉ちゃん!」
嬉しそうな妹の笑みに、白の女性も笑みで返す。何でもない、いつもの事であると言わんばかりに。
そして、白の女性は足元に視線を移す。すっと目を細めながら、妹に対して声を掛けた。
「では、互いに手を尽くすとしよう。可愛い子等が、先へと進める様にな」
「うん、そうだね。きっと皆なら、大丈夫だって信じてるけど!」
こうして人知れず、三人の話し合いは終わりを迎える。そして、新たな物語が始まりを迎える事となったのだった。