捲る
あとちょい。もうちょい。3・2・1
「おっはー!」
ちょうどピッタリ教室中に快活な声が響く。朝日のように酷くめざましい笑顔を携えてるは女友達、〔〕。無駄に全開にさせたドアから手を挙げながらこっちに歩いてくる。挙げている手にはトランプが。今日の暇つぶしは決まった。
「今日はトランプで何をするんで?」
「大富豪でと考えてたけどだめ?」
うちの高校ではスマホの使用が一切禁止されている。持ってくることは可能だが、ロッカーに入れなければならない。ロッカー以外の場所にあっただけで没収だ。加えて七面倒な反省文までついてくる。罰点制度もあり、貯めるとまたうんぬんかんぬんある。
「ローカルルールも調べてきたんよ」
朝早く誰もいないシャッフル音が壁に染み渡る。俺とは違う細く白い指先が動く。リズムを刻み〔〕の体も揺れる。
「ローカルルールなんてあるのか?」
「階段とかマーク縛りとか知ってる?最初なんで縛りはなしでいきましょうよ。革命もなしね」
〔〕がトランプを配れと二つの山が出来上がる。二つの山を睨めるが別に不正を疑っているわけではない。単に〔〕とのゲームはどんなものでも負けたくない。山選びから勝負は始まっている。
「・・・というか大富豪は二人で遊ぶものなのか?四人ぐらいでやるイメージがあるんだが」
さぁ選びたまえ、と大仰の様子だった〔〕の首がこてんと曲がる。一拍置いて逆側にまた首が九十度曲がる。
「ふん」
〔〕は鼻息を鳴らすとトランプの山のずれを直し始めた。そしてまたぐしゃぐしゃに一塊に戻った。トランプの山を見つめた末の素朴な疑問だったのだ。調べてまで楽しみにいたんだ。少しの申し訳なさ。
「スピードでもやるか?」
代案を出してみるも‛狭い!’とのこと。適当に置くと乱雑になりがちだし、トランプ君が元気に吹っ飛んでしまう。スピードはトランプの運動量ではない。肘から下が異様に疲れる。手と脳の考えてる所と置くところが違くなる。手の神経がどっかたがっているとしか思えない。
「さすがに大富豪のほうがマシだろ」
「もう変わんないよ。それとも負けそうだから言ってるの?・・・こっちがジョーカーでしょ」
トランプの遊び方なんてたかが知れてる。もう出尽くした。
それでも二人でババ抜きを選択するとは。目を細めながら何を引いたか分からない速度で抜く〔〕。まぁ、楽しいからいいか。
「・・・もうちょっとだね」
「そうだな。お前の負けまでな」
〔〕は四枚に対して俺は二枚。俺が当たりを引けば〔〕に引かれてヴィクトリー。ふふふ、ジョーカーを引かなければ有利状況はまず変わらない。チャンピオンはもうすぐそこだ。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。高笑いが止まらん。ゲームで勝つことは至高の喜び。それは〔〕は同じだろう。
「・・・読め!空気を読め!」
「んっ?」
「私のあの重い空気をよく無視できるな?腐った牛乳くらいには醸し出したのに」
「はいはい、あの共感を求める系の話を聞けってやつーね。りょ、りょ。わかる~。つら~。下げぽよ~」
もう高校生三年生。女性の機敏ぐらいは理解している。扱いもな。
「お前に共感を求める話をしたこともすることない。そんな酷く知能指数の低そうな話し方もしたことがない。私をキレさせたくなかったらやめろ」
〔〕のトランプの手札も机に落ちて元の手札も分からない。机に散らばっているトランプをせっせと整理する。綺麗に左右上下を揃えて机の中心に置いた。〔〕は俺を座ったまま見下ろし目を見開く。
もうキレてるやん、とは言えな。んんっ言わない。
〔〕はゆっくりと両手を合わせて口角だけが上がる。望ましい答えが得れるまで待つその風格は仁王にも負けていない。
「プロシーンの話ですか?」
「ふふっ、はずれ」
「卒業ですか?」
「せいっかい」
「進路は聞かないって約束だったじゃん。いまさら何を掘り返すん?」
俺たちの関係は学校が始まりではない。俺たちの進路にも十分関係あるネットの世界が始まりだ。俺たち二人だけしか知らないこと。
「あんたが私を忘れないかどうかよ。あんた大学に行くんでしょ。」
「おう。推薦でなんとかなったからな。施設もいい。奨学金だって全額じゃないが国公立レベルまで免除。親は嬉しい誤算だってさ」
「それはよかったわね。けど初心でアホで酷く夢見がちなあんただからね。どこぞの性悪女に骨抜きにされないか心配なの。本性も見抜けずにほいほいついてくだろうし」
「そんなことあると思うのか」
〔〕は頬杖をついて首を傾げてまた微笑む。目線は俺の目をまっすぐ射貫いている。少し変な緊張感。
「手玉にしてやるのは俺の方よっ」
俺は背筋を伸ばして胸を張る。横綱のように俺は胸を叩く。肋骨と手の平が振動する。ちょっと痛い。
「ふふふ。私とのデュオは大学でも継続よね」
デュオは二人一組でゲームをする総称だ。ネットで知り合ってからもう二年ほど俺たちはデュオを組んでいる。ネットの世界から飛び出て、リアルでも仲良くなりゲームをするほどまでも仲良くなった。
「まぁ時間は減るかもだけど当たり前だろ。そっちこそ時間は大丈夫なのか」
「大学は行かないから。私はフルタイムでゲームだよ」
「・・・マジか。お前が行かないのか」
「うん、うん!」
〔〕は一度目は控えめに、二度目は深く頷いた。
プロゲームの業界はどのタイトルをとっても未成熟。大学を出ていないプレイヤーが大半だが、ゲームだけで生きていくリスクは高い。流行が早いのも特徴の一つだし。世間の目も恐らく厳しい。ゲームのプロシーンを知らない人の方がまだ大多数だ。
衝撃的だった。〔〕は頭も良い。こんな朝早く誰もいない教室。俺たちゲーマーが来ているのは〔〕が偉いからだ。やれ夜更かしだ、昼夜逆転だ、全て禁止。俺のおかんか!実際体調はいいし、着実に練習もできる。〔〕は自己管理を徹底できるやつだ。
「逆にあんたが大学に行くって聞いた時は驚いたけどね。こんな馬鹿でも大学いけるんだって」
自分を律し、未来のことを考える。〔〕はそんな人だ。俺は良く言っても能天気。
「ゲーム推薦だからな。私立は流行に敏感で助かってますよ。・・・てかなんで俺だけ進路知られてんだよ」
「さぁ、バカみたく話してたからじゃない」
「盗聴って知ってる?」
「勝手に耳に入ってくるのは盗聴って言いません」
「それはバカっぽく大きな声で喋ってたって意味か?」
「自覚は大切とは言うね」
〔〕は窓から外の様子を見る。俺からそっぽを向いた。
「その喧嘩買ってやる」
「ええ~怖い~。わたしぃ~女の子なのにぃ~」
〔〕は上目遣いに、口元に握りこぶしを当てる。体を縮こまらせ左右に揺らす。効果音をつけるならばキュルルン、だろうか。
「都合のいい時だけ女扱いしてもらえると思うな」
なんならネットでは女扱いを極端に嫌う。女性はまだまだゲームでは少ないからな。高ランクではなおさら。態度が豹変することも多々ある。デュオでやっている時に見た実体験だ。はっきり気分は良くないからな。
「ごめん、ごめん。ゲーム推薦なんてまだまだ珍しいからさ。あんたのお友達が嬉しそうに話してたの」
「俊樹か義満か・・・。口が軽いのはここらへんか。何してくれとんねんあいつらは」
「そうカッカせず。タクティカルシューターはメンタルゲーとも言われてるんだから」
銃を撃つゲーム、FPSと言われるゲームにもまだ細かい分類がある。俺たちのやってるいるゲームはクティカルシューター。精密なショットが求められるゲーム。故にメンタルゲー。緊張で、寒さで手が震えるなんてならない。
「プロシーンを経験してるsyakuyakuさんが言うと、説得力がありますね」
〔〕が使うゲームの中での名前だ。芍薬とかいう花の名前からとったらしいが、割と命名理由がやばかった。花の可憐さも可愛らしさの欠片もなかった。
「じゃあここからはプロシーンのお話。プロデビューのshachiさんはどうなの」
〔〕は余裕ありげに笑う。一瞬白い犬歯が見える。プロシーンには十八歳、未成年の大会参加は禁止されている。全てのゲームではないが俺と〔〕がやっているゲームタイトルではそういうルールだ。アマチュア部門もあるので一切大会に出れないわけではない。
「ハイハイ子供っぽくてすいませんね」
〔〕はいっつも俺の名前をバカにしてくる。うるせぇ、子供の時に決めたのをずっと使ってんだ。
「馬鹿にしてないよ。プロシーン二年目の先輩としてね。心配だよ。もちろん冗談抜きのね」
〔〕は白く細い人差し指を立てる。人差し指を通して網膜に照らしあう。
syakuyakuは四月に生まれた早生まれ。数日生まれるのが早かったら学年さえ違う。対して俺は一月生まれの遅生まれ。一年近くshakuyakuが女性プロシーンで活躍するのを指をくわえて見ていた。
悔しさ半分嬉し半分。それに+嫉妬だ。これは絶対に〔〕には言えない、言いたくない。
それにしても珍しい。どこか掴みにくい霞のような奴だと思っていた。忠告はすべてあっけらかんと、冗談っぽく雰囲気が沈むことはしない。こいつなりの優しさであり、不器用さだと俺は知っている。
「プロは勝つのが仕事。高校生ながら大学出の新卒ぐらいの給料をもらいゲームをした感覚はこんな感じね」
〔〕は髪をかき上げて左耳にかける。
「下馬評を覆して勝つのも負けるのも・・・地獄」
・・・二回目。
ゲームはネットに近い。プロシーンを見る人々は九割九分SNSをやっている。もちろんプロゲーマーも含まれるわけで・・・。そこでは勝ったチームにも負けたチームにも罵詈雑言が飛び交う。賞賛の中に混じる地獄は酷く目立ち無差別に降りかかる。
今でも覚えてる。〔〕が大会終わりにいきなり電話をかけてきたこと。いつもは確認ぐらいしてくるのに。俺の予想とは反比例したかのような底無しに沈んだ声だった。
「俺が決まってるチームはほぼ無名!予選落ちが当たり前。shakuyakuみたいな名門チームじゃないし、フルタイムじゃないし。もちろん全部勝つつもりではいるけど今のチームは踏み台程度だから大丈夫!」
「ははっ、最低だねshachi。お金もらってそれはかなり終わってるよ」
「俺はプロがダメになっても大学があるし。バイトだったって思うことにするわ」
「とか言って諦めないでしょ」
「まぁ、そりゃそう。俺らの体はノーゲームノーライフだろ」
「もうただのゲームじゃ満足できないからね私達は」
「おう。だからプロになるんだろ」
「お金、知名度、名誉。どれもメリット、デメリットがある。はっきり言えば人生を懸けるほどのものはない。eスポーツの世界は新陳代謝が早いし、ストリーマーになれるのも一握り」
ストリーマーとはゲーム実況者や動画投稿、配信する人たちのことだ。
よかった。もう〔〕の調子は戻ってきたみたいだ。
「けどゲームに酷く魅せられただからしょうがないよね」
「ああ、もう戻れない。お互い頑張ろうな」
数日後、俺たちは高校を卒業した。
shakuyakuと交わしたグータッチ。
卒業証書片手に交わした感触とshakuyakuの表情は今なお覚えている。酷く綺麗だと思ったことは内緒だ。
俺は都心の大学に進学。家に帰ればスクリムという日々。shakuyakuはフルタイムでスクリム。スクリムが練習試合だと思ってくれればいい。。プロゲーマーは午後から夜中にかけて練習の生活。土日は俺のチームがまとまってスクリム。
shakuyakuも都内に住んでいるが、会う時間は中々に取りずらい。俺が大学に行っている時間がshakuyakuの空いてる時間なのだ。別に会う必要なんてない。
毎日のように声を聴いてる。プレイを見てる。一緒にゲームをしてる。プレイの良し悪しの議論もする。喧嘩に見えることもあるらしい。だが明日には気にしない。ゲームを極めている感覚は酷く楽しいんだ。きっとそれはshakuyakuも同じだ。ゲームをしながら他愛のない話もそれこそ夜が明けるまでしているんだ。酷く心地の良い関係。会う必要なんてこれっぽっちもないのだ。
すぐにプロシーンは始まる。自分、チームに集中する時期が来る。だが一切shakuyakuのことは忘れない。俺のライバルでもある。プロシーンで一年先輩だろうと、女性のプロシーンだろうと活躍で負けたくない。プレイを見ればクリップを見ればやる気が漲る。俺のプレイがshakuyakuの糧になればいいなんて思ったりな。
俺たちは今でもデュオだ、バディだ。背中を追いかけ追い越し合う。お互いの背中を預けあう。ゲームの中での話だけどな。
...そしてすぐ隣にもいる。これは現実だ。
「夢が叶ったな。shakuyaku」
数年後。勝ち上がった限られたチームだけが進出できる、オフライン大会。
ゲームはもうネットだけの世界じゃない。
オフライン大会とは対戦相手と同じ場所でインターネットなしで開催する大会だ。何万もの人々が大会を楽しみに訪れて、ドームの席を埋める。ゲームでその熱狂を、興奮を同じ空間で共有するのだ。
「本来ゲームは男女関係なくできる。元々プロだって男女の区別はなかった。けど、女性プロプレイヤーは現れなかった」
「つい二年前まで・・・は」
「そう!私が初の女性プロプレイヤー。私の門出に相応しい成績を刻ませてよ、IGl」
「任せな。そっちこそ頼むぞ」
IGlとはインゲームリーダーの略でゲームの中での指揮官だ。その役目を俺が担っている。大変ではあるが、酷く遣りがいを感じる。
「「「「「「nice!」」」」」
画面に映るヴィクトリーの文字。
俺とshakuyakuはグータッチを交わした。