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聖女がタイルに上手に女神の絵を描いた

作者: 瀬嵐しるん


この王国では古来より、女神を信仰していた。


女神が直接加護を与えるのは女性のみ。

しかし、加護された女性たちが子を産み育て国を支える礎を作るのだ。

男性は女性を大切にしたし、女性もまた、自分を大事にしてくれる男性を尊重することで加護は皆に広がっていくと考えられていた。


八歳になった女の子は、特に理由がなければ三年間、教会に通うことになる。

そこで、祈りを込めながら簡単なお守りを作るのが、女神への奉仕だった。


加えて教会では、読み書き計算や最低限のマナーなども教えてもらえる。

この辺りは、外で働くことの多い男性と違い、おざなりにされがちな女性の教育を補完するために、昔の一司祭が提案したものだった。

受け継がれた教育の成果は王国にとってたいへん大きなものだったのだが、当の本人はただの思いつきだと、死後、聖人に列せられることのないよう、弟子に言い残したという。


一昔前まではごく稀に奉仕活動中の女の子の中に、聖女が発見されることがあった。

聖女とは特に女神の加護が厚い女性のことだ。

治癒や浄化、守護など、様々な能力を発現させるらしいが、国同士の戦が収まって久しい今では、伝説に近い存在である。



とある田舎町にも、女神教の教会があった。

数年前までは、どうしても用事がある時しか信徒も寄り付かないようなオンボロな建物だった。

それが今では、町の住人も喜んで娘を奉仕活動に通わせようと思うほど小綺麗になっている。

これも偏に、現司祭の働きの成果だ。


司祭を簡単に描写するならば、若くてイケメンの男性である。

ただし、笑顔はほとんど見られない。


鄙には稀な美形である。

若い娘や奥様方は彼の不愛想を残念がったが、女の子を預ける身の男親たちは、逆に安心したものだ。


司祭はずっと王都の中央教会に勤めていた。

将来有望な聖職者であったが、正義感が強めなのが玉にキズ。

いろいろ正直に指摘し過ぎて上司たちに疎まれ、田舎に左遷された。


偉いさんからすれば、お灸を据えたつもりだった。

だがしかし、彼は左遷などものともしない。

別に、出世などどうでもよい。

女神さまのお心に従い、世のため人のため、働くことこそ彼の望み。

これぞ真なる聖職者。よっ! 待ってました! である。


正義と共に有言実行を旨としている彼は、教会や併設の孤児院に必要と思われる社会の協力を取り付けるのにも労を惜しまない。

まあ、町の名士どもが折れて寄付をはずむまで、しつこく拝み倒す、とも言う。


そういうわけで、ここの孤児院はたいへんに充実していた。


そりゃ、贅沢な設備が使えたり、ご馳走が食べられたりなんてことはないが、孤児たちは清潔で健康な毎日を送っているのである。



「いいなあー」


その日、町の名士との有意義な会談を終え教会に戻った司祭は、荷馬車から顔を出して溜め息をつく少年に目を留めた。

彼の視線は、教会の建物から出て来る、奉仕活動を終えた女の子たちに向かっている。


異性が気になる年頃なんだな、と微笑ましく思ったが続いた言葉に引いた。


「あんな綺麗な服、着てみたいなー」


そりゃ、男性でも女性の服を着たがる者がいることは知っている。

王都では、そういう者が集まる店もあるとか。

同好の士が集まることは、なんら問題ないし、否定する気も無い。

だが、申し訳ないが自分には、まるで理解できない。


少年は行商人の息子のようだ。


中央教会から派遣されているのは司祭一人だけ。

まあ、嫌がらせの一環なのだろう。

見習いの一人も付けてもらえなかったのだ。


もちろん手が回らないので町の人を頼り、手伝ってもらっている。

その手伝いの一人が、少年の両親らしき二人から品物を受け取っていた。

何か、入り用な品があったのだろう。


納品が終わったらしい父親が、少年に声をかけた。


「エリカ、荷物が動かないように、空いたところをちゃんと積み直しておくんだぞ」


「はい、父ちゃん」


エリカ!? 大変失礼したようだ。少年は少女だった。

おそらく、仕事の手伝いのために動きやすい服装をしているのだろう。

さきほどの呟きに、今度は同情の気持ちがわいた。



「わざわざ教会まで来ていただいて、ありがとうございます」


司祭が礼を言うと、エリカの両親は恐縮したように頭を下げた。


「娘さんはお幾つですか?」


「八歳になりました」


女の子を見るとつい年齢を尋ねてしまう。

もはや、職業病。

司祭姿と教会という背景がなければ、眉を顰められかねない質問である。


「女神さまへのご奉仕は?」


「いえ、その、私どもは旅から旅の商売ですので、なかなか……」


「そうですね。ご家族の事情もおありでしょうから。

しかし、もしその気がおありなら、一日だけでも奉仕活動に参加できるよう相談にのりますよ」


少女は目を輝かせた。

チャンスをつかもうとするように、荷台から飛び降りて来る。


「ねえ、父ちゃん、この後、次の町へ行ってから、またここへ戻る予定でしょ?」


「ああ、そうだけど」


「じゃあ、その間だけでも奉仕活動させてもらえないかな?」


「いや、奉仕活動はともかく、戻って来るのに半月はかかるぞ。

泊る所や飯はどうするつもりだ?」


少女は、やっぱ無理かとシュンとする。

そこへ司祭が助け舟を出した。


「娘さんがやってみたいというのでしたら、その間、教会でお預かりしますよ。

生活するのは併設の孤児院になりますが」


「どうする?」


両親に訊かれた少女は、ブンブンと首を縦に振った。

是非是非、お世話になりたい、と全身で言っている。


「本当にご迷惑でなければ、お願いいたします」


「もちろんです、大事にお預かりします」


少女は次の町に向かう両親を、手を振って元気に見送っていた。



「孤児院というのはどんな場所か知っているかい?」


司祭はエリカに訊ねてみた。


「子供がいっぱいいて、ワイワイ楽しそうな場所!」


行商人の生活では、友達の一人を作るのも難しかったのかもしれない。


「それは、素敵な場所だね。

でも、楽しく過ごすためにはルールやマナーも大事なんだ」


「ルールやマナーを守ったら、友達できますか?」


「きっと出来るだろう」


孤児院の子たちには町の子よりも厳しくマナーを躾けている。

それが身に付けば、貴族家のメイドや従僕に採用される可能性もあるのだ。

最初は窮屈そうだったエリカも、司祭の話をよく聞いて、周りの子たちを見習った。


ワイワイしていい自由時間。

エリカは男の子に混じって走り回り、木の棒を振り回して剣士の真似もした。

それを見た司祭が、やはり男の子なのでは、と思うくらい活発だ。


しかし、行儀も大事だが、まずは健康が一番。

女の子が多少の生傷を作っても、消毒のやり方を教えてやればよい。

消毒薬が染みて『ウヒャア』という顔になるエリカを見て、内心で笑ったのを見抜かれたのか、彼女にはちょっと睨まれてしまった。



女神さまへの奉仕活動、お守り作りも順調だった。

午後の決まった時間に、町から通ってくる女の子と孤児院の女の子、皆で一緒に作業する。


男の子と走り回るエリカはガサツで手先が不器用かもしれないと思ったが、なかなかの器用さを見せる。

司祭がわけを問えば、答えはこうだ。


「行商は一発勝負。いかに品物をよく見せるかが大事、と父ちゃんが」


つまるところ、運搬中に細かい傷がついたり、わずかな綻びが出来た物を取り繕ってナンボなのだ。

見目の良さについてのポイントを知っているエリカは、同じ材料を使っても、どこか違うと思わせるお守りを作って見せた。

見せたどころか、他の女の子たちにもコツを伝授し、おかげで教会のお守り売り上げは数日のうちに爆上がりした。


鰯の頭も信心から。

見目の良いお守りは、より効験あらたかという錯覚を起こすのである。



半月後、エリカの両親が戻って来た。

司祭は、彼女に尋ねる。


「どうする? ほんの短い間にずいぶんここに馴染んだが、ご両親のもとに戻るか?」


「旅にあまり興味は無いので、このまま置いてもらうことは出来ませんか?」


「かまわないが教会所属となると、住み込みで衣食住が保証されるだけで給料も出ないぞ」


「それで充分です。友達も出来たし、お守りの工夫も楽しいので」


両親は難色を示したが、どうしてもエリカがいないと困る商売でもない。

それに、数か月すれば、またこの辺りに来るのだ。

気が変われば、その時また考えても良い。

エリカはとりあえず、田舎町の教会に残れることになった。



「今日から司祭様の子分ですね。よろしくお願いします」


「子分ではない、助手だ」


丁寧に頭を下げたエリカに司祭は素っ気なく応える。


彼女の住まいは、そのまま孤児院だ。

教会と孤児院の敷地内には夜間、司祭以外に大人がいない。

町から来てくれる手伝いの人たちは、全員が通いだ。


助手の立場を自覚しているエリカは、孤児たちの様子をよく観察し、逐一司祭に報告した。

やがて、エリカの様子を真似て、年長の子供が幼い子に目を配る様子が増え、司祭は大いに助かった。



そして、お守りは進化し続けた。


もとは端切れで出来た小袋でしかなかったのに、今ではブレスレットタイプやリボンタイプ、マスコットなど様々。

効験が切れても、そのまま使いたいようなものまで作っている。

不敬を恐れず言えば、もはや女神の加護が添え物になってきた。

試しに、加護が無いことを説明したうえで小物を販売したところ、これが売れた。


教会の収入源は多いに越したことは無い。

刺繍や裁縫が出来る孤児は、奉仕活動期間にこだわらず手伝うようになった。

やがては教会の敷地内に工房が作られ、一部の孤児たちの就職先ともなったのだ。



田舎の教会に来てから四年。

エリカは十二歳になっていた。


相変わらず、司祭様の助手として給料は払われない。

それでも、嬉々として新しい小物のデザインを考える日々。

一通りの基礎教育も終え、今では立派に孤児たちの世話もしていた。


司祭は、期待以上に助手の仕事をこなしてくれている彼女を、せめて言葉で労った。


「エリカの、その心持ちはまるで聖女のようだな」


「ありがとうございます。

いや、聖女の心持ちってよくわかりませんけどね。

きっと褒めていただいているのでしょう。ありがたや。

しかし、そんなことより」


「なんだ?」


「司祭様は、まだまだお若くてお顔がお綺麗なのですから、信徒の皆さんに少しばかり微笑んでみてはいかがでしょう?

奥様方がごっそり釣れて、寄付が増えますよ!」


「………」


「司祭様、その美しいお顔は女神さまが与えたもうた、貴方様の聖なる武器です。

それをお使いになることは、女神さまのお心に適うはずです」


「……わかった。努力してみよう」


すっかり懐いたエリカは、思ったままを司祭に伝える。

ついでに、さすが商売人の子、使えるものを見逃す気はないようだ。




そんなある日のこと。

遠い山裾の村から相談に来る者があった。


「司祭様、話だけでもお聞きいただけますでしょうか?」


「もちろんだ。力になれるかはわからないが、同じ女神さまの信徒。

助け合おう」


「ありがとうございます」


山村から来た男は、窯場の棟梁だった。

その一帯では焼き物に使う、いい土が採れるので、いろいろな品を作っている。


「ですが、このあたりで使うような品は行きわたってしまい売り上げは先細りです」


いい土によるいい焼き物。丈夫で壊れにくいのだという。

長所が短所。痛し痒し。


「何か、うまいやり方はありませんか?」


「うーん、難しそうですね」


その時、エリカがお茶を運んできた。


「この辺りで使う焼き物というと、飾り気がないですよね?」


「この娘さんは?」


「こぶ……助手のエリカです。

エリカ、何かいい案があるか?」


「絵付けをしてはどうでしょう?」


「絵付け?」


「飾り物として喜ばれるような絵を描いて売ってみては?」


いくら丈夫な焼き物とはいえ、あまり遠くまでたくさん運ぶのは難しい。

だが、絵付けで付加価値を増し、少ない量でも利益が見込めれば、遠方から買い付けに来る商人がいるかもしれない。


「しかし、村には絵の心得があるものはいませんし、他から来てもらうとなると……」


「でしたら、試しにわたしが描きましょうか?」


小物工房は順調で、売り上げも問題ない。

しばらく離れても大丈夫だろう。

司祭も同意した。


「そうですね。

このエリカは子供ながら、なかなかセンスが良いのです。

試す価値はあるかと。

彼女の衣食住と安全さえ確保してもらえるなら派遣しましょう。

報酬は必要ありません」


「え、よろしいんですか?

うちの娘と同じ年頃のようですし、もし同じ部屋でよければ、お泊めできますが」


「普通のお家に住んだことがないので、行ってみたいです!」


「話は決まったようです。

今すぐに、というのも何ですから、後日、私が村まで連れて行きましょう」


「司祭様自ら? 重ね重ねありがたいことです。

よろしくお願いいたします」



数日後、町の商家で荷馬車を借りて、司祭とエリカは出かけた。


「司祭様は御者まで出来るのですか」


「ああ、こちらへ来てから教わった。

せっかく田舎に来たのだから、この辺の男たちが出来るようなことは覚えておいて損はないと思ったんだ」


「潰しが効きますねぇ」


「はは、そうだな。

もう王都に返り咲くことはなかろうから、次の司祭が来ればお払い箱だ」


「え?」


「そんなに驚かなくていい。

かもしれない、という話だ」


もし、王都へ戻って来いなどと言われても戻るつもりは無い。

更に左遷されて、爺の世話係などにされてはたまらない。



朝に出発し、昼を回ってからやっと村に着く。

今夜は、司祭も村に泊めてもらう予定だ。


「自分で馬車を操れれば、必要に応じて遠くの村まで出かけられる。

私で何か助けになれることもあるだろう。

こうして出向いて顔を売っておけば、焼き物の窯場で働かせてもらえるかもしれない」


村に到着して、荷馬車から飛び降りようとしたエリカを抱き上げて下ろしながら、司祭は珍しく笑った。


「自分で降りられます。子ども扱いしないでください」


エリカの方はすっかり渋い顔だ。



「ようこそ、お越しくださいました」


棟梁が迎えてくれた。

早速、窯場に案内してもらうと、焼き上がった壺、皿、茶碗などが所狭しと並んでいる。


「わあ、すごいですね」


「本当だな」


「焼いたはいいが、売れないと埃を被るだけでして」


「……あの、タイルは作ってないんですか?」


「今、ここには無いですが、作っていますよ」


「平らなら絵付けの練習が楽そうかな、と」


「なるほど。それもそうだ。

余っている物をお持ちしましょう」


「それと、絵の具はありますか?」


「今のところ、産地を書き込むための黒い色しかないのですが」


「充分です」


「よかった。

他の色は、顔料を探して少しずつ試作できればと思ってます」


棟梁は、やる気だ。



エリカは用意してもらった大きめのタイルに、黒一色で絵付けをしていく。


「上手いものだな。……これは?」


「女神さまです」


「お姿を見たことが?」


「いいえ。こんなお姿ではないかと、頭の中で考えたものです」


司祭は驚いた

中央教会の奥で一度だけ見たことがある

大昔に絵心のある聖女が描いたという、女神さまのお姿と瓜二つ。

どういうことだ?


「美しいですね」


絵を見た棟梁も感心した。


「女神さまのお姿です。いえ、見たことないんですけどね」


エリカはへらっと笑った。




翌日、エリカは朝から絵付けの練習に励んでいた。

少し慣れたのか、壺や皿にも描いていた。

余っている焼き物なのだろうが、ずいぶんと女神さまの数が増えている。


「ひとつ、もらって帰ってもいいか?」


「どうぞ!」


棟梁が口を挟む。


「焼き付けていないので、水などかけないようにお使いください」


「わかりました」


司祭が選んだのは、最初に女神さまが描かれたタイルだった。



町に戻り、商家へ荷馬車を返しに行くと対応してくれた馬丁に、ひどく驚かれた。


「司祭様、お一人でお戻りに?」


「ああ、助手は絵付けの仕事があるので置いて来たが……」


「ああ、いえ、そうではなくて」


「何かあったのか?」


「実は、山裾の村の方角で狼の群れを見たと言う者がありまして。

しばらく、遠出には護衛が必要だと触れ回っているところです」


「それは……運が良かったようだ。私は行き合わなかった」


ふと、荷台のタイルが気になった。




一月後、司祭は村へ様子を見に行くことにした。


狼が退治されたという話は聞かなかったので、念のため今回は荷馬車と共に護衛も借りたが、何事も無く村に着いた。


「このあたりに、狼の群れが出たと聞いたが大事なかったんだろうか?」


司祭は出迎えた棟梁に訊ねる。


「狼ですか? ええ、連絡は来ていましたが、何も被害はなかったです。

ただ、司祭様が帰られてすぐ、少々不思議なことがありました」


「不思議?」


「ええ、この窯場の裏は山に続いておりますが、山菜を採りに行った者が狼の死骸を見つけたのです」


「死骸ですか」


「こう言ってはなんですが、死にたてほやほやの綺麗な骸でして。

十二匹もおりましたが猟師が調べたところ、特に病気などの兆候も無かったそうです」


「それは確かに不思議なことですね」


「そのままにもしておけませんから、毛皮を剥ぎまして、冬の備えに年寄りに配りました。

女神さまのご加護だろうと、皆で祈りました」


「それは良い行いです。遅ればせながら、私も祈りを捧げましょう」


「ありがとうございます」


狼を埋めた場所には石を乗せ、小さな塚が作られていた。

司祭はその場で祈りを捧げる。

どこかで、女性のかすかな笑い声が聞こえた気がした。


窯場へ戻ると、一隅に案内された。

そこには絵付け用の作業場が作られ、エリカが中心になって作業していた。


「司祭様、見てください。

ほらほら、こんな小さな女神さまも描けました」


サクランボくらいの大きさの丸い玉に女神さまが描かれている。

穴が空いていて、どうやら焼き物でビーズを作ったようだ。


「これなら、お守りにも使えると思うんです。

周りを、綺麗な色の太い糸で編み込んだらどうかと考えてます」


「なるほど。鮮やかな色糸を使うなら、黒一色の絵でも美しく仕上がりそうだな」


「そうそう。司祭様もなかなかのセンスですね」


「エリカの作るものを見ていて磨かれたのかもしれないな」


「またまた! 褒めても何も出ませんけど?」


「自分の助手から、何を取ると言うんだ?」


久しぶりの、司祭との会話が楽しいのか、エリカはにこにこ笑う。


「それで、他の焼き物なんですけど」


「ああ」


「こう、線を何本か引きまして、線に囲まれたところに色を塗っていけば、絵が描けなくても、綺麗な仕上がりのものが出来るんじゃないかと」


エリカが見せてくれたタイルは、幾何学模様になっていた。

確かに、お手本を作ってその通りに線を引き、色付けするのは比較的簡単そうだ。


「なるほどなあ。よい工夫だ」



棟梁もエリカを褒めた。


「エリカさんには、本当に助けてもらいました。

絵付けの出来る者は追々探すとして、しばらくはこの手法でやってみようと思います。

他の焼き物にも、応用していくつもりです。

それから、女神さまの絵付け用のビーズは教会までお持ちします。

そちらで絵付けしていただいて、また、焼き付けるものを取りに伺います」



司祭が帰りの支度をして待っていると、可愛らしいワンピース姿のエリカがやって来る。


「おや? その服はどうしたのだ?」


「お部屋に泊めてくれた棟梁の娘さんからいただいたのです」


「ああ、娘の着られなくなったお下がりですよ。

本当は、お礼として新しいものを差し上げられれば良かったのですが」


「いえいえ、充分です!

生地も傷んでいませんし、こんなに綺麗な色の服を着たのは初めてなので嬉しいです」


エリカは普段、孤児たちと同じく、寄付された古着などを手直しして着ている。

もちろん、デザイン力と器用さを生かして可愛くリメイク出来るのだが、そういうのは幼い孤児を優先して着せていた。


エリカはクルリと回って見せた。スカートがふわりと広がる。


「司祭様、似合ってますか?」


「……ああ、よく似合う。

うん、とても可愛らしい」


エリカはポカンとした。


「ん? なんだ? なぜ茫然としているんだ?」


「すみません。

褒めて頂いたのは嬉しいのですが、司祭様はそういうセリフを仰る時でも、真顔なので。

もう少し、表情を和らげましょうよ。

ほら、名士の奥様向けにスマイルの練習を!」


「よしなさい」


棟梁が吹き出した。


「いや、お二人は本当に息が合うのですね」


「はい、わたしは助手として、どこまでもついて行くのです!」


「ありがたいことだな。まあ、とりあえず教会に帰ろうか?」


「もちろん、お供しますとも」


「……せっかく綺麗な服なのに、裾をまくり上げて走るのは止めなさい!」


「おっといけない」


しまいには護衛まで笑い出し、窯場の村中が笑いで包まれた。




その後、女神さまのビーズをあしらったお守りは大評判になった。

評判が評判を呼び、とうとう中央教会が聞きつける。

効験あらたかなお守りを作る、稼げそうな教会を爺どもは目ざとく見つけた。


『お守りの稼ぎなど、孤児院の子供らが少々暮らしやすくなるくらいなのだがな』


司祭は、欲の皮を突っ張らせた爺どもの考えが気に食わない。

効験を水増しして宣伝し、大枚を稼ごうというのだ。


中央教会からは司祭の任を解くので、新任者と交代して王都に戻るようにという手紙が来た。


エリカを強欲な爺どもの手に委ねるつもりは無い。

どうしたものかと考えながら眠りについた司祭は、夢を見た。



ふと気付けば、白い東屋の中にいた。

周囲は野の花が咲き乱れる草原だ。

淡く香る風が心地よい。


『こんにちは、いえ、こんばんは、かしら?』


目の前には美しい女性が立っていた。


「女神さま」


司祭は思わず膝をつく。


『あら、あなたの信仰心はいつも届いているわ。

楽にしてちょうだい』


女神は椅子を勧めてくれた。


『少し困ったことになっているようね』


「……司祭交代のことでしょうか?」


『不満なのでしょう?』


「そうですね。やっと、孤児院がうまく回って来たところです。

中央の命令に従順な司祭など、来てもらっても役に立ちません」


『あの子にわたくしの絵を、タイルに描かせなさい。

ちゃんと焼き付けてもらうのよ。

それが魔除けになるわ』


「エリカは、やはり聖女なのですか?」


『昔なら、そう呼ばれたかもしれないわね。

どちらかというと、愛し子かしら。

いつも一生懸命に周りのために働くから、お願いをかなえてあげたくなっちゃう子、かしらね?』


「願い、とは?」


『うふふ、内緒。あの子をよろしくね』


目が覚めれば、いつもの寝室。

丁度、その日はビーズの納品日。

司祭はすぐに、窯場にタイルを注文した。



女神の絵を焼き付けたタイルを、教会の門柱に貼り付けた数日後のこと。

中央教会から派遣された次の司祭がやって来たが、なぜか門を潜ることが出来ない。

すでに中央教会関係者は女神さまにはじかれる存在になり果てたようだ。


司祭は心の中で祈った。


『これからも、女神さまのお心に適うよう、誠心誠意働かせていただきます』



町に宿を取って、毎日諦め悪く教会の門を潜ろうとする新司祭を遠目に眺めながら、エリカはビーズの絵付けをしていた。



「本当に戻らなくて大丈夫ですか?」


作業中の彼女のため、茶を淹れた司祭はしれっと答える。


「交代して来るように、という命令なのだ。

新任者が到着しないことには、交代のしようがないだろう」


「確かに、そうですね」


エリカは嬉しそうだ。


司祭は考えていた。

諦めの悪い新司祭だが、そのうち王都へ戻るだろう。

そうしたら、町の入口にも女神さまのタイルを設置しておこう。

そうすれば……




後に書かれた女神教の歴史書には、ある時、突然に王都の中央教会は女神の加護を失った、とある。

高位聖職者による汚職はすべて暴かれ、国王の命で裁かれた。


粛々と少女たちを導き、素朴なお守りを作り続けた小さな教会は王都を始め各地に残ったものの、それ以後、中央教会という存在は無くなった。


それに代わるように、女神への信仰を示すための巡礼の道が、いつの間にか王国中に浸透していった。

その行き着く先には、焼き物のビーズを使ったお守りを作る田舎の教会があるだけだ。



「だーかーらー、裾をまくり上げるなと言っているだろう!」


「司祭様も、スマイル忘れてますよー!」



後の研究者から、聖人と聖女であろうと記述されることになる二人。

彼らは、末永く女神の加護を受け、共にその力を人々に広く分け与えたのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 英語翻訳された時のタイトル!
[一言] 面白かったです! 司祭様とエリカのやり取りも良いですし、女神様がおちゃめな所も良かったです。
[良い点] 気持ちの良いお話でした。 [一言] いつも素敵な作品たのしくよませてもらってます。
感想一覧
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