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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

丑三つの闇

昔ね、おばあちゃんに言われたんです。


丑三つ時に外を歩くな。

どうしても歩くなら闇の中で息をするな、声を出すなって。


まあよくある話だなぁって思っていました。

田舎だったし余計にそう言う怖い話、というか言い伝えが信じられてたのかなぁ。


とはいえ言われた当時私は幼稚園とか小学校低学年とか……とにかく丑三つ時に外を歩くなんてこと絶対無い歳だったんです。


だからまあ、それを気をつけようにも出歩く機会なんてないし、よくある子供を外に出さないための作り話だよねぐらいに思ってました。


元々オカルトは信じていない方でしたし、なんというかそういうことに冷めてる子供だったんですよね。

今思ったら可愛げ無いですけど。


なんでこんなこと急に思い出したかって言うと、残業帰りにふと時計を見たら午前2時……丑三つ時だったからです。


私が住んでいるところはド田舎って程じゃないんですけど、まあ都会ではなくて。

お店が閉まるのが早かったり、夜の街灯が少ないところなんですよね。


今までも多少残業はあったけどこんなに遅くなるのは初めてで……いつもより静かで暗いからちょっと、がらにもなく怖くなっちゃって。


それもあってかなぁ。


昔は信じてなかったおばあちゃんの話が、1度思い出したらもう、気になっちゃって。

頭から離れなくなってしまったんですよ。


それで私、いつもとは違う道なんですけど、なるべく街灯の下を通って歩ける道を通って帰ることにしたんです。


夏だからいつもなら虫の声がするはずなのに何故か全くしなくて。

気の所為かもしれないけど闇もいつもより濃い気がして。


じっとりとスーツの中にかいた汗が余計気味悪さを助長してきて最悪でした。


それでも光の中を進んでるうちはいくらか気はマシ。


やっぱりこう、明るいとなんだか人の営みっていうんでしょうか……そういうのが感じられて。

なんか一人じゃないんだなぁって気持ちになって、ほんの少しですけど安心出来ました。


けど私の家に近づくにつれて、街灯がどんどん減ってきて……

もちろん家やお店もなくなっていきました。


ここからは数メートルごとにある街灯を頼りに帰るしかありません。


『闇の中で息をするな、声を出すな』


おばあちゃんの言葉が頭にこびりついていた私は、その街灯と街灯の間の闇は息を止めて走り抜けました。


大人になって全力疾走することなんか殆どないから、全然息が続かなくて。

それでもおばあちゃんの教え通りに、頑張って光以外では息をせずにいました。


普段なら変な人認定を受けちゃうとこですけど、まあ夜だし田舎ですからね。


私の他に歩いてる人なんか居ないから問題はありません。


それどころか子供の頃友達とこんなふうに遊んだこともあったなぁーなんて思い出して、だんだん楽しくなってきてしまって。


時々2個先の街灯まで走ってみたり、光の中にジャンプして入ってみたり、ゲーム感覚で遊びながら帰り道を進みました。


けど、その時ね。

ふと気づいたんです。


なんだか背中に視線を感じるなぁって。


息を整えながらちらっと後ろを見ると、自分のいる光の5つくらい後ろの光………5本後ろの電柱の影に誰か隠れてるのが見えました。


でも気のせいかなって思って、私は次の光に向かって息を止めて走りました。


そしてまた息を整えながら振り返ると……さっきの人影が自分の4つ後ろの光まで移動しています。


なんで?と思いましたがそれでも、まだ、たまたまかもしれない。

たまたま帰り道が同じ人が、たまたまこの時間にいたのかもしれない。


だから、きっとわたしのきにしすぎだ……そう、思うことにしました。


けどその人影は、私が光を移動する事にひとつ、またひとつと近い光に移動してくるのです。


つけられてる。


それを理解せざるを得なくなって、心臓がギュッと掴まれた気がしました。

夏なのに冷たい汗がダラダラと伝って……体がガタガタ震えます。


私は大きく息を吸ってから止め、闇の中に駆け出しました。


後ろの人影も私が気付いたことに勘づいたのでしょう。

ドタドタと足音が近づいてきます。


なぜ、こんな状況なのに、まだおばあちゃんの言葉を守るために息をとめたのか分かりません。

もしかしたらなにか……大五感がそうしろと訴えていたのかもしれません。


必死で走り続けましたがやはり息を止めて走るのには限界がありました。


私は息が苦しくて、目の前が涙で霞んで……とうとう転んでしまいました。


思わず息をしてしまいましたが、たまたま転んだ先は街灯の光の近くで。

転んだことでその光の中に滑り込んだ形になりました。


痛みを耐えながら後ろを振り向くと、荒い息を漏らした男が立っていました。


ボロボロの服とボサボサの髪……いやらしい目をしたそいつの手には、小さなナイフが握られています。


思わず声が出そうになりましたが、私は口元を押えて体をビクンっと震わせるだけに収まりました。


本当に怖い時って、意外と声が出ないものなんですね。


男は怯える私の姿を見て、恍惚の笑みを浮かべました。


「どうして逃げるの」


ニタニタと嫌な笑みを浮かべながら男が言います。


「君のことをずーっと見てたよ。早くこうして会って……お話したかったんだァ」


ネットリとした、いやらしい、不気味な声。

気持ち悪くて、怖くて。

訳が分からず押し黙る私に、男は不機嫌そうに首を傾げます。


「ねえ、なんで声を出してくれないの?僕は君の……怖がる声が聞きたいのに。ああ……わかった。このナイフで刺したらきっと………可愛い悲鳴を聞かせてくれるよねぇ?」


闇の中でナイフがギラリと光りました。


殺される。


身体中の血の気が引いていきます。

逃げなきゃ、そう思うのに体は動きません。


助けて、そう叫びたいのにカラカラにかわいた喉からはヒュッと息が盛れるような音がしただけでした。


死の間近というのは。


本当に全てがスローモーションに見えるようです。


男のギラギラした目。

めくれ上がるTシャツから見える、毛の生えた腹。

唇からこぼれ、伸ばされたツバの滴る長い舌。


ヒャハハ、という甲高い笑い声と共に、どんどん上げられていくナイフを持った腕を、私は目で追うことしかできません。


男の腕が頂点に達し、私が諦めて目を閉じた……その時でした。


「ぅ、わぁああ!!!」


闇の中から、血まみれの手が何本も現れて男の体を掴みました。


男はもがきますが、どんどんと手に絡み取られて後ろの闇へと後退していきます。


ごきん、ばきん、ビチャ………


まるで何かが折れるような……砕けるような。

普段聞くことの無い、耳を覆いたくなるような嫌な音が、闇の中から聞こえます。


カラン、と私の足元に男が持っていたナイフが転がってきました。


そのナイフには血が着いていましたが……どうやら刺して着いた血ではなく、返り血が着いたかのような濡れ方をしています。


嫌な音は徐々に、闇の奥深くへ沈むように……遠ざかっていきました。


呆気に取られている私の耳元で、誰かの声がしました。


「残念。お前も連れて行けるかと思ったのに。」


私はその瞬間、弾かれたように立ち上がり、無我夢中で家に向かって走りました。


いつの間にか虫の声がして、空には明るい月が見えていました。


半泣き状態で家に帰った私の顔を見て、おばあちゃんは何かを悟ったような顔をして言いました。


「良かった、お前は連れていかれなかったんだね」、と。


私を襲った男はそのあと見つかりませんでした。

あのナイフだけを残して……忽然と姿を消してしまったのだそうです。


闇の中で息をして……声を出したから。

彼は消えてしまったのでしょうか。


私はその後深夜残業の無い仕事に転職し、あれから丑三つ時に外を歩くことはしていません。


あの日私が体験したことは何だったのでしょう。



そしてあの男は……『なに』に、連れていかれてしまったのでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中からストーカーだろうとは思ったけれど(ストーカー対策でもあるし)、そのストーカーをも食ってしまう怪異ってのは、なるほど二重に怖いですよね。 しかし何より怖いのは深夜残業のある会社でしょ…
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