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掌編小説「黄昏と夜の欠片」

作者: 蓮井 遼


三ヵ月ぶりに新しいお話を書きました。これに限らず、書いた小説や詩を読んでくださりありがとう。



ある日曜日のこと、浩太は実家に帰っては、自分の部屋で片付けをしていた。連日の仕事とたまの休みにはまとめて溜まってしまう家の家事をこなさないとならないし、予定が入ればそちらを優先しないとならないため、とても家のことまで手が回らなかった。それが、片づけをしようと思ったのは、ここ半年ほどは実家の遺品整理を手伝わないとならなくて、その亡くなった者の書斎にある膨大な本を束ねては、車に乗せて運搬し、不用品回収業者に何度も渡すことを繰り返さないとならず、あまりにもこの作業が時間も労力もかかり無駄な作業に思えたからだ。先々のことを考えると、部屋の中にある物は本当に少なくていい。これからは部屋の物を増やすことはしたくない。だから、彼は既に観なくなった映像ソフトや読まなくなった本など整理し、段ボール箱に詰めていた。何度か要らなくなったものの買い取りをよく利用していたから、部屋にある物のなかには、観なくなったけど愛着は残っている映像アニメなどが残っていた。そのうちの一つを浩太はよく考えた結果、手放すことにした。

 彼の中でそのアニメは何度も繰り返し観たほど重要な作品だった。その映像では、煙突の向こうから見える夕陽と、少年が異国の地に連れて来られて見た夕陽がとても印象的であった。各エピソードの終わりのエンディングにも夕陽は背景を照らし、このアニメに欠かせない主題となっていた。浩太が重要に感じたのは、単にアニメの内容だけでなく、その製作者と彼が連絡を取ったりしたことや、同じ作品が好きな方とインターネット上で知り合い、実際に会って話をしたりと彼自身の体験も記憶に残っていたのでとても重要に感じたのだった。ふと、浩太は作業をしながら、このアニメ作品がきっかけで知り合って話をした人のことを思い出していた。

 それはもう十年も前のことになる。当時、浩太は会社の異動で職場を東京から仙台に移ることになり、そのため職場以外の知り合いは全くいないところで、一人で暮らさないとならなかった。仙台市内は自転車用の道路が整備されていて、浩太自身は学校の自転車通学に慣れていたので、職場には地下鉄と自転車の両方で通勤していた。仕事が休みの日には、自転車で辺りを回って少し離れたレンタルショップで映画などを借りて観ることが多かった。この頃はまだインターネット上で、映画を観ることは難しかった。ただ時には誰かと話をしたくなるものだから、彼はソーシャルネットワークにある掲示板に書き込みをして、他にもネットワーク上で日記の更新などをしていた。その掲示板の一つにこのアニメ映像について書かれていたものがあり、そこで彼は直接知り合うことになったのだった。

 彼の中でも、話をしたことは覚えているものの、何度お会いしたか何を話したかなど具体的なことは朧気にわかるくらいだった。このアニメ映像で知り合った方は女性だった。歳は浩太とあまり違いがなかったように思う。浩太のなかでお会いしたのを覚えているのは二度あった。一つは、カフェでこのアニメ作品や作品を作ったアニメ監督の他の作品について語り合っていた。もう一つは、色々とアニメやアニメソングがお互い好きなことがわかったので、二人でカラオケをしてお互いの知らない歌を聴いていた。それ以降どうして会わなくなったか浩太は覚えていなかったが、恐らく彼がまた会社の異動で東京に戻ることになったので、それから次第に連絡取らなくなり疎遠になったのだろう。ソーシャルネットワークについても、十年前と今では扱い易さやコミュニケーションの取り方が変わったかもしれないと浩太は思った。

 実際に浩太が知り合ったのは彼女だけではないが、他の方も段々と疎遠になっていった。浩太自身も当時は誰かとの連絡を拒絶したく、インターネット上で自分の記録を削除することもあって、心が安定していなかったのも原因だったろう。今、彼女と連絡を取ることはできないし、彼自身、また会いたいとも思いはしないが、それでも、あのとき仙台で浩太が好きなこのアニメ作品を同じように好きな方に会えたのは今でも嬉しいことだと思うのだった。

 一通り、今回の不用品をまとめると、浩太はガムテープで段ボール箱に封をして、玄関まで運んだ。

「これ、明日受け取りに来るからお願いね」

「うん、わかった。あれ、浩太。来週の日曜日って予定ある?」

「ん、ないよ。どうして?」

「あ、いや。親戚の方が遊びに来るし、香帆達も来るって言っていたから、よかったら皆でどうかなって」

「ふうん、別にいいよ。じゃあ戻るよ」

「あら、そう。じゃあ、帰りに東京で何か美味しいもの買ってきてね、折角だから」

 浩太の母は浩太にお願いをしていた。浩太は少し面倒くさそうに苦い顔をしていたが、

「わかったよ。また連絡するわ」と答えた。そして、ふと思い出したかのように浩太は言い出した。

「あ、でもその次の日曜は、おれ、こっちいないよ」

「何、どこかに行くの?」

「うん、仙台に」

「え!仙台!なんでまあ」

「久々にね、何かのきっかけがないと行けなかったけど、ちょっと行きたいライブがあるので。それがきっかけ」

「へえ、わかったわ。気を付けてね」

「うん、夜に散らばった欠片を集めて会いに行くよ」

「え?何それ」

「その行きたいグループの歌詞」

「へえ、詩的ねえ。その夜を明け渡せればいいわね」

「どうだろう、でも向こうで何が起きるか楽しみではあるかな」

「楽しい旅行になるといいわね」

 そうして浩太は自分の部屋に戻り、部屋の整理整頓を続けていた。中々一回では、愛着全て切り離すのも痛々しく少しずつしか減らせなかった。晩御飯の時間までは、仙台で観に行くグループの楽曲を繰り返して、部屋の片づけをしていた。









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