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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
ジーン・レイナート・アーカイヴス
60/60

5.フェイタル・マドンナ(3)

 ハイランド地区より北側にあるサイス地区。

主に遺跡や森が多く、トラップ等の危険もあるため、夜ともなると人影はめっきり少なくなる。

 そんな遺跡の一つでその男と、そしてセリカはジーンを待ち受けていた。

「セリカ!!」

 男の横で人形のように立ちつくすセリカはジーンの叫びに何の反応も示さなかった。

 催眠や暗示にかけられているわけではない事は誰よりもジーン自身が理解していた。

 いや、本当はその表現は正しくない。

 セリカは元々薬物も使用したある特殊な催眠・暗示によってその男、マスター・グランに自分自身に関する一切の記憶を奪われている。その後はずっと、セリカは『ダガー』の名で呼ばれるだけのマスター・グランの操り人形だったのだ。

 たとえ廃棄され、死ぬ所だったセリカを助け出したと言ってみたところでマスターの呪縛から完全に逃れたわけではなかったのである。

 セリカと同様に記憶を奪われ、二体目の操り人形にされたが奇跡的に記憶を取り戻す事ができたジーンとは違って・・・。

「久しぶりだなブレード。やはり記憶を取り戻していたようだな」

「ああお陰様でな。今の俺はブレードなんて名前じゃない。ジーン・レイナートだ!!」

「フフッ。どうやって記憶を取り戻したのかは知らんがやはりお前は大した男だよブレード。実に素晴らしい精神力だ・・・」

「俺をそんな名で呼ぶなぁ!!」

 ジーンは護身用に持ち歩いていた剣を一気に引き抜くと素早くマスター・グランに詰め寄った。

 振りかぶったその一撃を正面から受け止めたのは他ならぬセリカの剣であった。

「セリカ?」

「・・・・・」

 セリカはジーンの一瞬の隙を見抜くと鋭い突きをジーンに見舞った。

 しかしジーンの鍛え上げられた本能がすぐさまそれを察知。寸ででそれを避ける。

「いいぞダガー。今回の指示を与える。裏切り者ブレードを全力を持って殺害せよ。手段は問わぬ。報告の必要もない。・・・意味は分かるな?」

「・・・はい、マスター」

 手段を問わず報告の必要もない。それはつまり最悪の場合は相打ちになってでも相手を殺せという事である。

・・・かつて彼女がずっと願ってやまなかった『死』が、初めて許された瞬間であった。

 セリカはすぐに命令を実行に移した。

「やめるんだセリカ!」

 ジーンは相手の素早い攻撃を何とか捌きつつセリカに声をかけ続ける。

まだジーンの記憶が無かった頃、セリカは彼に暗殺者としての全ての技術を叩き込んだ師匠であり、マイダーンにあっては恐怖と共にその名を語られた正体不明の凄腕暗殺者・『アイン』でもあったのだ。

 その実力たるや裏の世界の名だたる組織の幹部達をその厳重な警備を潜り抜け殺し続けてきた事からもうかがえる。

 そしてその彼女を一流の暗殺者に育て、ジーンに暗殺者としての才能を見いだした当の張本人、マスター・グランはセリカの剣の鋭さが僅かに鈍っている事にすぐ気が付いた。

(・・・ふむ。どうやらかつてのあの冷徹さは失われてしまっているようだな。ダガーの真の実力は徹底した感情の抑制の上に成り立つ。だが今ではそれがかなり弱くなっている。今考えるとあの時の失敗にしてもどうにもおかしい。かつてのダガーならば現場を他人に見られる等という致命的なミスを犯すはずがない。たとえ見つかったとしてもすぐさま対処するかそれが無理ならば自滅的な行動をとったはずだ。それが今も生き残っている。

・・・考えられる要因は唯一つ、ブレードの存在だ。ブレードは見かけによらず強い精神力を持っている。その事が目に見えぬプレッシャーとなって常にダガーに作用し続けた結果、心の歯車にズレが生じ、感情抑制に綻びが生じた・・・という事かもしれん。これはなかなか面白いデータになり得るな・・・)

 本来ならさほどかからずに勝敗が決まるはずの実力差がある二人が未だに互角のせめぎあいを見せている。だがやはり、ジーンの方が押されているため出血の量も見る見る増えてきていた。

(くそう! さすがにセリカだ。このままだと殺られるのは俺だな。どうするか・・・)

 考える合間にも常に必殺の一撃がジーンに襲いかかる。さらには出血からから来る一時的な目眩がジーンを襲う!

(殺られる!)

 そう心の中で叫んだ瞬間時は止まり、自分の中で何か危険なモノが目覚めようとしているのをジーンは感じた。

(・・・我に身を任せよ・・・。・・・彼の力、疾く示さん・・・)

 そいつは意識の幅を広げるとジーンの自我を飲み込もうとする!

 命の危険よりも自我を浸食される恐怖にジーンは怒りを覚え、吼えた!

「ふざけんなぁ! 俺は俺だぁ!!」

その瞬間、体の中を何か冷たい物が貫くのを感じ、そこから全身に向かって熱にも似た痛みが走る。

「セ・・・リ・・・カ・・・」

 ジーンのその一言に、セリカは初めて動揺し、柄から手を離した。

 セリカの目の前でジーンの体がゆっくりと後ろに倒れていく。

「・・・期待はずれだったなブレード。お前の実力はそんな物だったのか?」

 そんなマスター・グランの呟きはもはや二人の耳には届いていない。

 そしてどこからともなく仲間達の声が聞こえてきた。

「思ったよりも動きが速いな。そこら辺はさすがというべきか・・・。まぁいい。おかげで面白いデータも取れた事だしな。ダガー、お前はもう用済みだ。望み通りにするがいい」

 そう言い残すとマスター・グランは闇の中へと消えていった。


 セリカは倒れたジーンから剣を抜いた。傷口から激しい血飛沫が上がり辺りを紅く染めあげる。

 全身を返り血で真っ赤に染めながらセリカは血を止めようとするかの様に傷口に手を当てる。だが当然血は止まらず、ジーンの顔色も紙のように白くなっていった。

(このままじゃ・・・ジーンが死ぬ? 死んでしまう?)

 すると突然、セリカは胸の前で手を組み祈りを捧げ始めた。

 ジーンと初めて会った時、セリカは僅かな教義の内容しか知らなかった。祈るという事すら教えられていなかった。

 人を殺す立場の人間が多くを知るのは危険だったし、人を救う言葉など暗殺者には論外だったからだ。

 だから『祈る』という事はジーンが教えた。神の教えも祈りの言葉もすべて。

 だが今セリカが神に捧げる言葉はジーンがセリカに教えた言葉のどれでもなかった。

(神様・・・。私はもしかしたらあなたの子供ではないかも知れない。でも今ここに倒れている人は間違いなくあなたの子供なのです。どうか私のためではなく、彼のために力を貸して下さい!!)

 その時、セリカは自分の中に不思議な何か、暖かいものの存在を感じた。

(神様?)

 セリカがジーンの傷口に手をかざすと、ジーンの体が不思議な光に包まれていった。

「・・・何が起こってるんだ?」

 探していた二人を見つけてたどり着いた仲間達は瞬きもせずにその『奇跡』を見届けた。

 ジーンの全身を包み込んだ光が体の中に消えて無くなると、ジーンの体中にあった傷はすべて癒されて無くなっていた。

 ゆっくりと目を開けたジーンが最初に見たものは、目に涙をいっぱいにためたセリカの顔であった。

「夢を見たよ・・・」

 まだ夢から醒めやらぬのか、それとも血が足りずにぼぉっとするのか、ジーンの目はまだうまく焦点を定められずにいた。

「どんな夢?」

 セリカは自分が泣いている事にも気づかぬままジーンに尋ねる。

「生まれてから今日までの人生をさ。そしてつくづく俺は罪深い人間だと思った。だけど・・・」

「なに?」

 ようやく焦点が定まった目でジーンはセリカの顔を覗き込む。

「こんな言葉も思い出したよ。『人は痛みと愛で生まれ変わる』・・・ってね。そしたら急に救われた気分になったんだ。そして目を開けたら、そこには君がいたんだ・・・」

「ジーン」

「俺は一度死に、君の祈りで甦った。だからセリカ・・・」

「なに?」

「君が俺の女神なんだ」

 そう言うとジーンは目を閉じて、すぐに寝息を立て始めた。

 セリカはジーンを起こさないように頭を膝に乗せると幸せそうにその寝顔を見つめるのだった。


「・・・こんな時まで女を口説くんだから大した野郎だ」

 レヴァインは呆れたように肩をすくめた。

「でもセリカさん、幸せそう・・・」

 アルディスが羨ましそうに二人を見つめた。

「しかし、二人に一体何があったのでしょう?」

 カエデは何となく浮かんだ疑問を口にする。

「さあな。いずれ近い内にジーンの方から話があるだろう。なにやら裏もありそうだしな」

 義妹の質問に答えるかのようにリディオネルが言った。

「束の間の休息だったね~」

 アルフィは別段いつもと変わらぬ調子でそう呟いた。

「そうだな」

 シンウィもまた同様に頷く。

 この時この場にいた誰もがこれから先ジーンとセリカに襲いかかるであろう災いに対し共に戦うべく心を固めるのであった。

 そしてそれは、おそらくそう遠くはない未来の事・・・。

これにてアーカイヴスシリーズ終了です。ご愛読ありがとうございました。

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