5.フェイタル・マドンナ(1)
このシリーズの最終話です。3部構成になります
「久しぶりのハイランドだ~!」
眼下にその街並みを見下ろして、ジーンは大きく深呼吸する。
「ここが・・・そうなの?」
ジーンの隣に立つ少女は特に表情を変える事もなく呟いた。
艶やかな黒髪を肩の上で切りそろえ、瞳は真っ直ぐに前を向いている。
まだ少し幼さを残す体はしかし少女特有の瑞々しさにあふれていた。
服装は体にぴったりとしたスパッツにチャイナ服の上半分を切り取ったような動きやすいシャツを着ている。
全体的に活動的な印象の少女だがその反面で表情は感情に乏しく、瞳はどこまでも冷たい・・・というより静かな湖面を思わせた。
そんな少女にジーンはとかく明るい声で言った。
「そう! これから俺達が暮らす街さ!!」
「・・・行きましょう・・・」
そんなジーンを軽く一瞥すると少女は何事もなかったかのように歩き始めた。
「うわっ、ちょっと待って・・・!」
ジーンは久しぶりの帰郷に感慨ふける暇もなく、慌てて少女の後を追いかけるのであった。
『白き翼』
そこは一言で言えば冒険者のたまり場とも言える。
もしこの街に住む誰かが何か厄介事に巻き込まれたとしたなら、その者は迷わずここへ力を借りに来るだろう。
なぜならここにはこの店の主人、ルゥ・ランスバートをはじめとする腕利きの冒険者が多数いるからだ。
そんな強者達の集まる場にしては、ここの空気は今日も穏やかに流れていた・・・。
「う~ん、平和だねぇ~」
アルフィ・コールブルーはのんびりとお茶をすするとテーブルの上に置かれたお茶請けからクッキーを一つ取り、足下にいる愛犬・オカダに与えた。
オカダはそれをうれしそうに一口で食べてしまう。
「そうだな・・・」
同じようにお茶をすすりながら本を読んでいたシンウィ・コールブルーもそれに同意する。
「ホント、この所大きな事件もなくなって良い事ですよね♪」
アルディス・ラストニアがそう言ってにっこり微笑むと平和な空気がますます平和になったような気がした。
「リディ兄様にもちょうどいい静養の時間になって助かります」
「・・・・・」
義妹のカエデ・アルカディアの一言にリディオネル・グランスターは何も言わなかった。
つい先日まで多くの仲間達が傷つくほどの困難な事件が続き、リディオネルは文字通りカエデに死ぬほど心配を掛けたのだ。はっきり言って何か言えるはずもなかった。
「はっはっはっ! 一本取られたなリディオネル」
「たしかにね」
大きな声で笑っているのはレヴァイン・フレイディスとレーチェル・フェルミナートであった。
こんな風に今日も一日が過ぎてゆこうとしていた。その時である。
カラン、とドアに付けられた鐘が音をたてる。
その音を聞き逃す事なく『白き翼』の女主人、ミル・ランスバートは入り口の方を振り向く。
「いらっしゃいませ・・・まぁ!!」
彼女が振り向いた先には数カ月ぶりに見る懐かしい顔が立っていた。
「ただいま、ミル。・・・みんなも、元気そうだね・・・」
その声に一同もまた入り口の方を振り向き、そして声を掛けた。
『ジーン!!』
そう。そこに立っていたのは薄汚れた旅装束を着たかつての仲間、ジーン・レイナートであった。
「・・・ようやく自分に自信が持てたと思ってね。・・・帰ってきたんだ・・・」
そう言ってジーンは柄にもなく照れくさそうに笑った。
「とにかくお疲れでしょう? お腹は空いてる? 簡単な物だったらすぐに用意できるけど・・・」
「ありがとうミル。それじゃあ二人分、用意してもらえるかな?」
『二人分?』
思いがけずその場にいる全員の声が重なった。
その事に思わず苦笑しながらジーンは一人の少女を中に招き入れた。
年の頃は15,16といったところだろうか。艶のある黒髪に黒曜石の瞳をした少女は、まるで良くできた人形のような印象を見る者に抱かせながらジーンの隣に立った。
「紹介するよ。この子の名前はセリカ。セリカ・レイナート。・・・俺の妻だ」
その一言に空気が凍り、時が止まる。
『ええ~っ!?』
「・・・初めまして。セリカです。よろしく・・・」
一同の驚きを気にした風もなく、セリカは簡単に挨拶をした。




