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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
ジーン・レイナート・アーカイヴス
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4.君と共にある自由(3)

 ティアラの死後、ジーンはすっかり気が抜けてしまった。

 やはりショックだったのか、ジーンはここ2,3日の記憶を無くしていたがその事すらも今は気にならなかった。

 ジーンは一人食堂でランチをつつきながらぼーっとしていた。

「君がジーン・レイナートかい?」

 ジーンがその声に振り向くと、そこにはプラチナの髪をした見るからに愛想のいい青年が立っていた。

「・・・ティアラの兄貴が俺に何のようだ?」

「えっ!?」

 声を出して驚く青年にしかしジーンは面白くも無さそうに呟いた。

「俺の知り合いには一人しかプラチナの髪をした奴はいない。だからヤマをかけただけだ・・・」

「なるほど。『ハードヘッド』の異名は伊達ではないね。その通り。僕の名前はアルベール・クラン。ティアラの兄だ」

 アルベールと名乗った青年はジーンの横に腰を掛けると自分の分のランチを注文する。

「それで? 恨み言でも言いに来たのかい? 『ティアラが死んだのはお前のせいだ!』って」

そんな風に自嘲するジーンをしかしアルベールは憐れむように見つめた。

「そんなことはしないよ・・・。ティアラが死んで悲しいのは確かだがそれは僕だけではない。遠く離れて生活し、年に何度も顔を合わせる事もなかった僕よりも、僅かの間とはいえ妹の側にいて、妹と共に時を過ごした君の方がはるかに心が傷ついている。 ・・・そんな人間を不必要に責める事はできないよ・・・」

「・・・馬鹿な奴だよな。やっぱり最初に見つけた時にそのまま見捨てておけばよかったのに。そうすればもっと長生きできたろうによ・・・」

 アルベールは怒らなかった。なぜならジーンが言葉とは裏腹に泣きそうな顔をしていたから。それと・・・

「いやそれは無かったろう。もし君に出会わなかったとしても、妹はあと一年で死んでいたはずだ・・・」

 アルベールがぽつりと呟いた一言に初めてジーンは大きく反応した。

「どういうことだ?」

 アルベールは続ける。

「妹は・・・元々心臓が弱かったんです。生まれた時からずっとそうでした。今までにも何度も視線を彷徨いましたがついに今年のはじめ、医者からはっきりと宣告されました。私は・・・いつかその日が来る事を承知していたくせに数年前、妹の前から逃げ出しました。全寮制の学校に入る事で家を出たんです」

 ジーンは何も言わなかった。アルベールはさながら己の罪を告白するようにしゃべり続けた。

「でも僕は逃げた自分を否定したくていつも妹に手紙を出していました。妹もまた、いつも僕に返事をくれました。ジーンさんの事は妹の手紙で初めて知ったんです・・・」

それを聞いてジーンは、何故会った事もないはずのアルベールが自分の事を知っていたのかようやくわかった。

「ジーンさんに出会ってからのティアラは本当に幸せだったようです。いつも僕に気を使うような大人びた手紙だったのに、いつの間にか妹の手紙は幼い頃の、まだ元気だった時のような手紙になっていました。何というか感情表現が多くて、怒ったり笑ったり甘えたり拗ねたり、そして時には僕が今まで知る事の無かったような一面さえも、その手紙の中にはありました。妹は本当にジーンさんには心を許していたようですね。今更ですが僕からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」

「俺は何もしていない。あいつが勝手にしてただけだ」

 照れたようなジーンの一言に、アルベールは苦笑した。

「僕はそんな風に妹を自由にさせてやれませんでした。それどころかいつも妹に気を使わせてしまって・・・。僕もティアラの好きなようにさせてやればよかった。たとえ短い命でも本気でケンカしたり、一緒に遊んでやればよかった・・・」

 アルベールは目元を押さえると涙をこらえるように俯いた。

 その間、ジーンはただ黙っていた。

 しばらくするとアルベールも顔を上げた。もうその顔に涙の後は見えない。

「ありがとうございます」

「何のことだ?」

 アルベールはその時初めてジーンという男をティアラの兄としてではなく、そう言った立場を越えた親しみを感じたのだった。

「実は今日ここへ来たのはティアラの想い人がどんな人間であるか知りたかったのともう一つ、誤解を解く為なのです」

「誤解?」

「ええ。・・・ティアラの死にあなたが悔やむ事はないんです。なぜならティアラの命はすでにその心と共にあなたの物だったのですから」

「馬鹿なことを言うな!!」

 ジーンはアルベールの首根っこを掴んだ。

「あいつの命はあいつ一人の物だ、誰の物でもない!! なのにあいつは俺のせいで巻き込まれて死んだんだぞ!?」

 アルベールは苦しそうに声を出しつつもジーンに言った。

「確かにそうです・・・。でもティアラはあなたに言ったはずですよ?

『あなたになら殺されても良い』と・・・」 

 その一言にジーンは愕然とした。

 それはジーンが初めてティアラに会った時に確かに彼女が口にした言葉だった。

「ティアラはずっと・・・探していたんです。自分を殺してくれる存在を。そしてティアラはあなたに出会った。ティアラはあなたに『殺しても良い』と言ったのにあなたは殺さずに『勝手にしろ』と言った。だからティアラは勝手にあなたに『命を預ける』事にしたんです。・・・死ぬ最後の瞬間まで精一杯生きてみようと思って、他ならぬあなたの側で・・・」

 ジーンは今更ながら何故こんなにもティアラに心惹かれていたのかわかった気がした。

 きっと、ティアラのそんな強い生き方に知らず知らず憧れていたからだろう。

「ティアラはいつも手紙の中であなたに詫びていました。『自分は今にも死ぬかも知れないのに、そんな自分の我が儘に無理矢理付き合わせて、結局ジーンを傷つける事になる。その事がとても心苦しい』と・・・」

「・・・あのバカ・・・」

 ジーンはティアラの笑顔を思い出していた。そしてあの笑顔の下でそんな事を考えていたのかと思うと無性に腹が立った。

「何おすまししてたんだよあいつは! あいつは多少我が儘なくらいがちょうどいいんだ!! 子供のくせに変な気ばっか使うから病気なんかになるんだよ!!」

 ジーンはぐっと涙をこらえた。意地でもあいつの為に泣くもんかと思った。

「だから君のせいでティアラが死んだなどと言っても、ティアラはきっと後悔していないと思う。むしろ君を失わないで良かったと思っているんじゃないかな、あの子は。だからジーンさんにも自分を責めてほしくないんですよ・・・ティアラの為にもね」

 ジーンは沈黙した。

「もしもジーンさんが苦しんでいたりしたらあの子もきっと心を痛めてしまうでしょう。だからせめて、生きているジーンさんにはもっと強くなって欲しいんです。あなたがいつも元気でいることがティアラにとって何よりの供養になると思いますから・・・」


「どうかしたの、ジーン?」

 隣を歩いていたロファ・サーフェが声を掛ける。

「・・・何でもない。ちょっと昔の友人を思いだしていただけさ・・・」

 それを聞いたロファは得意の『にゃふふ~ん♪』な笑顔を浮かべて尋ねる。

「ジーンの友達って言うとあの王都で役人になってる人だよね?」

「ああ。人気も実力もあるようだし評判は悪くはないようだな」

 その隙を逃さずロファはきっぱりと言った。

「さっすがぁ!! どっかの不良神父さんとは違うわね?」

「どっかのこまっしゃくれた子供に言われたくはないね。それに・・・俺の方がいい男だ!」

「『いい男』って言うのは外見だけじゃないわよジーン。まだまだ青いわね♪」

「ネコ耳女装少年に言われたくはない!!」

 そう言ってロファの首根っこを掴もうとしたジーンだったがするりと逃げられてしまった。

「つかまえてごらんなさ~い♪」

「てめぇ、まちやがれ!!」


 アルベールが見ていたら苦笑しそうなジーンの日常の光景。だがジーンはこんな平和な日常を嫌ってはいなかった。

 少なくとも誰も信じられなくていつも一人だった頃よりずっと良い。

(君が教えてくれたんだティアラ。本当に自由に生きるとはどういう事かを・・・。だから俺はこれからも好きに生きるよ。この命も懸けられる仲間達と共にね・・・)


 許してくれる人の為に命を懸けて生きていこう。一人ではない『自由』を手にして・・・。

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