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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
ジーン・レイナート・アーカイヴス
55/60

4.君と共にある自由(1)

第四話目です。今回は3部構成になります。

 その日、フランツ・レイナートの妻、ミレーヌは夢を見た。

 暗い、一切の光を受け付けぬ深い闇の中に、ミレーヌは一人立っていた。

「ここは・・・?」

 彼女はそう呟いた。

 すると突然、巨大で何か恐ろしい存在が目の前に現れるのを感じた。

 彼女は恐怖に震えたが身動きはできない。

 目の前の何かは彼女にすっと手を伸ばす。

 その手は臨月を迎えたミレーヌの腹部にのび、入り込む。

 彼女は何とかお腹の赤子を守ろうとしたが、振り払うその手は相手の手をすり抜ける。

「いやぁぁぁ!」

 叫ぶミレーヌにしかし、闇の主は静かに笑ったように思えた・・・。


 それから三日後の満月の晩にミレーヌは急に産気づき、一人の男の子を出産した。

夫のフランツは待望の我が子の出産にしかし、言葉を失った。

 人間同士の夫婦の間に生まれた赤子は・・・妖魔だったのだ。

夫婦は次の日すぐさま大神殿に足を運び、出てきた神官に妻が夢で見た内容と、生まれたばかりの我が子を見せた。

 すると神官は二人を最高司祭の元まで案内した。

 大神殿の最高司祭・ジェラルドは夢の話を聞いた後、赤子を指さして言った。

「この子はかの邪神・ファクルデスの力を持って生まれた赤子。いつの日か成長した暁には邪神はこの赤子の魂を喰らってこの世に降臨するやも知れぬ。可哀想だが今の内に殺した方がよい・・・」

 それを聞いたミレーヌが涙を流して懇願した。

「そんな・・・! たとえ邪神の力を持って生まれたとはいえ私にとっては可愛い我が子!! 私がこのお腹を痛めて産んだ子です! どうかこの子をお救いください・・・」

「私からもお願いします司祭様! たとえこの子が呪われた子供として生まれて来たんだとしても、親としてはこの子を守ってやりたい! どうかお願いします・・・」

 夫婦の強い懇願にジェラルドはしばし考えたが、ふと口を開く。

「わかった。そこまで申すのであれば仕方あるまい。・・・この子に『禁呪』を施す事にしよう・・・」

『禁呪!?』

 声を揃えて尋ねる夫婦にジェラルドが説明する。


 ジェラルドの言う『禁呪』とは『アインの呪い』と呼ばれるものであった。

 神話の時代、初めて人を殺した人間『アイン』を闇の神アートルムが自ら加護を授け、異端者や罪人を処罰するように命じたという。

 アインの死後、アートルムの授けた力と加護は『呪い』という形で残った。

 『アインの呪い』が禁呪とされるのは、その強大な力が時として呪いを受けた者の自我を破壊し、単なる『殺人機械』へと変えるからであった。

「アインの呪いは邪神に対抗する力をもたらす呪い。危険は大きいが今はこれしか方法はあるまい・・・」

 夫婦は藁にもすがる思いで承諾し、生まれたばかりの赤子に『アインの呪い』をかけてもらった。

「・・・呪いは成功した。後はこの子次第であろう・・・」

 夫婦は息子に『ジーン』という名を与えると、三柱神に何度も深く祈りを捧げるのであった・・・。


 その後、ジーンはすくすくと成長し、邪神の力に目覚める事もなかった。

 しかしジーンは物心付いた時から既に、他人に迷惑を掛ける子供であった。

 そしてその度合いは年を取るごとに益々ひどくなっていった。

 更に厄介な事に、ジーンは人並み以上にずる賢い子供であった。

 どんな時でも抜け目無く立ち回っては他人を煙に巻いてばかりいたので、いつしか人はジーンの事を『ハードヘッド(抜け目無い奴)』と呼ぶようになっていた・・・。


 両親にさえ易々と心を開こうとしないジーンはいつも孤独だった。

 彼が他人に心を開こうとしないのには理由があった。

 ジーンは、それこそ赤子の時からずっと、他人の抱く『負』の感情、もしくは悪意に敏感な子供であった。さらに呪われた出生の持ち主であるジーンの周りにはいつも多くの『負』の感情が取り巻いていたのだ。

 たとえ顔は優しく微笑んでいたとしても、その裏に隠された欲望や打算、悪意がうずまいている事など日常茶飯事であった。

 その内ジーンは他人を信じなくなった。そして悪意には悪意で返すことを覚えていった。 良くも悪くも純粋すぎた少年時代のジーンにとって喧嘩やイタズラは、ジーンがジーンらしく生きていくための、まさに戦いでもあったのだ・・・。


 そうしていつしか少年時代が過ぎていき、いつの間にかジーンも17歳になっていた。

 今の彼は日常の殆どを酒、女、喧嘩に費やして過ごしていた。

 そんなある日、ジーンはいつものように一対多数で喧嘩をしていたのだが、相手の一人が刃物を抜いてジーンに襲いかかってきた為ジーンは腕に深手を負ってしまった。

 その場は何とか逃げ出して、何処ぞの屋敷に忍び込んだジーンだったが腕の怪我の出血がひどく、ついにはその場で気を失ってしまった・・・。


 目を開けるとそこは見知らぬ部屋の中だった。

 どうやら忍び込んだ屋敷の一室らしいとは見当が付いたが、腕の怪我まできれいに包帯を巻かれているということにはどうも変な気分になった。

 そしてジーンは誰かが扉を開けて部屋に入ってきた事に気づいた。

 入ってきたのは年の頃にして13,14歳。肩まで伸びたプラチナの髪に仕立ての良い服を着た愛らしい少女だった。

「よかった、気が付いたんですね・・・」

 少女は手に包帯と薬箱を持っていた。

 そうしてベッド脇に置かれたイスに腰掛けると、ジーンの左腕を掴もうとした。

「触るな!」

 ジーンはすぐさま、まるで噛みつかんばかりに吠えた。

 少女はそんなジーンに、驚きこそしたが怯むことなく腕を掴み、優しい声で語りかけた。

「怖がらないで・・・。包帯を替えるだけですから・・・」

 しかしジーンは警戒を解かず、探るような目で少女を睨み続けていたが、少女はにっこり微笑むだけだった。

「お医者様に言われてるの。定期的に薬を塗って、包帯を替えるようにって・・・。傷は深かったけど骨や筋には問題ないって言ってたわ」

 少女の言葉からジーンはどんな些細な悪意をも見いだす事はできなかった。実の両親でさえジーンに対してはどこか怯えたように感じているのにだ。

この時ジーンは生まれて初めて純粋な人の善意という物にふれた気がした。

 それでもジーンは警戒を緩めることなく少女に尋ねた。

「・・・お前の名前は?」

「私? 私はティアラ・クラン。あなたは?」

「俺は・・・ジーン・レイナート」

「そう。よろしくねジーン!」

 ティアラは屈託のない笑顔でジーンに応えた。


 その後ティアラに聞いた話では、ジーンは裏庭で血を流して倒れている所を発見された後、すぐさま部屋まで運び込まれ、医者に診てもらったのだという。

「変な奴だな・・・。普通だったらそんなの放っておくだろう?」

「それこそ変だわ! 普通だったら私みたいに助けようとするものよ!!」

 二人は互いの言い分に変な顔をする。

「おめでたい奴だな、お前。いいか、世の中全員が全員お前みたいにおめでたい訳じゃないんだぞ。むしろお前みたいな奴の方が珍しい・・・」

「あら、そんな事ないわ。私は・・・余り家から出ることはないけれど、それでも殆どの人はみんな、いい人よ?」

「表向きはそうかも知れねぇが裏では何考えてるかわからないもんだぜ。俺は・・・天使の皮をかぶった堕天使がいかに多いか、よぉく知ってるぜ・・・」

「・・・あなたは可哀想な人ね・・・」

「何!?」

 ジーンはティアラを睨んだが、しかしティアラはそれを気にせず、むしろより一層の哀れみの目でジーンを見つめた。

「あなたはまるで手負いの獣のようね。全てのものに牙をむいて警戒している。他人に優しくされた事がないんだわ。だからいつでもそんなに怯えてる。あなたはこれまでずっと自由に生きてきたのでしょうね。でもその事が、ますますあなたを孤独にしてきたんだわ・・・」

「うるさい!」

 ジーンは咄嗟にティアラの細い首筋を掴んだがティアラは決して動じない。

「私を殺すの?・・・いいわ。あなたになら殺されてもいい。でもねジーン。たとえ私を殺してもあなたの中から孤独の影が消えることは決してないわ・・・」

 そう言ってティアラはそっと目をつむった。

ジーンは指先に力を込めた。・・・だがどうしてもそれ以上先には進めなかった。

「・・・勝手にしろ・・・!」

 そう言ってジーンはティアラから手を離した。

ティアラは少しむせ込んだ後驚いた顔をしていたが、すぐに顔をほころばせると嬉しそうに頷いた。

「わかったわ。勝手にするね!」


 その後、結局ジーンは左腕の怪我が治るまで屋敷に留まる事となった。

 そして怪我も治りジーンが屋敷を出ていくと、今度はティアラがちょくちょくと屋敷を抜け出しては街に遊びに来るようになった。

「で、何でついて来るんだ?」

「いいでしょ別に。・・・大体ジーンが言ったんじゃない。『勝手にしろ』って。だから私、勝手にジーンについてまわってるだけだもん!」

「やっぱり変な奴」

 そう言うとティアラはジーンの後ろでふくれたが、その時ジーンは何とも言えぬ優しい微笑みを浮かべていた・・・。

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