1.あいつが噂の『ちゃっかり猫』(3)
それからしばらくして、月に一度の薬草摘みの日が来た。
「気をつけるんだよマリア。慣れているといっても山は油断ならないからね・・・」
「大丈夫よティモンズ。心配してくれてありがとう」
ミネルバ宅の前でティモンズとマリアが、二人してミネルバそっちのけで自分達の世界を作っていた。
「ったく、嫌味な男だね。年寄りの心配はしないとはね・・・」
「何言ってんの。ミネルバさんには俺がいるじゃない?」
そう言ってその場に現れたのはジーンであった。
「あ、ジーンさん! ごめんなさい、今日は・・・」
「うん、知ってる。薬草を摘みに山に行くんだろ? それを聞いたからこの間のお礼に道中の安全をお祈りしに来たのさ」
ティモンズから視線をはずしてジーンと話はじめるマリア。
そしてティモンズはというとそんな二人を睨むように見つめていた・・・。
ジーンが幸運の祈りを捧げ終わると、二人は早速山へと入っていった。
「おい、貴様・・・!」
ティモンズは二人の姿が見えなくなるとすぐさまにこやかに手を振っていたジーンの肩を荒々しく掴んだ。
「一言言っておく。貴様とミネルバさんがどんな関係にあるのかはしらんが、もうここへは二度と来るな!! わかったか!?」
「今にも食いつきそうだなティモンズ。何をそんなに興奮しているんだ?」
ジーンはしれっと言ってのけた。
「・・・いいな。二度とは言わないぞ。もうここへは二度と来るな!!」
「・・・ティモンズ・アルバート。三ヶ月前にミネルバ宅前で行き倒れている所を助けられる。どうやら記憶を無くしているらしいがその身なり風体からそこそこの身分の人間であると思われる。ミネルバ夫人の孫娘であるマリア嬢と恋仲との噂・・・」
ガッ、と音がしたかと思うと、ジーンはティモンズによって壁に押さえつけられていた。
「何をこそこそ人の事を探っている? 何が目的だ?」
「べ、別に・・・。ただあんたの事を知っているような気がするだけさ。それと、マリアを泣かせたくないだけだ・・・ぐっ!」
気が付くとジーンは地面に倒されていた。右の頬が熱い。
「消え失せろエセ神父! これ以上ここにいたらもっと痛い目に遭わせるぜ!!」
今のティモンズはマリアの前で見せていた笑顔をすっかり消していた。そこにあるのはジーンに対する怒りの形相のみ。
だがその表情はどこかこわばって見えた。
「できるかどうかは知らないが、とりあえずこの場は退散させてもらうとしようか・・・」
そう言ってジーンはその場を立ち去ったが、ティモンズはそのままその場でなにやら考え込み始めていた。
「くっ、仕方ない・・・。予定通りに今夜決行するしかあるまい・・・」
教会に戻ったジーンは自分が普段使っている部屋の中に入り、文机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
そこに記された名前は、遠く王都にいる親友の名前が記されている。
「さぁてと、準備しますか・・・」
この日の夜は満月が白く輝き、皓々として美しい夜であった。
月は、闇の神アートルムが統べると言われる魔界の、この地上における一つの姿であるといわれる。その白く冷たい輝きは妖しく地上を照らし出していた。
そんな月明かりを避け、より色濃く写る影の中を渡り歩く数人の姿があった。
男達は揃って黒い装束に身を包み、顔もわからなくしていた。
そして男達はミネルバ宅の前で止まる。
「・・・しっかり見張ってろ・・・」
男達の頭目らしい男一人が部下達にそう言いつけて、自らはミネルバ宅へと進入しようとする。
「お楽しみはそこまでだティモンズ」
どこからともなく風に乗って届いた声が、頭目の動きを止める。
「誰かいやがる!」
最初に動いたのは部下の方だった。男が指さしたその先に一人の神官が立っていた。
「奇遇だな。これも我が神アートルムのお導きによる物かな?」
「ジーン・レイナート。貴様・・・」
「連続美術品強盗団『ナイト・ハンド』。あんたらの今回のお宝はマリアの父、オリビエ・トーラスの幻の傑作『家族の肖像』かい?」
その一言に盗賊団全員が殺気立つ。それぞれが片手にナイフを握りしめる。
「・・・そこまで見抜いているのなら、仕方がない・・・。貴様、もう命はないと思え・・・!!」
その一声で、あっという間に五人の男達が円を描く様にジーンを取り囲む。
「顔を隠してもわかるぜ。・・・お前と、お前。この間会ったよな。下手な芝居をしている時より今の方がずっと様になってるじゃないか。さすがは本職といったところか?」
ジーンが指差した男達はしかし何も答えなかった。
だがその刃先は確かに怒りで震えていた。
「やれ」
ティモンズの命令と共に、五人の男達は一斉にジーンに襲いかかってきた。
しかしジーンは慌てる素振りも見せずにぐっと右手を握りしめていた。
そしてまるで今の状況を楽しむかのようにほくそ笑んだ
「俺を殺すと罰が当たるぜぇ・・・」
「ば、馬鹿な・・・」
気が付くと立っていたのはティモンズとジーンの二人だけになっていた。
しかも、ジーンの左手にはいつの間にか片手用のメイスまでもが握られていた。
「悪いな。人を出し抜くのは得意なんだ」
ジーンはまず最初に、襲いかかってきた正面の一人を相手のナイフをかわしつつ叩きのめす。
見かけによらず腕力の強いジーンのパンチは一発で相手を眠らせた。
次いで背後の敵を回し蹴りで倒し、その間に距離を詰めてきた三人の顔にそれぞれ、握っていた小石を右手の親指を使ってはじいてぶつける。
相手が怯んだ所でこっそり物陰に隠して置いたメイスを取りだし、応戦する。
明らかに喧嘩慣れした動きで残る三人も叩きのめした。
「貴様、すべてあらかじめ準備をしてあったというのか・・・」
「日頃の行いの差だな。行い正しい俺に加護が付いて、行い悪しきお前達には天罰が下ったのさ・・・」
ジーンは斜に構えると相手を見下すように笑った。
「・・・かつて王都でこんな話を聞いたことがある。アートルム神殿の高司祭の息子は奸計に長け、喧嘩をすればいつも勝ちを収めていると・・・。相手の強弱、人数に関わらず、その男は必ずや相手を罠に掛けて仕留めてみせるともっぱらの評判だった・・・。例えその方法が卑怯卑劣であったとしても、もっとも効果が上がると判断すれば構わず実行したという。だから誰も敵わなかったと・・・」
「・・・・・」
ジーンは何も言わなかった。
「その用意周到さ、抜け目のなさからそいつは『ハードヘッド(抜け目無い奴)』と呼ばれていた・・・。貴様の事だな?」
ティモンズはそう言ってジーンの顔色を伺った。
「今はただの『ちゃっかり猫』さ。昔の事なんて覚えちゃいないよ・・・」
そう言ってジーンは僅かに苦笑した。
「・・・しかし、たしか『ハードヘッド』は用意していた仕掛けが暴発して死んだはずじゃあ・・・」
「あんたも変なところで素直だな。・・・もしその噂が当の本人によって流されたものだったとしたらどうなる?」
「! 何故そんなことを?いったい何の意味があるというのだ!?」
「・・・さぁね。生まれ変わってやり直したかったんじゃないの・・・」
二人の間を吹きすぎる風が沈黙を誘う。
「さて、そろそろ観念してもらおうか・・・」
そう言ってジーンは再び親指で何かを弾いた。
「フン!」
ティモンズは顔に向かって飛んできた小石をナイフで弾き飛ばす。
・・・はずだった。
ティモンズがナイフで弾いたそれは突然粉のような物を吹き出したのだ。
「なに、これは・・・!?」
その粉を思いっきり吸い込んだティモンズは徐々に前のめりに倒れていった。完全に地面に倒れた時にはもう寝息を立て始めていた。
「即効性の睡眠薬だ・・・。ちゃんと忠告しただろう、『人を出し抜くのは得意』だってさ・・・」
この後ジーンはティモンズ達『ナイト・ハンド』一団を全員縛り上げると、かねてから手紙で打ち合わせをしておいた王都の役人達に人知れず身柄を引き渡した。
こうして街の人々が何も知らない所で事件は解決した。
しかし、ジーンにはまだやり残した事があった。それは・・・
「そんな・・・、ティモンズさん・・・」
マリアは泣くのを必死に堪えていたが、見る見るうちに目尻に涙がたまっていった。
ジーンはマリアに、ティモンズの記憶が戻った事を告げた。
ティモンズはかつて王都にいた時恋人を巡って他の男と争いとなり、誤って相手を殺してしまった。そこでティモンズは役人に捕まる前に王都を離れ逃げ出してきたのだ。しかも途中で事故に遭い記憶を無くしそのままこの街に辿り着いたのだった。そして、マリア達に出会う事となった。
記憶は戻ったがここでの暮らしは覚えていて、この街で暮らした三ヶ月を振り返り、ようやく自分の犯した罪を償う気持ちが心の中に生まれたのだった。だから王都に戻って自首する事にした。
マリア達に会わずに発つ事はすまないと思っているけれど別れるのは辛いので、もし引き留められたりしようものなら折角の決心が鈍ると思って、だから一人、黙ってこの街を去る事にした。
・・・とジーンはウソ八百なシナリオをスラスラと説明したのだった。
「・・・最後にマリアへ伝言。『本当に好きだった。幸せになってほしい』だってさ」
神妙な顔でそう呟くジーンの姿は到底演技には見えなかった。
その一言でとうとうマリアは大声を上げて泣き始めた。
ジーンはそんな彼女を優しく抱きしめる。
「幸せになるんだ・・・。それが彼の最後の願いだったのだから・・・」
マリアはジーンの胸にしがみついてわんわんと泣いた。
その時ジーンは心の中で神に懺悔をするのだった・・・。
「で、その後マリアの様子はどうなのジーン?」
『白き翼』で昼食を取っていたジーンは、不意にミルから尋ねられて喉を詰まらせた。
「あ、ジーンさん、お水!」
すかさず横にいたアルディスがコップを差し出す。
コップの水を一息で飲み干したジーンはその後の話を語りだした。
「今はすっかり元気になったよ。最近、お父さんから絵を習い始めたらしい」
「そう、それなら良かった・・・」
ミルはホッと息をついた。
「・・・だけどマリアのお父さんが帰ってきて良かったねぇ」
「それも『国王夫妻お気に入り』の人気画家になってな」
アルフィとシンウィはそれぞれに感慨深げに頷いた。
マリアの父、オリビエ・トーラスはあれから少し立って帰ってきた。
4年に一度の画家達の祭典、『王立アカデミー主催大展覧会』においてオリビエは見事、国王の目に留まり優勝したのだった。
優勝したオリビエには宮廷画家としての道が約束されたのだが、オリビエはそれを辞退し、今後はこの街で、家族の元で絵筆を取る事を決めたのだった。
国王夫妻は大層がっかりしたそうだが、それでオリビエが素晴らしい絵を描くのならと、これを許したらしい。
ちなみに優勝した絵のタイトルは『我が娘』であった。
「しかしいくら月日がたったとはいえ失恋の痛手は癒えてはいまい。ここは一つ、俺が彼女を慰めるとしよう・・・」
そう言ってレヴァインが気合いを入れる。
「傷口に塩を塗り込むつもりかよ。お前が心配しなくたって彼女は大丈夫さ」
「随分理解力があるじゃないかジーン。どうしてだ?」
「本当に・・・。どうしてですかジーンさん?」
ルウとディアの二人が思った事を口にする。
「それは・・・」
とジーンが口を開いたその時、
「あ、あの、こちらにジーンさん、いらっしゃいませんか?」
元気な声でそう言って入ってきたのは他ならぬマリアだった。
「あら、マリアさん。いらっしゃい」
「こんにちはミルさん! ところでジーンさんは・・・?」
「俺ならここだけど・・・」
ジーンが片手をあげて声を掛けるとマリアは『あ♪』と声を上げて側にやって来る。
「ジーンさん、ジーンさん。実は私、クッキーを焼いたんです。良かったら食べに来てください!」
「へぇ、いいねぇ。それじゃお邪魔しよっかな」
「はいっ♪ おばあちゃんもお茶を用意して待ってます。だから・・・」
「うん、わかった。じゃ、みんな。そう言うことで・・・」
立ち上がったジーンの右腕にすがりつくように甘えるマリアの姿を見て、その場にいた全員が、心の中でこう叫んでいた。
(こんのぉ『ちゃっかり猫』!!)
第一話終了です。




