1.あいつが噂の『ちゃっかり猫』(1)
四人目の主人公、ジーン・レイナートのシリーズです。アーカイヴスシリーズの最後の主人公になります。よろしくお願いいたします
この街には家主のいない古い教会が存在した。
だいぶ永いこと主と呼ぶべき存在を持たなかった教会だったが、いつしかそこに一匹の猫が住み着く事となった。
「・・・ここにすっか・・・」
誰もいない上に管理もされていないその教会を抜け目無く見つけ出し、その上そこをすかさず自分の居場所にしてしまった『ちゃっかり猫』。
その猫の名を『ジーン・レイナート』という。
「よぉジーン! どこに行くんだ? いい魚が入ってるぜぇ!」
「おやジーン! まぁた酒場かい? あんまり飲み過ぎるんじゃないよ」
「ははは! わかってるよマーサさん! あ、ラトスさん、俺の分の魚も残して置いてくれよ! 帰りにもらいに行くからさ!」
「おいおい、買ってくれるんじゃないのかよジーン!? ったく、この『ちゃっかり猫』が!」
「だったらこいつをやるよジーン。焼き魚にかけるだろう?」
「おっ、レモンじゃないか! ありがとうマーサさん! 愛してるよ!」
「ば、バカをお言いでないよ!!」
八百屋のマーサは顔を真っ赤にして怒ったフリをしてみせた。
ジーンがこの街に来て、もう三ヶ月になるが、今ではすっかり街の人気者であった。
最初の頃こそ風体の怪しい流れの神官という風に見られていたのだが、彼は街の人々と真っ向から向き合う事で少しずつ信頼を積み重ねていった。
女性には老若男女を問わず優しく、子供達とも仲が良く(というか精神的に同レベルかも?)、男達とは酒場で(時には拳を交えて)本音を語り合う。
更に言えば、彼にはどこか人を引きつける魅力があった。愛嬌がある、そう言えばいいのかも知れない。
たとえ彼が何かしたとしても何となく許してしまいたくなる、そんな愛嬌がジーンにはあった。
それにジーンは神官という立場を越えて、困っている人がいればいつでもその力を惜しむ事はしなかった。
だから街の人々はジーンの事を、皮肉と愛情を込めてこう呼ぶのであった。
・・・『ちゃっかり猫』と・・・。
「ご、ごめんなさい!」
どこからともなく若い女性の声が聞こえてくる。
「・・・人にぶつかっておいて謝るだけで済むと思ってるのか姉ちゃん? もしケガでもしたらどう責任取るつもりだよ?」
「そうだそうだ! 兄貴に何かあったらただじゃすまさないぜぇ!」
続いて聞こえてくるのは三文文士か売れない役者、もしくはチンピラであろう男達のお定まりの声。
「そんな・・・!」
女性は明らかに何か言いたそうだったが大の男二人を相手に詰め寄られて何も言えなくなっていた。
「まぁ許してやらねぇでもねぇけどな。そのかわり・・・」
「・・・俺がお前達の相手をしてやるよ。礼儀知らずの田舎者だからな。不作法があったら許してくれ」
彼女の腕を掴もうとする兄貴分の腕をジーンが横から捕まえた。
「誰だてめぇ!!」
「教えてやってもいいが別に興味はないんだろう? だったら名前なんてどうだっていいじゃないか・・・」
と、ジーンはいけしゃあしゃあと言ってのける。
「ふざけんなてめぇ! 兄貴の腕を放しやがれ!!」
弟分の男がジーンに掴みかかる。
「・・・手を離せよ・・・」
が、ジーンに睨まれた途端、男は体が硬直して動けなくなる。
「・・・お前、どっかで見たことが・・・」
腕を捕まれている事さえも忘れたように、兄貴分の男はそう呟く。
と、その時
「天下の往来で喧嘩なんかやめてもらおうか。みんなに迷惑だ」
「・・・ティモンズ!」
当事者だったはずがいつの間にか蚊帳の外に出されていた女性が、その第三者の登場に安堵の声を上げる。
「・・・まぁいい。今日の所は見逃してやる。だが、次に会った時は覚悟しておけよ」
「俺に向かってそう言う口を利く奴は随分久しぶりだ。わかったよ。覚えておこう」
ジーンが手を離すと、チンピラ風の流れ者二人組はその場を去ろうとした。
だが、二人がティモンズとすれ違う瞬間、互いの口元にうっすらと笑みが浮かんでいたのを、ジーンは見逃さなかった。
「大丈夫かいマリア? ケガはないかい?」
「大丈夫よティモンズ。ごめんなさい、心配かけて・・・」
「帰りが遅いと聞いたものだから迎えに来たんだ。そしたら変な奴らに絡まれている君を見つけて・・・」
そう言ってティモンズはジーンの方を睨み付ける。
慌ててマリアはその誤解を解くために説明をする。
「あ、ティモンズ! その人は違うの!! その人は私を助けてくれたの。そうだわ私、まだお礼もしてなくて、えーと・・・」
「ジーン・レイナート。気にしないでいいよマリア」
ジーンは得意の『猫をかぶったような』笑顔を浮かべる。
「ジーンさん? あ、もしかして『ちゃっかり猫』の・・・」
「そう。その『ちゃっかり猫』のジーンだよ」
ジーンが楽しそうにクスクスと笑うと、マリアは初めて自分の失言に気づく。
「ご、ごめんなさい。お礼だってまだなのに私、なんて失礼なこと・・・」
そう言って恥ずかしそうに俯いたマリアを愛しく思い、ジーンは思わず微笑む。
「いいっていいって。それじゃあ俺はそこの彼氏に刺されない内にどっかに消えるかぁ・・・」
「か、彼氏だなんて、そんな・・・」
「マリアを助けてくれた事。一応礼だけは言っておく」
ジーンはその言葉に振り返りもせず、片手をヒラヒラさせたまま行ってしまった。
第一話目は三部構成になります。




