2.家族の絆(2)
ルヴィナは夕方、一人の吟遊詩人を連れて街から帰って来た。
男は見たところ皴が深く、髪はぼさぼさ。しかし目許は涼しく、口元には笑みが浮かんでいた。背筋が曲がっているのだが、伸ばしたらおそらくロファよりは背が高くなるだろう。大事そうにシタールを抱える姿にロファは楽師の友人を思い出していた。
「みんな、こちらはアルマートさんですわ。アルマートさん、ここにいる全員が私の家族です」
そう言って広間に集まった全員をルヴィナが紹介すると、アルマートは嬉しそうにほほ笑み、挨拶をする。
「こんばんは皆さん。しばらくお世話になりますよ・・・」
「こちらこそ。ゆっくりしていってください。そうだ!もしよければ、旅の話など聞かせてはもらえませんか?」とギルティスが言う。
「子供達は旅の話が大好きなもので・・・」ギルティスに寄り添うように立っているユウリィが続ける。
「ほう、これは美しい奥方だ・・・。仲が良いのはいい事です」
アルマートの言葉に二人は仲良くほほ笑むと、自己紹介をする。
「あたしの名前はエリザよ。よろしくね!」
そして二人の子供の肩に手を置きながらエリザが元気よく言った。
「子供がお好きなようですね。子供達にもよく慕われている素敵な方のようだ。ですが、あなたの願いは程々が良いと思いますよ」
驚いた顔をするエリザの隣でベネティアがアルマートに話し掛ける。
「今晩はアルマート殿。今宵はわたくし、元オーナーシェフのベネティアが、腕を振るってあなたを歓迎いたしましょう・・・」
「それは嬉しいですな。あなたは場を明るくする才能の持ち主のようだ。けれど、はったりは時に身を危うくします。気を付けられることです」
あっさりとはったりを見抜かれてしまい首を捻るベネティアと、不思議そうにアルマートを見ているユニスに挟まれるような形でロファはいた。
「迷っておいでですね?」
突然、アルマートはロファを見るなり、微笑みはそのままでそう言った。
「私で良ければ相談に乗りますよ。私ももう随分とながく旅を続けて来ましたからね。参考ぐらいにはなるでしょう」
ロファは驚愕の思いでアルマートを見ていた。知らない内に拳を握り、背中は汗をかいていた。
(この人は一体・・・)
ユニスはそんなロファを心配そうに見つめていた・・・。
いつもよりは少しだけ贅沢な夕食が終わると、みんなは、食後のお茶を片手に休息室でアルマートの語る旅の話に耳を傾けた。
それは各地の伝承であったり、冒険ものであったり、彼自身の不思議な体験など様々で、語りの間に入るシタールの音色が、いっそう話を盛り上げるのであった。
アルマートはまた、多くの遊びを知っていて、今は夜だからと言って、室内でもできる遊びを子供達に教えた。それはロファ達にとっても楽しく、そして懐かしい昔の遊びであった。
紙を折って動物や乗り物を作ったり、飛行機を飛ばして遊んだりもすれば、毛糸の端を結んで輪にしたものであやとりをしたり、部屋を暗くして影絵遊びをした。そこではもう大人と子供の区別なく遊んでいた。
そして、これを機会に昔の遊びを思い出そうという事になった。
コンコン!
「どうぞ、鍵はあいているのでお入り下さいロファ」
アルマートが静かにそう言うとガチャという音をたてて扉が開き、ロファが部屋の中に入って来た。後ろ手に扉を閉めてアルマートを見る。
「あなたはもしかすると予言者ですか?」ロファがアルマートに尋ねる。
「いいや、ただの旅芸人ですよ。ですが、あながち間違ってはいませんよ。確かに占いも少しは学んだのでね」とベッドに腰掛けてロファを見ていたアルマートが言う。
「しかし今日のは違うよロファ。あれは長い間芸人を続ける間に身についた観察力と経験、そして長い人生で磨きあげたカンによるものだからね」
アルマートは照れくさそうに笑っていた。そして不意に真顔になって立ち上がると、ロファを促して床に座った。ロファも彼の前に座る。
「・・・離れ難いものですね・・・」アルマートは静かに告げた。
「正直、独り立ちした時よりずっと辛いです・・・」
ロファは下を向いて、そう言った。その肩が小刻みに揺れている。
「初めて旅立つときは誰しも希望で胸が一杯になって、それとは気付かぬものですよ。気にすることはない・・・」
アルマートが優しく声をかけるとロファは顔を上げる。
「ところで何故、ロファは芸人になったのですか?」
「それは・・・昔からオレは芸が好きで、親の影響なのかもしれないけど、もう夢中になって、気がついたら芸人を志していたんだ・・・」
ロファは、いつの間にか自分の話し方が昔に帰っているということにも気付かずに芸人になったきっかけをそう語る。
「その気持ちは今も・・・?」
「変わらない!」
アルマートを真っすぐ見据えて、ロファは力強くそう言った。
その様子を見て、一人納得をするとアルマートは口を開いてこう言った。
「それなら旅立たれるべきです」
ロファはその真意がつかめぬままアルマートを見る。
「あなたはもう、心の底から芸人なのですよロファ。あなたがもし、芸が好きなだけの、ただの冒険者ならそんなに苦しむ事は無いはずです。子供達を相手に好きなだけ芸を見せて暮らせば良いのですから!」
ロファはじっとアルマートの言葉に耳を傾けていた。
「・・・しかしあなたは芸人だった。芸とはよく『真昼の夢』に例えられますが、こんな話をご存じですか?」
そう言うとアルマートは昔語りを始めた。