6.風の後継者(4)
「それでは今日の会議は以上を持って結論とする。皆の者、ご苦労であったな」
国王トヨクモ=アズマが最終的な決断を下した事で何とか今回の問題も解決し、一段落となった。
「皆も長く続いた会議のせいで空腹であろう? 食事を用意させる故に食べてゆくとよい。皆の尽力に対する私からのほんのささやかな気持ちだ。受けてほしい」
それを聞いた一同は、全員大広間の方へと向かって歩き出していたが、フィリアだけはその場に残っていた。
「どうした? 疲れておるのかフィリア?」
「やはり、どこか具合でも悪いのではありませんかフィリア?」
「陛下、姫様・・・」
フィリアは二人にゆっくりと向き直ると静かに頭を下げた。
「折角の陛下の御厚意ではありますが・・・私はご遠慮させて頂きます」
「何故ですか?」
突然の事にナミ姫が問いかける。
「申し訳ございません。訳も今は申せません。ただ、私にとってはとても重要な事があるのです。ですから今日の所はこれにて退出させて頂きたいのです・・・」
「わかった。それなら早く行きなさいフィリア。そなたの言う重要な事が、手遅れにならない内に・・・」
そう言って国王は優しい瞳でフィリアを見つめ、微笑んだ。
「・・・はい!!」
急ぎ足で部屋から駆け出していくフィリアの後ろ姿に、ナミ姫は小さく呟いた。
「フィリアは・・・どなたか好きな方でもできたのでしょうか?」
「・・・娘というものは誰でも一度は恋をするものだ。父親としては少しばかり寂しくもあるのだがな・・・」
そう言ってムラクモ=アズマは、自分の娘をどこか遠くを見つめるかのように見るのであった。
「グハァ!!」
フェレルは全身を風の刃に切り刻まれ、血塗れになって地面に倒れた。
その様子はまさに、フィリアが見た悪夢そのものであった。
全身から流れ出る血は、彼の意識さえもどこか遠くへ運び去ろうとしていた。
フェレルの『烈風』対マリーベルの『烈風掌』の勝負は、結局わずかの差でマリーベルの方に軍配が上がった。
しかしこの『僅かの差』こそが、フェレルにとって命取りになってしまったのだった。
フェレルの『烈風』はマリーベルの『烈風掌』を見事に砕いてみせたが、それだけだった。
砕かれた『烈風掌』は小さな無数の刃となって拡散し、そのいくつかはあらぬ方向へと向かい消えてしまったが、殆どは攻撃直後で無防備状態にあったフェレルに襲いかかった。
それらをかわす術を持たないフェレルは為す術もなく全身を朱に染めあげられるのであった。
夕日を背にして立っているマリーベルの姿に、フェレルはシャーリィの幻影を見つけた。
(・・・シャーリィ・・・)
「レーレ、フェレルがここへ来ませんでしたか!?」
息せき切って城から戻って来たフィリアを見て、レーレは驚きながら答えた。
「ええ、来たわよ。フィリアがお城に出仕して少し後にね」
「それで彼は!? 何か言ってませんでしたか?」
「と、特には・・・。あ、これを渡してくれって、フェレルから・・・」
フィリアの鬼気迫る迫力に押される形で、レーレはフェレルから預かった手紙を渡す。
フィリアはすぐさまそれを受け取ると、手紙の文面を読み始める。
そこに書かれていた内容は非常に簡潔な物だった。しかしその手紙を読み終えるや否や、フィリアはすぐさまテントの外に出て召喚魔法を唱え始める。
「ちょ・・・、フィリア!?」
もはやフィリアの耳には何の言葉も入り込まなかった。
朱に染まる夕刻の空間に青白き光が湧き起こる。
すると、地に浮かび上がった魔法陣の上に一頭の青き馬が姿を現した。
「出かけて来ますので、後はよろしく!」
言うが速いかフィリアはスカートの裾を膝上辺りで結んでまとめると青馬に跨り一気に駆け出した。
「・・・い、行ってらっしゃい・・・」
後にはレーレが、何が起こったのかさえもわからぬままに立ちつくしていた。
フィリアを乗せた青馬は、どんな所もつむじ風の如くに駆け抜けていく。
それでいて馬上のフィリアに危なげな様子は一向に見受けられなかった。
「フェレル、私が行くまでどうか無事で・・・」
祈りは今や、全く無力なものに思えた。しかし今のフィリアに出来る事はただ『祈る』事だけであった。
フェレルが残していった手紙には決戦の場所と時間が記されていた。フェレルは約束を守ったのだ。
そして更に、それに付け足すように書かれていたフェレルの一言。
『私を、助けてほしい』
それを見たフィリアは、もはや頭の中が真っ白になり、とっさに幻獣の一種である青馬を召還して、気が付くとそれに跨って駆けていたのである。
『私を、助けてほしい』
その言い方はあまり人に頼み事をする時に適切なものとは思えなかった。おそらくは、他の人間が見ればすぐさま生意気だと思われた事であろう。
しかしフィリアはそうは思わなかった。
彼はいつでも飄々としていて決して悩みを表に出そうとはしない人間だということを、フィリアは今までの経験から十二分に知っていた。
それにフィリアは、彼が『可哀想な人』であることにも気づいていた。
フェレルの心の中には深い『悲しみ』があり、人知れぬ『傷跡』があった。
彼は悲しみのあまり人に甘える事も出来ず、癒されぬ傷の痛みから人と深く交わる事が出来なくなっていたのだ。
彼の魂は孤独だった。
その彼が、今まさに自分に向かって『助けて!』と叫んでいる。
素っ気ない言葉の裏には、素直になれない子供のような、ある種独特の葛藤が見え隠れしていた。
彼女は今、初めて心からフェレルの事を愛おしく思った。
すぐにでも彼の側に駆けつけて、彼が自分を受け入れてくれたのと同じように、自分も彼を優しく包み込んであげたかった!
絶対に救いたいと、そう言う気持ちで胸が締め付けられた。
(フェレル!!)
どんな思いで、彼はあの一言を書いたのだろう?
『怒り』? 『悲しみ』? それとも・・・『絶望』であろうか?
青馬はフィリアの見えない意志をくみ取って、ひたすらに決戦の場へと向かっていた。
(必ず助けてあげるから! だから・・・待っていて!!)
完全に意識を失わなかったのは何故であろうか?
だが、結果としてはそれは救いだった。
(次を仕掛けてこない・・・。私が死んだと思っているのか? ・・・いや、仮にもシャーリィの妹がそんなに甘い考えを持っているはずがない!! じゃあ一体・・・)
「・・・昔、姉さんが再び家に帰ってきた時に、姉さん、あなたの事を私に話してくれたわ・・・」
(シャーリィが!?)
フェレルはその一言に驚いていたが、未だに意識を完全に保てずにいた為、反応はできなかった。
「姉さんが言うにはね、『私があの子を生かしてしまったのは、私の中にもまだ一族に対しての期待があったからかも知れない。そしてあの子なら、私の事も一族の事も全部受け止めて、その上で新しい『風の一族』を起こしてくれるかもしれない、そう思ったのよ。自分の親しい人達が全員殺されたその場にあって、なおも真っ直ぐな瞳をしていたあの子なら・・・』ってね。その為にも『私はあの子を試さなくてはいけない』って姉さんが言ってたから、だから私、姉さんの手伝いがしたくて、こうして闘い方も覚えたわ。そして、あの大陸動乱の中で、私は『目覚めた』のよ!」
(シャーリィが・・・そんな事を・・・)
フェレルには信じがたい話だった。
だが、ただただ亡くなった姉を慕うあまりにこうして彼の前に立ち塞がったマリーベルの言葉を『ウソだ!』と否定する事もできなかった。
「けど結局は、姉さんは病に倒れてしまい、そのまま死んでしまった・・・。だから私があなたを試すの! 『風の一族』が背負っていたもの、そして姉さんが背負ってきたもの。それらを背負って新しい『風の一族』の長として、その名の重みに耐えていけるかどうかを!! だから・・・立ちなさい! まだ終わりではないわよ!!」
フェレルはまるで幽鬼の如くに立ち上がった。
倒れそうになる体を、膝に手をつく事で必死に耐えている。
立ち上がったフェレルの姿に、マリーベルは心の底から喜んでいた。
(でも・・・今のままではダメかも知れないわ、姉さん・・・)
それでも彼女は意識を深く集中し、ヴァートを今までよりも遙かに高める。
「さぁ・・・いよいよ次の一撃が最後ね。今度こそ本気で行くわよ、手加減なしでね! ここで死ぬようなら・・・姉さんの見込み違いで終わりね・・・」
フェレルは答えない。答えられない。
立ち上がっても、まだ意識は深く混濁していたのだ。
マリーベルのヴァートの高まりは、今やプレッシャーとなってフェレルを圧迫する程となった。
「さようなら、なんて言わせないでねフェレル・・・」
そしてついに、強大なヴァートは『烈風』へと変わり、フェレルに牙を剥くのであった!!
フィリアは自分の行き先に、今まで感じていた以上のヴァートの高まりを感じた。
それの意味する所は明白。戦いが終わりに近づいてきているという事だった。
「お願い! もっと、もっと速く!! でないとフェレルが、フェレルが・・・」
フィリアの目には、うっすらと涙が浮かび始めていた。
青馬は主人の気持ちに応えるように、今や風よりも速く駆けて行った。
「・・・フェレル・・・」
フィリアはその名を小さく呟いていた。
今にも薄れゆきそうな意識の中、フェレルはフィリアの事を思い出そうとしていた。
しかし浮かび上がったフィリアの表情はどれもが泣き顔であり、なぜだか大好きだったあの笑顔を思い浮かべる事はできなかった。
(ゴメンね。もう・・・泣かせたりはしないって・・・決めていたのに・・・私はまた・・・君を泣かしている・・・)
もはや彼には現実と幻の区別すらつかなくなっていた。
フェレルは幻の中のフィリアを必死に慰めようとしていた。
(泣かないでフィリア・・・私はきっと・・・帰る・・・から・・・)
そっと呟いた一言に、フェレルはふと悩み始める。
(『帰る』? 一体どこへ・・・?)
マリーベルの放った『烈風』が、今にもフェレルを直撃しようとしていた。
(それは・・・)
そしてフェレルは、『烈風』の巻き起こした渦の中に飲み込まれていった・・・。
「どうやら『さようなら』を言わなきゃいけないみたいね・・・」
『烈風』は確実にフェレルに直撃していた。
こうなってはもはや、彼に為す術は無いはずだった。
「・・・姉さん・・・」
マリーベルが肩の力を抜いた、その時である!
「・・・なに!?」
マリーベルはすぐさまその異変に気が付いた。
彼女の放った『烈風』が、いつまで経っても威力を弱めていかない所か、それは段々と強くなってきているのである。
そして、その風の中から歌っているかのように朗々たる声が響いてきた。
「・・・メイファーリアの風は我らが父なる風であり、メイファーリアの大地は我らが母なる大地なり・・・」
強烈な風の勢いにかき消される事なく響いてきたその声は、どこか呪文の様にも思えた。「風と大地の子である我らは、いかなる嵐も恐れはしない・・・」
マリーベルの心の中に、今までは感じていなかった『ある感情』が生まれつつあった。
「この身を捨てては風となり、大地に戻りて眠りにつこう」
「いったい何が、何が起ころうとしているの!?」
体が震え、冷や汗が止まらず、のどが渇く。
マリーベルは、『見えない何か』に怯えていた。
「我が名はリンク。・・・リンク・シェーラザード! 風と大地を父母に持つ、この世界の片割れなり!!」
「いやぁぁぁ!!」
マリーベルは強く渦巻く風に向けて、再び『烈風』を放つ。
だが今度のものは集中も甘く、練り上げてもいない為、術の威力は弱かった。
しかしそれでも十分な強さを持つ『烈風』を、フェレルを取り巻くその渦は、すべて飲み込んでしまった。
「なに!? いったい何が起こって・・・」
「・・・力を生み出すには才能が物を言うけど、生み出された力を利用することは長年にわたる修行によって培った技術が物を言うって事さ・・・」
不思議と先程までとはうって変わって力強い響きを伴った声が聞こえてくる。
「メイファーリアは南海諸島だ。毎年たくさんの嵐が島々を直撃する。・・・『一族』とは本来、そう言った嵐の直撃を避ける為に生まれたんだ・・・」
渦の中心でフェレルは、最後の力を振り絞りつつ説明をする。
「その為、嵐に対してある程度の力を加えることでその嵐を我が物とする術が一族の長い歴史の中で生み出された。だがその術は多大な労力と集中力を要したので、一族は自ら『風』以外の力を封じて腕を磨いた。でもそれが、やがては崇拝の様相を呈し始め、『風』信仰と呼べる程になると、次第に一族は他の力を忌み嫌い始めるようになった。一族の創始者であるリンク・シェーラザードの意志も忘れて・・・」
渦の動きが徐々にまとまり始めていた。暴れ馬のようだった風をフェレルが従わせ始めているのだ。
「だから私が、もう一度から私から始めるんだ! フェレル・リンク・シェーラザードの名にかけて!!」
そしてついに、フェレルは渦巻く風を完全におのが支配下に置くと、そのすべての力をマリーベルに向けて解き放つ!!
「神砕きの天輪!!」
解放された力は一直線にマリーベルを襲った。
急遽ヴァートで防御壁を築いたマリーベルであったがすぐにそれも破られ、マリーベルはその身を天高く持ち上げられる。
「がはっ!!」
フェレルが放った強大な風の直撃は、マリーベルに大きなダメージを与えた。
空中に放り出されたマリーベルは、そのまま地面へと叩きつけられた。
「・・・や・・・った・・・」
フェレルの方もまた、半死の状態から大技を決めた為に、もはや欠片もヴァートは残っていなかった。
再び地面に倒れたフェレルの体はそのまま石のように固くなり、そして動かなくなった。
「くっ・・・う・・・」
地面にぶつかる直前に再びヴァートで壁を作り受け身を取るのにも成功したマリーベルだったが、それでも重く感じる体を必死に起こして立ち上がる。
そして何とかフェレルの側までたどり着いたマリーベルは、残りのヴァートのすべてを死体の様に横たわるフェレルに注ぎ込もうとする。
「・・・死んでは、ダメよ・・・。あなたは・・・生きなければ・・・」
フェレルの顔にわずかな赤みが差すのと同時にマリーベルもまた、彼に折り重なるように気絶した。




