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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
フェレル・リンク・アーカイヴス
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6.風の後継者(3)

 その日の夕刻は、血のように赤い太陽に染められ、どこか別の世界にいるようにも思えた。

 まさしくこんな日にこそ、人は魔に遭遇するのだろうと多くの人にそう思わせるような、そんな感じの夕焼けであった。

(このまま行くと、私は『あの日』に帰ってしまうのではないか?)  

フェレルは過去と現在の境界線を見失いそうに思えた。

(果たして、二度目の過去は最初の過去とは違う結末になるのだろうか?)

 フェレルがふと、そんな事を考えていたその時、彼を迎える声が聞こえた。

「よく来てくれたわねフェレル。心から歓迎するわ!」

 彼女は彼よりもはやくそこに来ていた。

 夕日に染まったその姿は、どことなくシャーリィの事を思い起こさせる。

「それじゃあ約束通り・・・あなたを殺してあげるわね!!」


(・・・なんて赤い夕暮れかしら・・・)

会議の席上にあって、しかしフィリアは窓から差し込む夕日の、その余りの赤さにいい知れない不安を密かに感じていた。

 会議の席上では様々な思惑がぶつかり合いながらも、それらは段々と一つにまとまり始めていた。

フィリアは一刻も早くこの会議を終わらせるようと盛んに意見を出していた。

(お願い、フェレルの身に何事もありませんように・・・)

 フィリアは心の中で深く祈った。


「・・・その前に、一つ聞かせてもらいたい事がある」

 フェレルは、ともすればシャーリィの面影が重なるマリーベルの姿を必死になって見据えていた。

「なにかしら?」

「君はシャーリィの・・・妹なのか?」

 するとマリーベルはすました顔をして答える。

「・・・そうよ・・・。もっとも、血のつながらない義理の姉妹ではあるけどね。でも私が生まれた時から姉さんはずっと私の側にいたもの。だから私達は本当の姉妹だわ・・・」

「・・・どういう事だ?」

「わからないの?」

 マリーベルは別段呆れた風もなくフェレルに説明した。

「姉さんは、たった三歳の時に一族を放り出されたのよ。そんな子供が本当に一人で生きていけるとあなたは思っているの?」

「・・・そうか、養女か!」

 フェレルにもようやく理解できた。

「姉さんは・・・私が生まれるずっと以前に私の本当の両親によって拾われたのよ。父と母は姉さんを自分達の子供として育てたわ。私が生まれた後も両親は、分け隔てる事無く私達二人を姉妹として育てたのよ。そして姉さんもまた、私を実の妹同様に育ててくれたわ・・・」

「それじゃあ君が私の命を狙うのは、単に復讐が目的だからなのか?」

 するとマリーベルは首を横に振る。

「いいえ、違うわ。これは死んだ姉さんが私に託した・・・姉さん自身の意志! 病気で亡くなった姉さんに代わって、私があなたを試さなくてはいけないのよ!!」

「・・・試す?」

 フェレルがそう呟くとシャーリィは『はっ』と気づき、そこで会話をうち切った。

「・・・もうあなたに話す事は何もないわ。死ぬ覚悟はできたかしら?」

 そう言うとマリーベルは腰の左右に差した剣をゆっくりと引き抜いて構える。

 それを見てフェレルは慌てて叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」

「何よ。怖じ気づいたの?」

 そんなマリーベルの一言には明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。

「違う!!」

 そうはっきりと言いきったフェレルはおもむろに、ある提案を彼女に突きつけていた。

「・・・賭けをしないか?」

「賭けですって!?」

(何を考えているのだろうこの男は?)

マリーベルはいぶかしりながらも油断無く構えを解かない。

「そう、賭けさ。これから君は私に三回だけ攻撃をする。もし私がその三回の攻撃に耐えぬいて、生きていたなら私の勝ち。負ければもちろん私の命はないけどね・・・」

(なんて男だろう? 自分の命を賭けて生き残る可能性を掴もうとするなんて・・・)

 マリーベルは内心で驚嘆していたが顔には出さない。

「そんなの、こっちが受ける理由なんて無いわね。あなたの死は確実な物だし、それ以外で私に何か得があるわけではないもの。もっとも、それはあなた自身にも言える事ではあるけどね・・・」

ただ、失う物があるか無いかの差。だがその差の何と大きい事だろう!

「そう言う割には二つ返事ではないね、マリー? ひょっとするとたったの三回ではこの私を殺す事はできないのかな!? 何ならあと一回、いや二回ほど増やそうか・・・?」

「・・・そこまで言うのなら受けて立つわ! それであなたが満足して死ねるというのならね!!」

 子供だましの挑発だったがうまく乗ってきてくれた事をフェレルは内心で密かに感謝していた。

 明らかに『誘い』だとわかっていても、それをうち破るだけの実力が自分にはあると、そういう事だろうか?

 ここまでは一応、フェレルの目論見通りに事は進んでいた。が、しかし・・・

「そうだわ! このままでは実力に差がありすぎて賭けとしては面白くないからハンデをあげるわね」

「えっ!?」

 フェレルの中で何かが警告していた。『自分はもしかするととんでもない事をしでかしたのかも知れない』と・・・。

マリーベルは少し考え込んだ後にこう言った。

「・・・こうしましょうフェレル。私達の戦いに最もふさわしい方法。すなわち、『風の魔法術』を使っての勝負で決着をつけるの。これなら『技』においてはあなたに分があり、『力』においては私に分がある。『技 対 力』の対決。これで少しは賭け事らしくなってきたでしょう。どうかしらフェレル?」

「・・・異存無し」

 既にこちらからの提案がのまれている以上それを認めないわけにはいかなかった。

 そしてこの事はフェレルを窮地に追い込んだ。

 なぜならフェレルは、わざと相手を挑発する事でその攻撃が単調になるようにし向けるつもりだったのだ。

だが彼女は自ら自分に制限を加える事でのぼせ気味だった頭の中を冷やし、冷静さを取り戻したのである。

いや、もしかすると彼女は、最初から冷静だったのかも知れない。

 しなやかに、したたかに。彼女は美しき野生の獣のようであった。

「それじゃあ・・・始めましょうか、フェレル」

 彼女の瞳には、いったい目の前の獲物の姿がどのように映っている事だろう?

 フェレルは自分が口元に笑みを浮かべていた事に最後まで気づかなかった。


「どうかしましたフィリア?」

 突然、ナミ姫がフィリアの方を向いて心配そうに声を掛けてきた。

「え!? い、いいえ、何も・・・。すいません、ご心配をお掛けして・・・」

「・・・そうですか。それならいいのですけど・・・」

 そう言いつつもナミ姫はフィリアの様子が気にかかっていた。

(どうしたのかしら? どこか普段と違う・・・)

 フィリアは、そんなナミ姫の視線にさえ気づかずに、膝の上にのせた両手をきつく握りしめていた。

(いや! 心の中の暗闇が、どんどん大きくなっていく・・・。まるで心を黒く染め上げていくかのように・・・)

 頭の中にフェレルの優しい微笑みが浮かび上がる。

(フェレル!!)


「・・・フィリア!?」

 その時フェレルは、フィリアが自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。

 長い長い膠着状態は、フェレルが見せた一瞬の隙によって破られた。

「小石弾!」

 最も初歩の術である筈のこの風の元力術さえも、『覚醒者』であるマリーベルの手から放たれると、通常のものとは比べものにならないほどに強力な術となった。

 おそらくは並大抵の術者ならばその一撃ですべては終わりを迎えただろう。

 だがしかし、彼の術者としての実力は並大抵ではなかった。

「烈風!!」

 凄まじいまでの突風が、マリーベルの攻撃をも飲み込み、それを打ち消して当の本人にまで向かっていった。

 マリーベルは逃げようともせずにその場で風と向き合っていた。

 そして風は彼女の近くまで来た途端、不意に緩やかなものへと変わると彼女のまわりをそよいでいったのだった。

 フェレルは、自分が放った『烈風』がマリーベルの手によって打ち消されたのだとすぐに気づいた。その事実は彼の中で戦慄となって駆け抜けていった。

(やはりダメか・・・! これでは打つ手を持たない私としては、もはや守りに専念するしかない! だが・・・果たして止められるのだろうか、この私に・・・!?)

 そんな彼の内心などは知らずに、マリーベルは感心したように言った。

「さすがはフェレルね。こんな子供だましじゃ通用しないか・・・。それじゃあ次からはもう少し本気にならなきゃダメみたいね・・・!」

 マリーベルの澄んだ瞳が今や楽しそうに細められる。

彼にとっては命がけの勝負でも彼女にとっては全くのゲームでしかない事を、フェレルは心の底から思い知らされた。

(まだだ! 私は、私は必ず生きて帰ると、そう自分に誓ったんだ!! 絶対に、彼女の元へ帰ると・・・)

「ぼぉっとしてると危ないわよ♪ ほら!!」

 そう言った彼女は次に『烈風掌』を放った。

「烈風!!」

 今のフェレルに打てる手だては、もはやこれしか残されてはいなかった・・・。

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