6.風の後継者(1)
二人目の物語、最終話です。長かったので5部構成になっています。
『風待ちの宵』から、もう一週間がたった。
あれ以来フィリアは悪夢にうなされる事もなくなり、心身共に落ち着いただけではなく、なんだか生き生きとしていた。
またしてもフェレルの前で泣き崩れてしまったフィリアは、最初の内こそ恥ずかしさの余りどんな顔をしてフェレルに会ったらよいのかわからなかったが、そんなフィリアをフェレルがからかっている内に次第に二人はいつもの調子を取り戻していた。
いや、以前よりは二人とも、言葉に遠慮が無くなった様にも見えた。
(『もしも私の身に何かが起こったら、必ずフィリアに話すから』)
フィリアはあの後、しっかりとフェレルにそう約束を取り付けさせたので、一応今ではフェレルの心配をしなくなっていた。
もちろんフェレルの事だから、黙っていたり嘘をつく事も考えられたが、
(『もし今度、何かを黙っていたり嘘をついたりしたならば、その時は・・・許しませんからね♪』)
とにっこり笑って告げた時、フェレルは何故か、この上もなく神妙な顔をして頷いていたのでおそらくは大丈夫だろうとフィリアは思っていた。
それにここ一週間、フェレルの身辺で怪しい動きがあるという噂も耳にしていなかったし、(もっともフェレルは水面下で動くのを得意としているようでもあったが)、フィリアは自分が見た悪夢はやはり予知夢などではなかったと心から安心し始めていた。
だがそれは、嵐の前の静けさにしかすぎなかったという事を、後にフィリアは思い知る事となる・・・。
フェレルは今日も忙しく働いていた。
今ではもう、かなりの落ち着きを取り戻し始めている最貧民地区であったが、いつもいつもそこだけにかかりきりになるわけにはいかなかったので、忙しさが薄らぐ事は未だ無かった。
フェレルは一応、『イティーナ組』とも呼ばれる能力者集団の責任者という立場だったので、彼らの世話役としても働かなければならず、とりわけ忙しかった。
でもそれは、今のフェレルにとってはありがたかった。
じっとしているとどうしてもあの一言が頭をよぎってしまうからだ。
(『今度会ったらあなたも殺してあげるから!』)
その一言は、フェレルの中に眠る恐怖の感情を引き起こしては心を闇に変えようとした。
数多の悲しみの記憶が喚起され、とりわけシャーリィの記憶が彼の理性を幾度と無く押しつぶそうとするのだった。
それにフェレルが耐えていられるのは、ひとえにフィリアのおかげだった。
(『私は・・・フェレルを信じています』)
フィリアのそんな一言が、彼に自信と強さを与えてくれた。
もっともその後の一言でフェレルは、随分と神妙な面持ちにさせられたものだったが・・・。
そうこうする内に一週間が経っていて、フェレル自身、もしやこのまま何も起こらないのではと、心中楽観視し始めていたのだが・・・。
現実はいつも、思いとは逆の方向を示すものである。
フェレルの元に一通の手紙が届いたのは、それから更に一週間たった後の事だった・・・。
「ついに来たか・・・」
『綺麗なお姉さん』に頼まれたという手紙を子供から受け取ったフェレルは封を破り、一枚のメッセージ・カードを取り出した。
そこには流麗な筆遣いの割には素っ気ない内容が書かれていた。
日付と時間、それに場所について指定されている以外、他には何も書かれていなかった。 勝負は二日後。時刻は夕暮れ、黄昏時。指定された場所というのは、街から少し離れた所にある廃墟であった。
フィリアとの『約束』が頭の中をかすめたが、フェレルは当日まで詳しい内容については黙っておく事にした。
その理由が何故かはわからなかったが、フェレルはこの『決戦』について、まだ一人で考えなければならない何かがあるような気がしたのだ・・・。
夜。みんなが寝静まっている頃、フェレルは一人で森の中へと入っていく。
彼はあまり森が好きではなかった。
森は、忘れたいけど忘れてはならない自分の過去について、いつもよりも一層強く意識させるから・・・。
そんな森の中を奥深く入った所でフェレルは枯れ木を集めて火をおこした。
こうして夜の森に一人たたずんでいると昔を思い出しながらも、世界で人間は自分一人になったような気がして心の内から余計な雑念が消えていくのであった。
そうするとフェレルは『本音の自分』と向き合う事となり、自分はこれからどうすべきなのかを落ち着いて考える事ができるのだった。
「・・・どうしても、やらざるを得ないものだろうか?」
フェレルは目の前の炎に自分の心を浮かび上がらせる。
「そもそも彼女の目的は一体何なのだろう? 私とシャーリィの関係について何か詳しく知っているようだったが、別にそれで強請をかけるわけでもない。・・・もっとも私から金を取ろうなんて考えるほど愚かではなさそうだったし、それに彼女が求めているのは私の命なのだからな・・・」
脇に置いた枯れ枝を一本、火の中にくべる。
「でも私を殺したところで彼女に何の利益がある? 怨恨だろうか? 私がシャーリィを殺したと、そう考えているのだったら一応の納得はいく。だが、彼女がもし覚醒者だったとしたら、私とシャーリィの実力差くらい一目で見抜けるだろう。見抜いた上でなお、私を殺すというのなら、それはおそらく怨恨が理由ではないはずだ」
再び枯れ枝をくべる。火は衰える事なく燃え続けていた。
「となると私を殺すというのは狂言だろうか? もし私が行かなかったら彼女はどうするのだろう?別段、殺されるとわかっていても行かなければならない理由など私にはないのだし、相手が勝手に盛り上がって私を殺すと言っているのだから無視すればいいハズなんだ・・・。では何故、私はこんなにも心を動かされているのか? 私自身は一体この事をどう考えているのだろう・・・」
その日の晩は、そこまで考えて宿へ戻った。
答えがすぐには出そうになかったからである・・・。




