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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
フェレル・リンク・アーカイヴス
43/60

5.風待ちの宵に(2)

(やめてぇ!!)

 フィリアの目の前でまたしてもフェレルは傷つき、そして息絶えた。

 夢から覚めたフィリアは、疲れたようにため息をついた。

 ここ数日、ずっとフェレルは彼女の夢に現れては、幼い彼女を慰めて、自らは傷だらけとなって息絶えていた。

 まだ外は暗い。夜の冷気が汗で濡れた肌を乾かしていく。

 彼女は汗を拭い、夜着から普段着に着替えて部屋を後にした。


 星明かりの下、フィリアは街道に続く入り口まで歩いて来ていた。

 眠れない夜を彼女は最近、こうして暗闇の街を散策する事で過ごしていた。

 その目的はいつも、この街道口の門に来る事であり、そしてフィリアは闇夜に包まれたその街道にフェレルの姿を探すのだった。

 いつもは静かなこの場所に、今日は何処からか笛の音が響いてきた。

(この笛の音は・・・?)

 音に気づいたフィリアは、その音を辿るように歩いて行った。

 しばらくすると、今度はなにやら不思議な香りが漂っている事にも気がついた。

(この先に、誰かいるの!?)

 フィリアは先を急いだ。


 焚き火と一つの香炉を前にして、フェレルは横笛を吹いていた。

 その旋律は、香炉から立ち上がる煙と調和するかのように、ゆらゆらとその音を変えていく。

 これがテントの中なら、そしてフェレルが占い師か何かであったならば、さぞかし幻想的に見えたかも知れない。

 しかし今のフェレルにはそんな事を思う心の余裕は無かった。

『今度会ったらあなたも殺してあげるから・・・』

 その一言は呪文のように、フェレルの心をざわめかす。

それでもフェレルは努めて冷静に、相手の正体を探るべく考えを進めていた。

 まずはっきりしている事は、彼女がシャーリィと何らかのゆかりを持つ者であるという事だった。

 そしてそれは決して血縁ではないという事。

 一族は全て滅んだし、あえて挙げてもいいならば、唯一の血縁とは自分だと言えるだろう。

 でも本当は、彼女の正体などどうでもいい事だった。

 肝心なことは別にあり、そしてフェレルはそれをこそ恐れた。

 それは、あの『死の宣告』が復活したという点であった。

 シャーリィが亡くなったと知った時、フェレルは『死の宣告』についても宣告者であり、本来ならば執行者となるはずだったシャーリィ自身の死によって無効になったものと手前勝手に解釈していた。

だがそれは実に甘い考えであったという事をフェレル自身、忘れかけた頃になって思い知らされたのだった。

 今まさに、あの時の『宣告』を実行すべく、新たな『執行者』が現れたのだ。

『あの言葉』の影に怯えて、たった一人でもあの薄暗い森の中に隠れ住まねばならない程に彼が恐れていた『恐怖』が復活したという、その事実にこそ、フェレルは恐怖していた。

 それはまるでシャーリィの魂が、死んだ後も彼の魂に未練を抱き、決して手放そうとはしないかのようにも思われた。

 フェレルは笛を吹くのを止め、それを口元から離すと、苦しそうに独白した。

「そんなに、そんなに私が憎いのか!? それともそこまで私を愛してくれているというのか、シャーリィ!!」

 その時、すぐ側の草むらが、ガサッと音を立てた。

 フェレルが素早く振り向くと、そこには彼がよく知る人物が、だが滅多に見せない暗い顔をして立っていた。

「・・・フィリア・・・」


 焚き火を前にして横に並んで座る二人に会話は無かった。

 二人とも、何をどう話しかけたらよいのかわからなくなっていたのである。

フェレルは沈黙のもたらす焦りの為か、手にした袋から小さく刻んだ葉っぱを一つかみして、焚き火と香炉の中にくべた。

 すると、何とも気持ちが安らぐようないい香りが辺りに立ちこめていった。

「いい香りですね・・・」

 フィリアは一言、そう呟いた。

「今夜は一族に伝わる『風待ちの宵』だからね。だからこいつも特別製さ」

 フェレルは会話の糸口が見つかった事が嬉しくて、つい部外者であるフィリアにそう告げてしまう。

「風待ちの宵?」

 フェレルは「しまった」という顔をしたが、少し寂しそうに笑って、フィリアに説明をする。

「・・・今夜はね、昔から一族に伝わる祭りの日なんだ・・・」

「お祭りですか?」

 うん、と頷いてフィリアに微笑む。

「一族には結構いろいろな儀式や祭りがあったんだけど、今夜の『風待ちの宵』はその中でも特別な方で、夜を徹して歌い、踊り、香を焚いて風に感謝を捧げる日なんだ」

「そうなんですか・・・」

 フィリアは興味深そうに話を聞いていた。

「そう。だからこの日だけは幼い子供でも夜遅くまで起きていても起こられる事はなくって、私はずっと小さい頃から、この『風待ちの宵』を待ちわびては両親に寝かしつけられたものだよ・・・」

「両親・・・ですか・・・」

 その言葉にフィリアはひどく暗い顔になった。

「どうかしたのかい?」

 フェレルはそんなフィリアの表情が気になって尋ねる。

「い、いえ何でも・・・ありません・・・」

「そう」

フェレルはわざと素っ気なく答えた。

「・・・あ、そうだ!」

 突然フェレルはある事を思い出して声を上げた。

 ごそごそと懐の辺りを探っていたかと思うと、フェレルはその手に一つの包みを持っていた。そしてそれを、そのままフィリアに差し出した。

「はい、これ。フィリアへのおみやげ。開けてみてくれないかな?」

「え!?」

 フィリアは驚きつつもフェレルに手渡された包みを綺麗に開いていく。すると・・・

「まぁ、これは!!」

「アメジストのペンダント。君の瞳の色に合わせて選んだんだけど・・・気に入ってくれるかな?」

フェレルは照れ笑いを浮かべながらフィリアにそう言った。

「そんな! こんなに高価な物、頂くわけには・・・」

 そう言って断ろうとするフィリアをフェレルが止めた。

「いいんだよフィリア。それに値段は関係ない。贈り物の価値は心がこもっているかどうかだろ?」

「では何故、こんなに高価な物を・・・」

「君に・・・よく似合うと思ったから」

 フェレルはそう断言した。

「私の贈ったペンダントを首から下げているフィリアが見たかったから。これじゃあ理由にならないかい?」

「ですが、ペンダントなら他にも・・・」

「それにね、聞いた話によると、アメジストという宝石は枕の下に置いて眠るといい夢が見られるって言う伝説もあるらしい。だから君も、このペンダントを枕の下に置いて眠れば、きっとぐっすり眠れるはずだよ・・・」

 フェレルのその言葉にフィリアは非常に驚いた。

「そこまで考えて私の為にこれを・・・」

 フィリアは胸が熱くなるのを感じて、思わず手にしたペンダントを抱き締める。

「ありがとう、フェレル。私、とっても嬉しいです・・・」

 想像以上に喜んでくれたフィリアの姿に、フェレルもまた、胸が熱くなった。

 だから油断した。フェレルは、言ってはならない一言を思わず口にしてしまった。

「良かった。これでもう、思い残すことは何もない・・・」

 その一言に、フィリアは冷水を浴びせかけられた思いがした。

 喜びで満ちあふれ、忘れ去られていた不安が、ここで一気に首をもたげてきた。

「それは・・・どういう意味ですか?」

 鬼気迫るようなフィリアの迫力に、フェレルは自らの犯した過ちを自覚した。

「正直に答えて下さい・・・。あなたは今、誰かに命を狙われているのではありませんか?」

 フェレルは何も答えなかった。沈黙こそが雄弁にフィリアに語りかけるのであった。

「相手はわかりますか? どうしてそうなったんですか? 相手もあなたと同じ元力使い、もしくは元力師なのですか? あなたの知っている事すべてを、私にも教えてください!」

 そこにきて、初めてフェレルは、フィリアの様子がいつもと違う事に気がついた。

「どうしたんだよフィリア? それに、考えてみれば何故こんな夜遅くにこんな所へ?」

「そ、それは・・・」

 今度はフィリアが詰まる番であった。

 フィリアは少しの間悩んだが、自分が本当の事を言わなければフェレルも何も話すまい、それでは手遅れになるかも知れないとそう思い、正直に自分の見た夢についてフェレルに語った。


 フィリアが語って聞かせてくれた内容は、前半はともかく後半については予知夢のように思えた。

「風に・・・殺される、か・・・」

「そんな事、口にしないで下さい!!」

 フィリアがもの凄い剣幕でフェレルを叱った。

「あ、ああ。ゴメン・・・」

 フェレルは素直に謝った。

 しかし、フェレルの中では相手に関してもう一つの確信が生まれていた。

(相手は『覚醒者』か。勝ち目は無いな・・・)

 フェレルは彼我の能力差について冷静に検討した。

(相手はあの、シャ-リィゆかりの『舞踏剣士』。しかも『覚醒者』のオマケ付き。まともに組んでも瞬殺だが、フィリアの言うような『風』の勝負となっても分が悪いな・・・。技術で後れをとる事はないが、力の差は歴然だし、それにもしシャーリィが教えていたならこちらの『風』はすべて消されてしまうだろう。かといって他の三つの力に頼ろうものなら技術の点でも五分か、ヘタすりゃ五分以下になる。今の私に勝ち目があるとしたら、それはフィリアの悪夢が正夢でない時だけだな・・・)

 深刻に考え込んだフェレルを見かねてフィリアが尋ねる。

「それでフェレル、何か心当たりは?」

 フィリアは心配そうにフェレルを見ていた。

「無い・・・と言えばウソになるけど、でもまだ戦わずに済ませることができるかも知れない。だから君は、せめてその夢が正夢にならないように、せいぜい先程のペンダントを枕の下に置いて眠るように心がけてくれ。冗談に聞こえるかも知れないけど、私としても図りかねているのが現状なんだ。だから・・・」

「そうですか・・・わかりました」

 フィリアにしても、いくら夢で見た事とはいえ、まだ何もはっきりとしていないのに簡単に口にしてしまった事を少し後悔していた。

(確かにあの『夢』のおかげでこうしてフェレルが危険に巻き込まれそうになっているとわかったのだけれど、所詮『夢』は『夢』だもの。わざわざ本人に知らせなくても私がそれとなく彼の身辺に気を配ればそれで良かったはずなのに・・・。フェレルを不安にさせてしまったわ)

「ごめんなさい。余計な事を言ってあなたを不安にさせてしまって・・・」

「私が!? 別に何て事ないよ。むしろ相手の正体を探るのに素晴らしいヒントをくれたんだよ、フィリアは! 少しでも相手の予想をつけられれば、こちらとしても対策が練られるからね!!」

 そう言ってフェレルは笑ってみせた。

 それにフェレルはフィリアが見た悪夢について、後半の内容よりもむしろ前半の方が気になっていた。

「ところでさぁ、フィリアの子供時代ってどんな感じだったの? よかったら聞かせてよ」

 フェレルが屈託のない口調でそう言うと、フィリアは辛そうに俯き、それでも声を震わせて言った。

「私は・・・です」

「え? ゴメン聞こえない」

「私は・・・無いんです」

「できたらもうちょっと大きい声で・・・」

 するとフィリアは顔を上げてはっきりと言った。

「私には『過去』が無いんですっ!!」

 そう言ったフィリアの頬を、一筋の涙がこぼれ落ちていった。

 フィリアが告げた真実の重さを理解する事はフェレルには出来なかったが、それでもそれがいかほどの苦しみであろうかと思うと、フェレルは胸が痛んだ。

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